chapter.4 静かな怒り
自分のケーキをさっさと食べ終わると、健太郎は頬杖を付いて口角を上げ目を細めた。
健太郎が一体何を考えているのか、伊織にはサッパリ分からない。……しかし、金を払って貰えるのは確かに嬉しいから、やたらと無下に出来ないのも悔しいところ。
クリームの溶けたメロンソーダを啜りながら、伊織は思考を巡らせる。この男が自分を誘った真意とは何なのか、その辺も自宅に行けば分かるのだろうか。
「RABIのアレさ、やっぱまどかのが効いてるよね」
「分かる。でも良かった、配信やめるとかじゃなくて」
ふと、そんな会話が聞こえてきて、伊織はプリンを食べる手を止めた。
二十代くらいの女性が二人、話ながら店内に入ってきて、近くのテーブルに座ったところだった。
「これでRABIが配信止めてたら、エンジェルステラも非難囂々だったんじゃない?」
「そうそう。RABIのメンタルがつよつよで助かったのはまどかの方かも」
「もしかしたら五百万人のチャンネル登録者を敵に回してたかも知れないなんて、考えてなかったのかな、あの子」
ドキッと、伊織は肩を震わせる。
「気にするな」
ボソリと健太郎が言う。
「まどかは正しかった。RABIはともかく、同じようなことをしようとしている配信者にしっかりと釘も刺せたんだから」
「けど」
「偶々すぐにエンジェルステラが駆けつけた。失敗していたら、彼は死んでいた。V2に襲われているところを配信するだなんて、それだけでもトラウマ級なのに、仮に彼が死んだ映像が配信されていたらどうなっていたか。五百万人の登録者だけでなく、切り抜き動画がSNSで拡散され、もっと多くの人達がグロテスクな動画を目にして心を病んだだろう。エンジェルステラはそれを阻止した。良かったんだ、アレで」
心なしか、健太郎の語気は強かった。
まるで二人の女性客の言葉を牽制するかのような、そんな鋭さも持ち合わせていた。
健太郎の言葉に気が付いた女性達が、こちらにじっとりとした目線を送っているのに気が付いて、伊織はウッと背中を丸めた。……が、健太郎はというと、涼しげな顔で女性達をガン見している。
「何あいつ。キモ」
「エンジェルステラのガチオタじゃない? 最近多いって言うし」
何を言われても、健太郎は彼女達から視線を逸らそうとしなかった。
残っていたアイスコーヒーをグビグビ飲むと、伊織にもさっさと食えとアピールしてくる。
もっと味わいたいところだったが、伊織も伊織で居心地が悪くなり、掻き込むようにして残りを頬張った。
「行くぞ」
伊織が食べ終わると健太郎は早々に席を立ち、かと思うと、先ほど大きめの声で話していた女性達のテーブルに近寄っていった。
なんだろうと、伊織が思うよりも先に健太郎の口が開いた。
「おねえさん達、悪口や嫌みは誰かに聞こえるような声で言わないようにした方が良いよ」
「はぁ?!」
女性達がドン引きしている。
それはそうだ。偶々喫茶店で近くの席に座っただけの見ず知らずの男に、突然説教されたら、それだけでカチンとくるはずだ。
「聞いてたの?」
「超キモいんだけど」
下から睨み付ける女性達に、しかし健太郎は笑顔を絶やさない。
「言葉一つで美しさを損なうことになるの、勿体ないなって思うから。女性同士だからって気を抜かない方が良い。近くで見たら、もの凄く綺麗なお二人に対する、俺からのお願いね」
ニコッと最後に営業スマイルをお見舞いすると、何故かしら女性達はハッとしたように口元を押さえ、顔を真っ赤にしてコクコクと頷いている。
とんでもない離れ業だ。
伊織は驚愕した。
確かに健太郎は、イケメンと言えばイケメンの部類ではある。自分から言うのがそもそもアレだと思うが、それはさておき、確かに格好良くはある。
あんな嫌みったらしい言い草が、イケメンだというだけで補正されるところを、伊織は初めて目にしてしまったのだ。
会計を済ませ店を出たところで、伊織は思わず健太郎に声を掛けた。
「お、お前、すげぇな」
「何が」
「あんなこと言う? 普通無理だと思うけど」
「言われたことがないんだろう、誰にも。だから外でああいうことを言うんだよ。少しは黙らせないとな」
さっきまでの営業スマイルはどこに行ったのか、健太郎は眉間に皺を寄せてピリピリしているようだった。
「文句を言うだけなら誰にでも出来る。そういうのが嫌いなだけだ」
交差点に設置された大型ビジョンには今日もエンジェルステラの二人の姿が代わる代わる映し出されていて、街行く人々のスマホの画面にも二人の姿がチラチラと見えていた。
一千万円という破格の懸賞金情報が出て初めての週末、躍起になってエンジェルステラの正体を探ろうとあちらこちらで話題にしながら歩く人々の姿も目に付く。
キュアキュアStoreの袋を抱えたまま落ち着かない伊織を見るに見かねて、健太郎が立ち止まった。
「路地から飛ぼう」
「は?」
「ウォッチで飛ぼう。外にいると耳障りな情報ばっか聞こえてくる」
「う、うん」
言うなり、健太郎は伊織の腕をむんずと掴み、狭い路地へと引っ張っていく。
「ま、待って早い」
もつれそうな足で必死に付いていこうとするが、歩幅の合わない伊織は駆け足で追いつくのが精一杯。
やっと人目の付かないところまで来ると、健太郎はウォッチを操作して「来い」と伊織を自分の方に引き寄せた。
「え、あ……」
考える時間は与えられなかった。
健太郎と伊織の身体は光に包まれ、路地から消えたのだった。




