chapter.2 キュアキュアStoreにて
突然の誘いに慌てながらも、転移機能をフルに使ってどうにかキュアキュアStoreに辿り着く。その場所まで行かなければ地点登録が出来ないため、不意を突かれた。
やっとの思いで伊織が到着した時には、健太郎が既に店の前でスマホを弄りながら涼しい顔をして待っていた。涼しそうな柄物の開襟シャツに七分丈のパンツ、ブランド物のスニーカーのコーデがよく似合う爽やかイケメンに、通りすがりの女性が何人も反応している。確かに、黙っていれば格好良いのだ、渚健太郎という男は。
色々と残念な部分も知っているだけに微妙な気持ちになりながら近付いていくと、伊織に気が付いて健太郎がサッと右手を挙げる。
「二分前。上出来じゃん」
ニヤッと口角を上げ、スマホをポケットに突っ込むと、健太郎は伊織を品定めするように上から下まで舐めるような目線を浴びせてくる。
「な、なんだよ、気持ち悪い」
「いや、まぁ……高校生はこんなもんか」
こんなもん、とはコーデのことだろう。
背中に絵柄の入った大きめのTシャツとカーゴパンツ。スニーカーは普段使いのもので、おしゃれ感は皆無だった。財布を入れるのに黒いショルダーバッグを引っ提げているくらい。第一、男と会うのに格好も何も関係ないと思っていたのだが……向けられる目線に複雑な気持ちになってしまう。
「とりあえず、落ち着いて中入ろうぜ。疲れた時はキュアキュアに癒やされたい」
格好付けている割に、発言はただのキュアオタだった。
妙なやつだなと思いながらも、伊織は渋々健太郎と共に店内に入っていった。
土曜のキュアキュアStoreは親子連れも多く、男二人の伊織達は明らかに異質だった。とはいえ、普段は優也と二人で学校帰りに寄り道しているわけで、それほど気にする必要はないはずなのだが、隣に居るのが健太郎だとまた違うものがある。
「きらキュアはルビー推しだっけ? 何か買ってやろうか」
「え! い、いや。自分で」
「高校生は金持ってないだろ。貢がせてくれよ。少なくともお前は俺の推しなんだから」
色気のある目で見下ろされ、伊織はブルッと身体を震わせたが、その後ろの方で「ちょっと今、推しって言わなかった?」「び、BL?!」「ここ、キュアキュアStoreだよね」と女性達が大きめの声でゴソゴソ喋っているのが聞こえてくる。
何を考えているんだ、この男は。
顔を引き攣らせつつ、
「み、貢がなくてもいいし、推しとか気持ち悪」
伊織の口から出た本音は、健太郎には届いていないらしい。
「何がいいんだろうな……。高校生には手が届かなさそうなやつが良いか。かと言って、コスメや変身グッズは貰っても微妙だろうから……ぬいぐるみとか、どうだ? 着せ替えパーツが付いてる。最新話に出てきたクリスタルバージョンに着せ替えられるヤツ」
「あ、それは、欲しい……!!」
健太郎が手に取ったルビーのぬいぐるみに思わず目をキラキラさせると、先ほどの女性達がまた後ろの方で「ヤバッ」「本物ッ」「良いもの見れた……!」と悶絶したような声を上げている。
物欲に負け、両手でルビーのぬいぐるみを包み込むようにして持った伊織に、
「CD……確か、新しいエンディングテーマ曲のCDも出てたような。キャラソンアルバムとどっちが……」
「ししし新EDの方で!!」
健太郎の口車に乗せられ、ついつい本音が出てしまう。
「新EDを選ぶとは流石だな。あのエモい歌詞と切なさを内包したようなメロディーは、ヘビロテ間違いなし。俺もスマホにダウンロードしてトレーニング中にずっと聴いてる」
「トレーニング中に?! ……いや、アリか。アリだな。好きな曲聴きながらだと勉強も異様に捗るし」
「まぁ、俺くらいになるとシリーズのOP、ED、キャラソンのCDはコンプリートしているからな。全部スマホにダウンロードして、その日の気分で曲を変えるんだ」
「なるほど……スマホに。それってパソコンから取り込むの?」
「一旦パソコンに取り込んで、そこからスマホに送って……って感じだな」
「へぇ~~」
商品棚に並ぶキュアキュアシリーズのCDを眺めて、伊織は感心したように何度も頷いた。
大人だけあって、健太郎は色々知っている。
悔しいがキュアキュアオタクとして尊敬せざるを得ない。
「プレイリストも作れる。キュアキュアシリーズで好きなヤツ、教えろ。作ってやる」
「マジで?!」
「ああ。その程度のことなら直ぐに出来るぜ」
「あっ、でも、やって貰ってばかりじゃ申し訳」
「大丈夫。ご褒美はきっちり貰うから」
ご褒美、と聞いて嫌な予感しかしなかったが、背に腹は代えられない。
「じゃ、じゃあ、お願いします……」
「おう。任せろ」
レジで支払いを済ませて、キュアキュアStoreのビニール袋を抱きかかえたまま店の外に出ると、店内にいたのとは別の女性達がチラチラとこちらを見てくるのが気に掛かる。
「なんかさ、お前と居ると目線が気になるんだけど」
「BLって言われたのは初めてだ。悪くない」
「悪いだろ! BLがボーイズラブ、男同士のなんちゃらだってことくらい、僕だって知ってるし」
「自覚なさそうだから言うけど、お前、そのままでも十分に可愛いからな」
「え?! キモっ!!」
「キモい男からのプレゼントは要らないか。要らないなら返せ。俺の金だ」
「要ります! 欲しい!! キモくない、気色悪いだった!!」
「伊織、てめぇぶっ飛ばすぞ」
物騒な言葉を放ちながらも、健太郎は上機嫌だった。
伊織も、健太郎と一緒に居ることに不思議と安心感を覚えていることに、少しずつ気付き始めていた。




