chapter.5 疑う
色々と引っ掛かる事があるとはいえ、“エンジェリック・ラボの超科学”が眉唾物ではなかった事実に、健太郎は敬意を表するしかなかった。
変身――しかも性別を変えての変身と、人間を超越する力、そして様々な技を繰り出し、瞬間移動までさせてしまう……こんな、バケモノじみた現象を、造作もなくやってしまうこと自体が脅威なのだ。
成り行きで魔法少女を引き受けたものの、諸手を挙げて喜べない状態であることなど、健太郎は百も承知だったが、伊織はどうか。無垢な男子高校生はそこまで頭が回らないらしく、その時の感情のみで状況を判断、評価してしまう危うさがあるように見えた。
ここは従っておけと言いたいところだが、血気盛んな少年にアドバイスしたところで意味がないだろう。そう思って、健太郎は伊織の動きを牽制した。
「ところでさっき《ステラ・ウォッチ》に新しい配信流したので、チェックしておいてください」
会話に割って入るようにして館花が言うので、健太郎と伊織はスッと左腕を上げ、ウォッチの画面を確認し合った。
新着を示すアイコンをタップすると、QRコードが表示される。
「それ、スマホで読み取ってアプリをダウンロードしといて貰えますか。お二人専用のアプリです。戦闘や転移の履歴、これまでのV2モンスター……つまり魔物化したV2罹患者の形態や出現頻度、出現場所、被害状況が順次表示されていきます。それから、緊急ではない連絡事項なんかも載せていく予定です」
「ウォッチじゃ画面小さ過ぎるもんな」
「そういうことです」
言われて直ぐに伊織はスマホを取り出して、QRコードを読み取っている。ダウンロードしてアプリのアイコンがホーム画面に表示されると、ホッとしたような顔をした。
「この、羽マークのアイコン?」
「そう。このアプリでも渚君とやり取り出来るからね。時と場合で、ウォッチかアプリか使い分けて」
「分かりました」
まるで新しいおもちゃを貰った子供みたいに……と、健太郎はそこまで口にしかけて、やめた。相手は子供なのだ。高校生……まだまだ世間を知らない。
「そろそろ帰らないとまずくないか」
健太郎に言われ、伊織はようやく時間を確認したようだ。
「あっ! 本当だ。どうしよう……」
「本日はお近くまでお送りしますよ。明日以降は位置情報をセットすれば、転移機能で飛べますから」
「……それ、アリなのか?」
健太郎が訝しげに目を向けると、館花は勿論と胸を叩いた。
「使えるものはどんどん使ってください。ただし、悪いことには使わないでくださいね……監視してますから!」
監視ねぇ、と健太郎は誰にも聞こえないように独りごちた。
位置情報の分かる《ステラ・ウォッチ》が与えられた時点で、自宅住所や勤務先まで把握されるのだろうと予測は出来ていた。何事も、代償なしには手に入らないのだ。
「渚君はどうします?」
「俺は自分で帰るよ。早く伊織坊ちゃんを送ってやってくれ。未成年だぞ?」
それもそうですねと、館花がポンと手を叩く。
「他はみんな帰っちゃったんで、今日は私が送ることにするよ。所長、あとは頼みます」
「館花、安全運転で頼む」
「勿論です。じゃ、円谷君、行こうか」
「は……はい」
館花に続いて、伊織はドアの方へと歩いていった。チラチラと、健太郎の方を気にしながら。
健太郎は緑川と二人、伊織を見送った。
「またな、まどか」
腕を大きく振ってニヤッと笑って見せると、伊織はぷぅとほっぺたを膨らましながらも遠慮がちにぺこりと頭を下げた。
自動でドアが開き伊織と館花が居なくなったところで、健太郎は緑川にゆっくりと向き直った。
何とも怪しげで、得体の知れない恐ろしさを隠し持っている――それが、終始変わらない緑川瑠璃絵の印象だった。
第一、超科学とは何か。変身、転移のメカニズムは。どうやって政府の補助金を。エンジェリック・ラボが魔法少女を利用してV2対策を……というのは、方便かも知れない。注視する必要がある。
「疑っているようだな、我々の存在を」
健太郎の視線に気付いた緑川がフンと鼻を鳴らした。
「疑ってるよ。あんたらが俺と伊織を選んだのも、意図的だったんじゃないかと勘ぐってるくらいにはな」
健太郎も負けじと口角を上げて見せる。
「過去を知ってて声を掛けたな?」
「過去?」
「とぼけるな。見え見えなんだよ。弱みを握られてる状態で、抵抗出来ないのをいいことに」
「弱み? 君達の過去が弱みだとは思わないが」
「ほら、やっぱり知ってる風じゃないか」
「知らんな」
……堂々巡りだ。
緑川は鉄仮面を崩そうとしない。
機械音が響く研究室内で、ただただその不気味さが増しているというのに。
「俺はいいが、伊織のヤツには怪しまれないようにしろよ。あいつ、相当ピュアなんだから」
「忠告痛み入る」
緑川瑠璃絵はそれ以上何も言わなかった。
健太郎は胸にモヤモヤしたものを抱えたまま、一人、帰路に着いた。




