chapter.1 配信者RABI
金曜の夜、いつもはロードショーの時間なのに、円谷家のリビングで流れていたのは動画配信サイトYouTuneで人気の配信者RABIのライブ配信だった。
軽快なBGMと共に画面いっぱいに映し出されるのは、正体不明の魔法少女エンジェルステラのまどかとなぎさ。画面右下のワイプに収まった赤髪イケメンRABIを差し置いて、エンジェルステラの切り抜き映像が大画面にバンバン流れている。
《なんだかんだ言って一千万円って、結構な魅力なわけ! 警察庁の指名手配犯だってそんな懸賞金、滅多に付かないのにさぁ、大盤振る舞いだよね、ナイトスカイ・エンターテインメント!!》
クッションを膝に抱えてソファに身を委ね、のどかは食い入るようにテレビ画面を見つめている。父の良悟と母のみどりもダイニングテーブルの方で寛ぎながら画面を注視しているようだ。
《懸賞金を出すと宣言した岸社長のXyポストがこちら! エンジェルステラ初登場の翌朝にはもう、彼女達のスカウトを考えてたって話だから凄いよね。実際、めちゃくちゃ可愛い!! どっち推し、みたいな話、僕の周りでも結構話題になってて。――僕? まどかだよ、まどか!!》
「やだぁ、私と一緒!」
うふふとみどりが言うと、のどかは「なぎさも良いよね」と笑顔を見せる。
《姿を見せたのはたった二回だけ。そんな彼女達に関する情報は極めて少ない。そんな状態で二人を見つけるのは至難の業だよね。そこで――……徹底解剖!! エンジェルステラ大特集〜〜!!》
バァァァン!! と盛大にファンファーレが鳴り、キラキラのエフェクトが飛ぶ。
《これからエンジェルステラが活躍する度にSNS上でたくさんの情報が流れてくると思うんだけど、真偽の明らかでない情報も確実に混じってくるはず! 生成AIで作成されたフェイク映像なんかがその一例だよね。クオリティの高いコスプレイヤーさんを本物と間違えちゃって~なんてことも有り得るかも知れない。そこで! RABI☆StationではSNSで流れている映像や画像の中でもより信憑性の高い物を選んで彼女達を徹底解剖しちゃいます!!》
おぉ〜と三人が感嘆の声を上げているところを、風呂上がりの伊織は廊下から白けた顔で見つめていた。
動画の中ではまどかとなぎさのスペックがどうの、可愛さがどうのという話や、目撃された路線、スクランブル交差点の位置と、なぎさが突っ込んだビルで動画を撮影していた人達に対するインタビューなんかが流れていた。
脚力がどうの、魔法がどうの、それからティンクルとブリンクのデザイン、あれはぬいぐるみなのかうさぎなのかというどうでもいい話まで、今や日本中の誰でも知っているようなことを、わざとらしく誇張して解説している。
伊織はリビングの家族を避けるようにキッチンに向かい、冷えた麦茶をグラスに注いで一気飲みした。
配信の中では更に、エンジェルステラの注目度がどれだけ高いのか、SNS上に溢れるファンアートやファンソングを例に説明していて、どこの誰がこう分析しているだの、偉い人だとか専門家だとか名乗る人の話まで挟み込んで、やたらと派手な番組構成になっていた。
「徹底解剖ねぇ……」
画面の上に固定された文字に溜息をついて、伊織は一人、自室へ向かった。
配信は続く。
《そしてそして! ここからが大事なとこ! 仮にナイトスカイ側がエンジェルステラの二人と契約してしまったとしたら、恐らく彼女達とコラボしたい〜って夢は一生叶わないと思うんだよね。要するに、事務所所属タレントになっちゃうんだから。つまり、エンジェルステラの二人と接触するなら、その前が良いってこと。――そこで! もしエンジェルステラについての重要情報をゲットしたら、ナイトスカイ側に情報提供する前に僕に一報をくれないかな〜! エンジェルステラとのコラボ企画が成立した暁には、ナイトスカイとは別に僕からも百万円! 贈呈しちゃいま〜す!!》
“エンジェルステラとコラボ成立で百万円”というテロップが表示されると、コメント欄が一気に埋まった。
百万円欲しい、RABI最高、コラボ希望、RABI太っ腹!
画面上には短いコメントが大量に流れ、反応を見たRABIが満面の笑みを浮かべ、ガッツポーズを決めている。
「え、どゆこと? 誰かに教えたら、一千万円貰えなくなるんじゃ」
「あ〜、のどか、違うと思うよ。けど、嫌らしいこと考えるなぁ……」
苦笑いする良悟の向かい側で、みどりも溜息をついている。
「一千万円、情報提供者がナイトスカイ側から貰えるように配慮する代わりに、エンジェルステラとコラボさせてくれって話でしょ? 百万円もあげるからって。要するにエンジェルステラとコラボする権利を百万円で買うって言ってるんだよね。きったなぁ〜い」
「え? 追加で百万円くれるなんて、RABIめっちゃ凄くない?」
のどかが首を傾げていると、良悟は晩酌しながらフッと笑った。
「表向きはね。こういう輩が多かれ少なかれ出てくるとは思ったけれど。エンジェルステラも大変だな。何事も起きなければ良いと思うけど」
言いながら缶チューハイを傾ける父と、それに同調する母を、のどかは複雑な気持ちで見つめていた。




