chapter.6 展開が早過ぎる……! 有り得ないバズり方
自宅マンションまで戻ってくると、健太郎は背負っていたリュックを床に落とし、ネクタイを外し上着をソファの背もたれに引っ掛けて、そのまま座面に全身を預けた。だらんと力なく伸ばした手足が重力に逆らうことなくソファに吸い込まれていくのを感じながら、目を閉じて頭の中を整理する。
「緑川瑠璃絵……あいつ、絶対おかしい」
最初から健太郎にそういう言われ方をされるのだと想定していたような反応だった。何か裏がある。絶対に。でなければ、あんな力。
――ブーッ、ブーッ
疲れ過ぎて弄っていなかったスマホが臀部で何度も振動するので、健太郎はふぅと溜息をついてから、面倒くさそうにスラックスの尻ポケットに入っていたスマホを取り出し、通知を確認した。
ニュースアプリの更新通知だ。
「……エンジェルステラ、しょ……賞金?!」
ガバッと起き上がり、健太郎は慌てて通知をタップした。
仕事柄時事問題に明るくなければならないと、新聞を購読しない代わりに様々なニュースアプリやLINKのニュースアカウントを複数チェックしているのだが、そのどれもが速報と銘打って同じことを知らせている。
「今日十八時半頃都内スクランブル交差点に出現したエンジェルステラの活躍で……注目度が高まった。スマホで撮影された映像がリアルタイムで配信され……少女らは、“まどか”と“なぎさ”と名乗り、V2モンスターを超人的な力で撃破した。――SNSのトレンドにエンジェルステラが躍り出ると、一部配信者が二人について分析を始め、二人の正体について様々な憶測が飛び交うことになった。……まぁ、だろうな。VLiver月下しずく氏がコラボ希望を宣言……月下しずく?! マジで?! あの月下しずくかよ!! えっ、えっ???」
推しVだった。
銀髪ツインテール、貴族令嬢系コーデでちょと小生意気なところが堪らないと人気なVLiver。定期的に投げ銭するぐらいには推していた彼女がエンジェルステラに言及しただけでもう、健太郎の頭はどうにかなりそうだった。
落ち着け落ち着けと手で汗を拭い、更に記事を読む。
「――以降、感化されたように様々な配信者からコラボ希望、出演依頼が殺到した。これを商機と見た大手芸能プロダクション、ナイトスカイ・エンターテインメントの……ナイトスカイ・エンターテインメント?! アイドル系芸能事務所最大手の?! 何でぇ?!」
脂汗が止まらない。
手の甲で顔の汗を拭うが、変な汗がそこらじゅうから噴き出して、全身に熱を帯び始めた。
喉が急激に渇いて、いつもなら真っ先に冷蔵庫から缶ビールを取り出すのに、それより先に記事を読まねばと、健太郎は震える手で画面をゆっくりとスクロールした。
「な……ナイトスカイ・エンターテインメントの岸文博社長がXy内で『エンジェルステラとの契約を真剣に、前向きに考えている』件について言及、エンジェルステラの“まどか”と“なぎさ”、二人の正体を突き止め、直接契約に至るための有力な情報を提供した者に一千万円の懸賞金を出すと発表――?! い、いいいいっせんまんえん……??? はあぁぁぁぁ~~~~????」
衝撃のあまり、健太郎は声に出して一気読みしてしまっていた。
スマホを持つ左手の震えが止まらない。
喉の乾きなどどうでも良くなった。
他のニュースやSNSの書き込みも確認したが、どうやらフェイクニュースではないらしい。Xyの岸氏のアカウントには、確かに賞金の書き込みが固定で置いてある。インプレッションは既に一千万を超えている。いいねも十万超え。発表から一時間も経っていないのに。
「展開が早過ぎる……!! 昨日の今日だぞ?!」
エンジェルステラが世に出てから二十四時間が経過したばかりだ。その間二回だけ変身して戦った、それだけで。
思えばファンアート、ファンソングなどネットの反応は恐ろしいくらいに早かった。
昨晩の初変身後、夜が明ける前には神絵師のファンアートがバズっていた。朝までにはファンソングを皆が口ずさめるようになっていて、通勤電車内でもあちこちで鼻歌が聞こえた。芸能ニュースも朝からうるさかった。昼の情報番組もエンジェルステラ特集だった。
速さが全て。
確かにそういう時代ではある……が。
「――そうだ、伊織!!」
館花に言われたアプリをダウンロードして、アプリ内から伊織にメッセージを送る。大変なことになっている、明日からはもっと覚悟した方が良い、正体がバレるとは考えにくいが慎重に行動しろ――……
思い付くだけ書き連ねて送信したが、全く反応がない。
「課長んちは飯の時間か? 風呂か? 高校生だし、宿題でもしてんのか?」
焦りは募るがどうにもならない。
「LINKの方にも送っておくか……」
本名で登録してあるLINKの通知を、彼の父親である上司の円谷良悟に見られてしまうリスクもあった。それでも、どうにか気付いてくれと念を込めてメッセージを送信する。
「やべぇな……ここまでバズるか? 仕込んでたんじゃないだろうな……」
健太郎はスマホをソファの上に放り投げてグシャグシャと頭を掻きむしった。
「落ち着け、落ち着け俺……!!」
何度か深く深呼吸して、それからゆっくりと立ち上がる。
なってしまった者は仕方ない。あとはどうにかするだけ。いつもそういうスタンスで生きてきた健太郎だが、流石に少し堪えたらしい。
チェストの上に置かれた写真立てに視線を向ける。
「乗り切るしかないよな、陽菜子……」
白い箱と共に置かれた写真には、満開の桜の下で長い髪をなびかせた女性が、眩しいくらいにキラキラした笑顔で写っていた。




