chapter.3 昭和レトロな喫茶店
キュアキュアStoreを出て、駅周辺をぷらぷら歩く。
伊織は大事そうに両手でグッズの入ったビニール袋を抱えたまま、健太郎と雑踏に耳を傾けていた。
「RABI、大丈夫かな」
「あれはヤバいよ。まどか激おこだったし」
「二人とも可愛いよね」
「分かる。でもなぎさかな~」
「まどかでしょ。めちゃカワ」
エンジェルステラとRABIの配信についての話題があちこちで飛び交うのに気を取られ、二人ともウインドーショッピングすら捗らなかった。終いには立ち止まったまま耳をそばだてて通行を妨げてしまう。これではマズい、健太郎が「店入ろう」と近場にあった喫茶店を指差した。
伊織もその方が良いと思った。
とにかく気になる。気になって仕方ないのだ。
昭和レトロな喫茶店に入り、窓際の席に座ってやっと一息。
「落ち着かないね」
抱えていたビニール袋を座席に置いて出された水を一飲みすると、伊織は大きく溜息をついた。
「全くだ。お前、アレだろ。家でも必死に誤魔化してんだろ」
「うん。まぁね」
健太郎は伊織に同情するように眉尻を下げた。
「バレるわけにはいかないから。父さんも母さんものどかも、みんなエンジェルステラに夢中なんだ。きっと余計な情報は知りたくもないだろうし」
「確かに」
ともすれば、誰かに聞かれるかも知れないハラハラ感はある。……が、客も疎らな寂れた店内、ほんの少しだけ緊張は和らいでいた。
ガラスの向こう側では休日を楽しむ人々が悠々と街を闊歩している。
稀にV2に襲われる危険があるとはいえ、それはあくまで稀であって、殆どの人々にとっては遠い非日常。V2のウイルスが発見された直後は緊急事態宣言が発令され、パンデミックの到来かとマスコミも大騒ぎしたが、極端な感染拡大にまでは至っていない。
ただ、V2が間違いなく危険なウイルスであることは確かだ。《V2罹患者特別法》やそれに類似した法律が全世界で施行されているのがその証拠。そしてその法律を根拠に魔物化したV2罹患者を浄化するのがエンジェルステラという魔法少女なのだ。
ほんの一週間前までは、何事もなく過ごしていた週末が、伊織と健太郎にとっては遠い過去のように思えてならなかった。
「今日は……連れ出してくれてありがとう。色々買って貰って、何と言えば良いか」
「そういうのは良いから、何か頼めよ」
改まって礼をしようとする伊織の口を塞ぐようにして、健太郎がメニューを差し出してくる。パウチの端っこがめくれている年季の入ったメニュー表には、喫茶店の王道メニューがずらりと並んでいた。
「んじゃあ……クリームソーダかな」
「ケーキは」
「うぅ~ん。ケーキかぁ……。ケーキよりプリンかな……」
「プリンアラモードってのもある」
「高くなるじゃん」
「俺が出すから。じゃあ、クリームソーダとプリンアラモードね。――すみません、注文!」
奥から昭和レトロな大柄のエプロンをした女性店員がやって来ると、健太郎はすかさず伊織の分を注文した。
「俺のはチョコレートパフェとアイスコーヒーで」
何となく意外な注文だった。
「パフェとか食べるんだ」
「食べるだろ、パフェくらい。さっきもラボで一緒にお菓子摘まんだろ? 甘いのは好きなんだよ」
「ふぅん」
イマイチ、健太郎という人間が理解出来なくて、伊織は何度か首を傾げた。
格好付けているかと思えば変態発言をし、嫌っているような素振りを見せてくる割に、やたらと貢いできたりする。
「変なヤツ」
「お前に言われたかねぇ」
「否定はしないんだ」
「別に。否定する程のことでもないだろ」
椅子の座面に背中を預けて大きく息をついて、健太郎も外を眺めた。その横顔はどこか空虚だ。……電車の中、思い詰めたような、満たされていないような顔をした健太郎が、伊織の記憶の片隅にこびり付いたまま。
「健太郎は何してる人?」
「会社員」
「独身? 彼女とか……居るの?」
遠慮がちに尋ねたつもりだったのに、急にギロリと睨まれる。
「何? 俺に興味あんの?」
「あ、いや、その」
「今はフリーだが、今後どうなるかは分からないな。何せ、モテるから」
小馬鹿にするような笑い方をして、健太郎は伊織から目をそらした。
自分からモテモテアピールするなんて、やっぱり変なヤツだと伊織が首を傾げていると、今度はグッと健太郎がテーブルの上に半身乗り上げて、伊織の真ん前まで顔を近付けてくる。
「そんなに俺のこと、気になるか。俺のプライベートが」
「き、気になるっていうか、なんて言うか」
整った健太郎の顔が眼前に迫って、伊織は思わず身体を仰け反らせた。
「少しくらい、知ってた方が……良いかなって。一緒に戦うなら、何も知らないより、知ってた方が、何かと……」
突然のことに目をウロウロさせる伊織に、健太郎はプッと吹き出した。
フフッと肩を震わせて自分の席に座り直し、やたらとニヤニヤ顔を向けてくる。
「な、なんだよ気持ち悪いな」
「このあと、ウチに連れてってやる」
「はぁ?」
「そこで話しようぜ。ウチなら、誰にも聞かれたくない話も出来るし。飯も食わせてやるから」
頼んだデザートが運ばれてくる。
「わ、分かった。じゃあ、その辺の話は後で」
妙な展開になってきた。
伊織はプリンを頬張りながら、ご機嫌な様子でチョコパフェを頬張る健太郎を訝しげに見つめるのだった。




