chapter.5 命を危険に晒してまで
……凄いものを、見てしまった。
YouTunerとしてある程度知名度のあるRABIだが、このところはコンテンツのマンネリ化と登録者数の伸び悩みが課題だった。どうにかしようとエンジェルステラとのコラボ企画なんて大博打に出てしまった――それがどうでもなくなるくらいには、強烈なものを。
RABIがその人生の中で出会ってきた誰よりも眩しく、誰よりも美しく、そして誰よりも強い少女達。その可憐さに、強かさに、彼は完敗してしまったのだ。
「行けた?」
「大丈夫みたいだ。店内はめちゃくちゃだけどね」
自分の視界の中にエンジェルステラの二人がいる。
壊されたり倒されたりした商品棚、惣菜パンやカップ麺、冷蔵用ショーケースから吹き飛んだパックジュースが床に散乱する店内で、大きく肩で息をするまどかとなぎさ。
店の入口側にいたV2モンスターを一瞬で浄化させた彼女らの横顔は凜々しく、否応なしにRABIの心臓は高鳴った。
「キュアキュアみたいに原状回復は出来ないけど、人的被害はなさそう。及第点……で、どうかしら」
「うん。でもさっき、血だらけで配信してた男の人がいた。怪我、大丈夫かな」
レジカウンター付近で話していた二人の視線が、パッと店の奥に向けられる。
「きゃっ! こっち見た!!」
「エンジェルステラ! 本物!!」
「ヤバい、可愛過ぎる……!!」
スタッフルームの奥で在庫の山に挟まりながら騒ぎが収まるのを待っていた人々が、今度はエンジェルステラの二人を見ようとRABIの背中を押してくる。
――が、RABIはなかなか動かない。動けないのだ。
立ち上がろうにも身体が小刻みに震えていて、膝立ちを崩せない。
そのくらい、二人の姿を生で見るのは衝撃的で。
「あっ、そこの君!」
まどかと目が合う。
RABIは思わずウッと固まってしまう。
駆け足で寄ってくるまどかに、周囲の客が騒ぎ始める。
「君! 怪我、大丈夫?!」
紫色のフリルと長いピンク髪のツインテールを揺らしてまどかが走ってくる。
この世のものとは思えないくらいの可愛さに、RABIの動悸は止まらない。
「まどか来た」
「ヤバいヤバいヤバいヤバい」
「きゃーっ!! 可愛過ぎっ!!」
周囲はキャーキャー騒いでいるが、まどかには聞こえていないのか眼中にないのか、RABIの真ん前までやって来てスッと視線を下に落とした。
「これ」
RABIのスマホを拾い上げ、スッと差し出してくるその手は、驚く程に小さくて。
配信画面が付きっぱなしのスマホを渡されていることよりも、本物の魔法少女に話し掛けられたということの方が衝撃的だった彼には、その画面いっぱいに自分の顔が見上げるような角度で写っていることには気付いていない。
「あ……あり、がとう」
「配信に夢中になるのは構わないけど、命を危険に晒してまでやることじゃないよね」
まどかの厳しい指摘に、RABIだけじゃない、周囲の客まで息を呑んだ。
「命より大事なものなのか、よく考えて。偶々僕らの到着が間に合ってすんでの所で助かったけど、次は分からないよ」
「は、はい……」
「V2に襲われてる人達がいたら、僕らは飛んでく。けど、絶対に毎回間に合うなんて保証はない。必死に頑張るけど、間に合わないことだってあるかも知れない。――せめて、自分の身を危険に晒すような真似は止めてくれないかな。君みたいな人が増えると、本当に助けなくちゃならない人達を救えなくなる」
射貫くような目で睨んでくるまどかに、RABIは何も言えなかった、言えるわけがなかった。まどかから受け取ったスマホが手元でガタガタ震えるのを、必死に押さえることくらいしか出来なかった。
「まどか、それくらいにして」
「けど、言わなきゃ分からないだろ」
近付くこともせず、まどかの方を見もしないで、なぎさは腕を組み遠くを見つめながら深く溜息をついた。
「言っても分からない人もいる。自分の命が尽きる直前にならないと反省出来ない人も一定数。……RABIがそうじゃないことを祈りましょう」
「RABI? え? 君、配信者のRABI?」
なぎさとRABIを交互に見ては驚くまどかに「気付いてなかったの」「知ってて言ってるのかと」と周囲がざわめき始める。
「RABI……です。あ、あの」
「大変みたいだね。だからって無理してこんな配信は良くないよ。ファンも心配してるんじゃないかな」
同情しているのか、まどかの目が急に優しくなって、声のトーンも柔らかくなる。
立ち膝のRABIの視線に合わせて少しだけ屈み込み、まどかはそっとスマホごとRABIの両手を包み込むようにして手を握ってきた。
「コラボは無理だけど、興味持ってくれてありがとう。応援してるよ」
――致死量の、ファンサだった。
想像を遙かに超える慈愛に、RABIは息が出来なかった。
口をあんぐり開けたまま、ただ目の前で起きる奇跡をどこか遠いところから見ているような、そんな妙な感覚。痺れた脳ミソが現実と非現実の区別を付けるのを忘れているのかと感じるくらいには夢心地で。
「まどか、そろそろ」
「うん」
RABIから手を離してすっくと姿勢を正すと、まどかは「それじゃ」と手を振った。
そしてなぎさの所まで歩いて行くと、二人は目映い光に包まれて、ぱぁっと姿を消してしまったのだった。




