chapter.6 確かな“熱”
館花はひたすらに熱く語った。丸眼鏡の奥の、つぶらな瞳を輝かせて。
それはある種の病のような、けれど健太郎には十分にその熱が伝わっている。
「……やりましょう、館花さん」
伝播した熱に、健太郎は拳を震わせた。
「魔法少女エンジェルステラのなぎさとして、俺はやれることをやるつもりです。――当然、こいつもそう思ってるはずだ。……な?」
「えっ……?!」
健太郎と館花の視線が一斉に伊織に向く。二人の熱気にウッと声を詰まらせる伊織だが、一歩下がると今度は真後ろに仁王立ちする緑川の刺すような視線に襲われる。
逃げられないとでも思ったのだろう、伊織は観念したようにこくりと頷いた。
「君達二人が登場して以来、“エンジェルステラ・フィーバー”が現実のものになりつつある。円谷君、渚君、どのくらい熱を帯びてきてるか、君達はチェックしてる?」
「えっ? いや、そんなには……」
「そりゃ、チェックしてますよ。俺、そっち系詳しいんで」
詳しいと健太郎が言ったのを聞いて、館花の眼鏡がまたキラリと光った。
「ファンアート、まどかの方が多いのは知ってる?」
「当然。エンジェルステラと名乗ったのはまどかだし、何よりピンクのツインテールは反則です。嫌いな人がいるのか分からないレベルで優勝ですから、無理ないですね。俺も実際、まどかは最高だと思ってます」
「なぎさも最高だよ! 金髪碧眼で爆乳だしね!!」
力強く差し出した館花の右手を、健太郎はガシッと強く握った。
何かを理解し合うように、二人は深く頷き合う。
「pixibeeでもR指定や生成AI含め、二人のファンアートが相当数出回ってる。ありとあらゆる世代に刺激を与えているのは明白だ。――たった、一度だよ。まどかとなぎさが電車の中でV2モンスターと戦い、目撃され、撮影された。あのたった一度の活躍で、しかも二十四時間も経過しないうちに、爆速で情報が拡散された。サブカルチャーには疎い人々にも、魔法少女という分かりやすく親しみやすいキャラクターとその愛らしさが評価されている。素晴らしい! この勢いを緩めちゃいけないんですよ!! 分かりますよね、円谷君、渚君!!」
バッと右腕を大きく広げ、左拳を胸の前で固く握り、館花は力強く訴える。
その背後、正面の大型モニターに映し出される動画やSNSのタイムライン、ファンアート、テレビでの紹介映像……様々なメディアを介して広がる、確かな“熱”。
無駄過ぎる程暑苦しい熱気に煽られて、伊織は思わず仰け反ってしまう。
「あ、あんまり、分かりたくは……」
「――館花、長い」
困惑した伊織のセリフに被さるように緑川が言うと、館花はまた失敗を悔いたような顔をする。すみませんと一応返して、咳払い。
「ンンッ! 要するにね、君達が変身し、SNSでバズるところまでは、ある程度想定内。このフィーバーを更に高めるべく、君達には日本全国、どこにでも飛んでもらいたい。そうして、魔物化したV2罹患者をどんどん浄化して、希望の光で人々を照らしてもらいたいんです。いずれ、収集したデータを元にワクチンが作られたり、或いは特効薬が開発されたりすれば万々歳。そのための、転移装置なんですよ……!!」
館花からは、湯気のようなものが立ち上がっていた。丸眼鏡は白く曇り、レンズの真ん中だけが透明さを保っている。
伊織は返答に困り、拒絶反応すら見せていたが、健太郎は寧ろ彼に親近感さえ覚えた。
「……なるほど、言いたいことは分かりました」
「分かったの?! 今ので?!」
すかさずツッコミを入れる伊織に、健太郎はムスッとして見せた。
「分かんねぇのか。伊織、熱くなれよ」
「なれるかよ! てか、呼び捨てにすんな!」
噛み付く伊織に余裕の笑みで返していると、
――ビーッ、ビーッ、ビーッ
ふいに警報が室内に鳴り響き、照明が赤く点滅し始めた。《ステラ・ウォッチ》が振動し、周囲をウロチョロしていたティンクルとブリンクが伊織と健太郎の肩付近まで戻ってくる。
「来たか。館花、位置情報を出せ」
後方で三人を静観していた緑川がズンズンと前に出て低い声で指令を出すと、館花はキリッと表情を変えてノートパソコンを叩き始めた。
「ここですね、繁華街……スクランブル交差点の真ん中に、V2モンスター発見しました」
「館花がどうでもいい話で勝手に盛り上がるから、転移装置の話も中途半端に終わったじゃないか。反省しろ」
「すみません、《ステラ・ウォッチ》に位置情報飛ばします。ストリームチェンジで現地直行で良いですか?」
「その方がいいな」
モニターに映し出される防犯カメラ映像と現場の地図。数分割された映像には、リアルタイムでスマホを向けていると思われる映像まで含まれている。
「蛾の魔物だ。飛ばれると厄介だ。円谷、渚、覚悟はいいな」
緑川は眼鏡を指でクイッと上げ、二人に目配せした。
緊張が走る。
頷く伊織と健太郎。
「《ステラ・ウォッチ》を掲げて叫べ、“チェンジ・ステラ・ストリーム”と。君達は光の粒になり、瞬間移動の後にエンジェルステラの姿で現地に出現する。変身と瞬間移動の合わせ技だ。指令は都度出す。ティンクルとブリンクはウォッチに戻って二人に助言しろ」
「イエス、マム!!」
二体のうさぎのぬいぐるみが、シュンッと光の玉になってそれぞれの《ステラ・ウォッチ》に帰っていく。
「行くぞ、伊織」
「呼び捨て止めろって言ったじゃん、健太郎!」
下の名前で呼びやがったなと、健太郎は思わずフフッと声を漏らした。
左腕を眼前で縦にして、力強く二人で叫ぶ――
「“チェンジ・ステラ・ストリーム”……!!」




