chapter.4 初めての……ファンサ?!
『逃げるな。名乗りを上げて、自分達の存在をアピールしろ』
凄みのある緑川の声に、なぎさもまどかも圧倒されてしまっていた。
どう考えても納得出来そうになかった。攻撃的でないにしても視界を埋め尽くす人集り、無数のスマホ、逃げるべきなのは明白なのに。
「こんなところでか」
『当然。エンジェルステラの存在が広く知れ渡らなければ、その後の活動に支障をきたす。そういう話を館花としていたはずだ』
「……チッ!!」
こうなったら仕方ない。
なぎさは前髪をグシャグシャと掻き乱し、大きく深呼吸した。一、二、三、四……目を閉じ、頭の中でゆっくり数え、必死に気持ちを落ち着かせる。
それからパッと目を開けると、なぎさは再びまどかの肩を強く抱いた。
「まどか、合わせろよ……!!」
こくり、まどかが強く頷く――
「みっんなぁ〜〜!! 応援、ありがとぉ〜〜ッ!!!!」
右手を高く挙げてチラチラと振り、甲高い声で呼び掛け始めたなぎさに、まどかはビクッと肩を揺らした。
なぎさは満面の笑みで、まるでアイドルがファンサしているみたいにキラッキラのオーラを振り撒いている。
「な、何してんだ、恥ずかしいっ!」
「いいから合わせろって」
「なぎさ、これ使え!」
ブリンクがサッとなぎさに渡したのは拡声器。意を決して拡声器を手に取るなぎさの隣で、あんぐりと口を開けるまどか。そのまどかの手にも、ティンクルによって、無理やり拡声器が渡されていた。
「がんばって、まどか!」
パチンとウインクするティンクルに、まどかは動転して口をパクパクさせてしまう。
「私達は、エンジェルステラ! 私がなぎさで、この子はまどか!! たくさんの応援、本っ当に、ありがとぉ〜〜!!!!」
拡声器を通したなぎさの声に、ざわめきと人々の流れが止まった。
「え……やっぱ本物?」
「凄……!!」
向けられたスマホの数が一気に増した。いつの間にか、通りの大型ビジョンには生中継のなぎさとまどかが映し出されている。
まどかも早くとばかりに腕を小突くなぎさに、まどかはとうとう追い詰められて――
「あ……あの、ごめんなさい、まだ上手く戦えなくて。どうにか倒せて良かった。なぎさと僕とで頑張るので、応援してくれると……嬉しい、です」
拡声器越しの、誠実そうな、不器用そうな話しぶりに、なぎさは思わずキュンとした。
それはなぎさだけではなくて、そこにいた誰もが、いや、中継を通して彼女の声を聞いた誰もがそうだったに違いない。
「応援してるよ〜!!」
誰かの声が聞こえる。
「エンジェルステラ〜!!」
「まどか頑張れ〜!」
「なぎさ〜!!」
震えた手で拡声器を下ろすまどかの頭を、なぎさはグリグリと撫で回した。
「最高じゃん」
どさくさに紛れてまどかの額にキスをすると、きゃ〜っと黄色い歓声が沸く。
「可愛い〜!!」
「百合っ!! えっ! そういう関係なの?!」
「ヤバすぎる!! エンジェルステラ!!」
パシャパシャと大量のフラッシュを浴びせられ、まどかは止めろとなぎさを突き放そうとした。
が、簡単になぎさが離れる訳もなく。
『最高だ、まどか、なぎさ。私の予想を遥かに超えるパフォーマンスだった』
脳内に直接響く緑川の声もまた、上機嫌だった。
『撤退だ。観衆に手を振れ』
緑川のセリフの直後《ステラ・ウォッチ》が細かく振動し始める。
なぎさは咄嗟にまどかに目配せし、大きく目立つよう左右に手を振った。
「みんな、ありがとう!! 何かあったら私達のことを思い出してね!」
お前もやれと肩をぶつけられ、まどかも大きく手を振った。
「またどこかで!」
ぎこちない笑顔を張り付けたまどかがようやくそこまで言ったところで、エンジェルステラの二人の身体は光に包まれた。
パンッと弾けるように光が消えると、二人の姿も妖精達の姿もすっかりなくなっていて、しばらくの間余韻に浸った人々が交差点の周囲に留まっていた。
*
“ストリーム・リストア”が働いて、エンジェリック・ラボに戻った時には、二人は元の姿に戻っていた。
機械だらけの研究室、緑川と館花、そしてディスプレイに映し出されたまどかとなぎさの姿が健太郎の視界に入る。
パチパチパチと、ゆっくりとしたテンポで緑川が手を叩いた。
「素晴らしい。実に素晴らしい」
「め……っちゃ恥ずかしかったんだけど……!!」
耳まで真っ赤にして伊織が緑川に突っかかると、彼女はフフッと小さく笑い飛ばして「君は百年に一度の逸材だ」と伊織を冷やかした。
適当に言いやがってと拳を作る伊織の前に、健太郎はサッと手を出して落ち着けと目配せする。
「あんな感じで戦い続けて、ファンサして……ってことですか」
「察しが良いな、渚氏は」
目を細める緑川。
その隣で何度も頷く館花。
「ブリンクが早速サンプルを送ってきた。サンプルが多ければ多い程、V2殲滅への道が開けていくはずだ。しっかり頼む」
「分かりました。任せてください」
少し不安そうな伊織の横で、健太郎は自信満々に口角を上げて見せた。