chapter.4 雨の攻防
ゴツゴツとしたフォルムに、ヌメリ気のある粘膜で覆われた皮膚。ぎょろりとひんむいた目がビルから漏れた光を反射して光っている。口をぶくぶく膨らませ、ゲコゲコと低い音を出す……
巨大なガマガエルが、工事現場の足場を覆うネットに張り付いていた。
激しく降り続ける雨のせいで路面にも水の層が出来た小路には、工事の車両が幾つも横付けされていて、薙ぎ倒された黄色と黒のバリケードや赤い三角コーンが散らばっている。
「転ぶなよ、なぎさ。……ちなみに僕はもう転んだ」
「わぁっ! ドンマイ、まどか」
その割に汚れていないのは、超科学のなせる業。濡れない分、抵抗が少なく済むのはありがたい。
だが、視界と足元の悪い状態で、自分達よりもずっと大きなガマガエルを倒さなければならないのは、ツイてない。ツイてないのは前からかと、なぎさは心の中で自虐する。
「なぎさ、ラボから贈り物が届いてるぜ」
「贈り物?」
ブリンクの声に反応して顔を上げると、目の前に細長い筒状のアイテムが現れる。黒地に金色の星と羽のエンブレムが刻まれた細長いスティック。ワンポイントでピンクのラインが幾つか入っている。まるで女児向け玩具のような代物に見えるのだが……
「《ステラ・バトン》だ。使い方次第で何にでも変化する魔法少女の必需品」
「炎も出る?」
「出る。風、雷撃、水流、大抵行ける。魔法っぽいエフェクト付きでな」
「へぇ~。使えるかも」
まどかも同じタイミングで、ティンクルからアイテムを受け取っている。
彼女の《ステラ・バトン》は白色で、紫のラインがワンポイントで入っているようだ。
「魔法少女っぽくなってきたじゃん……!!」
「本当に……!!」
二人、同時に思いっ切り地面を蹴った。
バシャッと勢いよく蹴飛ばされた水面が、扇形に飛沫を上げる。
ガマガエルよりも更に高く飛んだまどかが、《ステラ・バトン》を上空からガマガエルに向ける……!
「行けぇっ!! バーニング・ショット……!!」
ボンッボンッボンッ……!!
筒の中から連射される無数の炎の弾に、ガマガエルは驚いて飛び上がった。
逃げる――が、まどかの追撃は終わらない。動いた方向目掛けて躊躇なくバーニング・ショットを打ち続ける。
攻撃が当たるとジュッとガマガエルの皮膚が焼ける。焼けた皮膚に雨粒が当たると、じゅわ~っと蒸気が立ち上った。間違いなく粘膜を通過している。
「まどか! こっち!!」
ガマガエルの逃げた先で、なぎさが《ステラ・バトン》を両手で高く掲げて待っている。
なぎさの真後ろは大通り。そこに行かせるわけにはいかないのだ……!!
「ライトニング……・ストライク――――!!」
上空に向けて放たれた雷が、ガマガエルに向かって落ちていく――!!
ビシャァンという激しい雷鳴と共に、飛び跳ねていたガマガエルは地面に打ち付けられた。目映い光に包まれたガマガエルがビクビクと痙攣する。
「当たった!!」
二人が安堵したのも束の間、むくりと起き上がったガマガエルが凄まじい速さで跳ね上がり、なぎさの真上を通過して大通りへと飛び出してしまう――――
「嘘ッ!!」
「ここは僕が……!!」
工事用の足場を蹴って、上空からまどかが交差点へと進入する。
キキーッとブレーキ音、スリップする車。追突音、怒号、悲鳴。
交差点の真ん中に現れた巨大なガマガエルのシルエットが運転手達の視界を塞ぎ、交通事故を次々に誘発しているのが見えた。
「ああっ、もう……!!」
これ以上犠牲は。
「エンジェルフェザー・ガード!!」
ガマガエルの真上に向かって落下しながら、まどかは交差点をすっぽり包み込むように巨大な天使の羽の防御壁を作り出した。信号機から内側には、防御壁を突破しないと入れないように。――この中でガマガエルを浄化させるつもりで……!!
「まどかナイス!!」
まどかに続いてなぎさも上空から交差点に降り立った。
ガマガエルの皮膚は爛れていた。普通の生き物ならのたうち回っているだろうに、痛みに対して鈍感なのか、暴れることで痛みを紛らわせているのか。
「グワァァァァァ……!!」
上空を仰ぎ見たガマガエルは、カエルとは思えないような声で叫ぶと、そのままグンと腰を落として四つ足になり、二人目掛けて長い舌を高速で突き出してきた。
「ヤバッ」
逃げる、舌が地面を抉る。
「バケモ……」
狭い交差点エリア、攻撃を避けて飛び跳ねるが、場所によっては高く飛びすぎると電線に触れる。
細心の注意を払いながら攻撃を避け反撃の機会を覗うが、獲物を狙う舌の動きが速すぎて、避けるのがやっと。
しかもエンジェルフェザー・ガードの向こう側には一般車両と通行人、そして周辺のビルにはたくさんの人々がいるに違いないのだ。
「一気に浄化させるしかない」
「……了解」
なぎさとまどかは互いに目配せし、左右別方向に走り出す。巨大なガマガエルは攻撃対象を絞りきれずに首を左右に動かして攻撃をやめた。――その、瞬間を待っていた。
ガマガエルの真後ろに到着した二人は、互いの外側の手にバトンを持ち替え、ガシッと内側の手を絡ませた。グッと二人引き寄せ合って、バトンを高く掲げる――ガマガエルが後方の動きに気付き、振り返る動作をする。
「憐れなる子らに祝福を! 注げ!! エンジェルス・シャワー……!!」
二人同時に一歩大きく踏み込んで、掲げたバトンを地面まで一気に振り下ろした。
バトンの先から放たれた光が絡み合うようにガマガエルに突き進んでいく。
雨粒を掻き消すようにドオッと激しい風が吹く。天から降り注ぐ光の粒が凄まじい勢いでガマガエルに降り注いだ。
「キシャァァァァァ……ッ!!!!」
断末魔を上げてガマガエルが浄化していく。
「行けた?」
「……行けた」
肩で息をする、二人。
「行けた……けど、事故もヤバい」
エンジェルフェザー・ガードの向こう側、あちこちで小さな事故が幾つも起きている。
「緊急車両、通れなくなる。まどか、ガードを解いて」
「……うん」
パンッと弾けるように羽が散る。
エンジェルフェザー・ガードの効果が切れると、ガマガエルの消えた交差点に人が雪崩れ込んでくる。
「――おい!! あんたら!!」
男の怒号に、まどかはビクッと肩を揺らす。気付いたなぎさが、そっとまどかの肩を抱く。
「エンジェルステラ!!」
「本物かよ?!」
「マジで?!」
交差点が一気にどよめいた。
まだ雨は激しく降り続けているのに、傘を差したり、或いは気にせず濡れたまま、たくさんの人々が二人目掛けて歩み寄って来るのが見えた。
けれどいつもと様子が違う。
前の、繁華街の交差点で蛾の魔物と戦った時とは、雰囲気が。
「この事故、あんたらのせいだからな。ドラレコ映ってんだよ。責任取れ、責任……!!」
それはあまりにも理不尽な、最悪のクレームだった。




