chapter.3 炸裂! 必殺技で撃破せよ!!
夕闇のビル群がなぎさの放った“スターダスト・トルネード”の光に照らされたことで、地上の群衆のみならず、オフィスで残業ないし帰宅の準備をしていた一般人までエンジェルステラの存在に気が付いたのは言うまでもない。
風になびく長い金髪のポニーテールと、背中に生やした煌めく天使の羽が、彼女の存在を更に周囲に知らしめる。
天使だ、本物の魔法少女だと口々に言い合う者達がスマホで終始彼女の姿を捉え続けているなど、なぎさには知る由もなかった。
とにかく早く、蛾の姿へと変異してしまったV2罹患者をどうにかしなければと、彼女はそれだけを考えていた。
交差点の真上、全てを見下ろせる場所で浮遊する魔物目掛けて飛ぶなぎさに、光に姿を変えたブリンクが追い付いた。
「なぎさ、あいつの羽、見ろ!」
「見てる! やられる前にやらないと……!!」
蛾の魔物は大きな羽を静かに揺らし、胸を張るように四本の腕を広げて奇声を上げ始めた。
声は振動となってなぎさの身体をすり抜ける。ビリビリと全身が痺れ、一瞬身を竦めるが、なぎさは気丈に魔物に向かった。
「鱗粉か……!!」
蛾の周囲にキラキラと輝く粒状の何かが漂っている。それが、暗くなりつつある夕暮れのビルを背景に、よく映えて見えるのだ。
魔物が羽を揺らすと、鱗粉は徐々に拡散していく。それが一体どんな被害を齎すのか、全く想像は出来ないが――
「どうすればいい? 技を放つのは逆効果でしょ」
「待って、今まどかが」
光の球から黒うさぎに姿を戻したブリンクが眼下を指差す。
そこには、なぎさと同じくウイングスタイルの白い羽を背負ったまどかが見えた。
両手を合わせて空高く掲げるまどかの手からは、強大な虹色の光が溢れ出ている。
「“エンジェルフェザー・ガード”――ッ!!」
まどかが両腕を左右に勢いよく広げると、美しい七色の光が巨大な天使の羽となって視界を埋めつくした。虹の羽は屋根のように、スクランブル交差点の上空を覆う。光は広がる、周囲にある商店街、ビル群までも防御対象に含まれていく。
蛾の魔物は虹の羽に抵抗しているかのように、奇声を上げて羽をバタバタ震わせ鱗粉を撒き散らした。
が、まどかのエンジェルフェザー・ガードによって、鱗粉は全て弾かれ、跡形もなく消し去られてしまう。
「ナイス、まどか!!」
なぎさは叫んだ。
「こっちは任せて! なぎさ、浄化を頼む……!!」
「オッケー!!」
鱗粉の淡い光に包まれた蛾の魔物を射程に捉えると、なぎさは宙に浮かんだまま、改めて構え直した。
「もう一度行け! ガードが働いてるうちに……!!」
「今度……こそ…………!!!!」
両腕を突き出す、全ての神経を両手のひらに集中させる……!!
長い髪の毛がぶわっと一気に逆立った。
なぎさ自身がキラキラの光の粒を纏い始める。
「行っけぇぇぇぇぇッ!!!! “スターダスト・トルネード”――――ッ!!!!」
躊躇なく放った一撃がブワアァッと勢いよく魔物に向かう。
星屑を纏った光の渦が魔物まで達すると、魔物は断末魔を上げて解けるように消えていく。
「ナイス、なぎさ……!!」
ブリンクはそう言うと、小さな口を目いっぱい開けて、すぅ〜〜っと大きく息を吸い込んだ。浄化され、溶けていく直前の魔物の一部も含めて周囲の空気をどんどん取り込んでいく。
「えぇっ?! ブリンク……?!」
なぎさが目を丸くしている間に、バレーボール大だったブリンクの身体はみるみる膨らんだ。遂には一抱え程にまで巨大化し、腹の皮が薄く引き伸ばされたブリンクは今にも破裂しそうだった。かと思うと、
「ごくり!!」
吸い込んだ空気が一瞬で身体のどこかに消え失せて、気付いた時には元の大きさに戻っている。
「な、何今の?!」
「V2モンスターの細胞採集! それよりなぎさ、まどかと地上に戻るぜ!!」
「わ、分かった!」
地上を見下ろすと、既にまどかが交差点のど真ん中に降り立っている。ウイングスタイルの羽がパンと弾けるように消えたのが見えた。
自分もと、なぎさはブリンクと共に地上に向かう。
歓声と共に群衆が少しずつ動き出しているのが視界に入っていた。
「エンジェルステラ最高~~!!」
「ありがとう、エンジェルステラ!!」
「可愛い!!」
「魔法少女!! 本物だ!!」
V2モンスターの脅威なんか忘れてしまったみたいに、人々がスクランブル交差点へと雪崩れ込んでくる。
歩行者用の信号は全部赤で、車用の信号が動き始めているのも構わずに、興奮と共に四方からたくさんの人達が寄ってくるのを、まどかは困ったようにオロオロしているばかりで。
「まどか!!」
「なぎさ!!」
スタッとそばになぎさが降り立つと、まどかは光が差したようなキラキラした顔をなぎさに向けてくる。あまりの可愛さにキュンとなる胸を押さえつつ、なぎさはまどかの肩をギュッと引き寄せるように抱いた。
「ずらかるぞ」
耳元で低い声を出すと、まどかはギョッとしてなぎさを見上げた。
「ず、ずらかるって」
「こんなところにずっと居られるか。逃げるんだ」
「けどどうやって」
「ブリンク、ティンクル、瞬間移動させろ」
二人の肩にそれぞれくっついた二体のうさぎを脅すように言ったなぎさだが、
『ダメだ』
頭の中に直接響く、緑川瑠璃絵の声がその動きを牽制した。




