第7話 逃走
ラーシュの五十人船は、両親にも好評だった。
百人船の出来次第では、今後もケルピー水軍の船の作成を依頼しようという話も出た。
リスベットは、ラーシュに会うのが一層待ち遠しくなった。
今すぐにでも伝えてあげたいくらいだ。
二週間後に再びアラッカ島を訪れると、ラーシュが埠頭で待っていてくれた。
船大工たちもいる。十人ではなく五十人近い。
「おかげさまでアラッカ島の船大工全員を動員できるようになりました。今は船用の木材の準備などをしてもらっている段階ではありますが」
「皆様に造って頂いた五十人船、ケルピー水軍の上層部も満足しておりました。次の船の評判も良ければ、継続的に仕事を依頼させていただけるかもしれませんわ」
「そうなったら船を造り続けられますね。頑張ります!」
予想通りラーシュが喜んでくれたことに頬がゆるんだ。
「ところで、これは一体?」
埠頭にはいくつものテーブルや鉄板が並べられている。
「この前は何のおもてなしも出来ませんでしたので、ささやかですが用意させて頂きました。皆さんを招くには屋敷は手狭で、島にはあまり飲食店もないので、バーベキューのような形式になってしまいますが」
「そんな。恐縮ですわ」
「どうかご遠慮なさらずに。良い船を造るための、皆さんと船大工たちの親睦会も兼ねていると思って下さい」
「お嬢。もう用意は出来てるんです。断っても好意を無にするだけですぜ」
「もう。ビィゴったら。でも任務中なのだから、お酒は駄目ですわよ。それ以外はごちそうになりますわ」
ラーシュが微笑み、部下や船大工たちは歓喜の声を上げた。
テーブルにつくと、焼き魚や串焼きなどを振舞われた。
任務中の食事は部下と一緒で、こういった料理には慣れている。
気取ったコース料理よりずっと好きだ。
ラーシュもそうらしい。
貴族令息とはいっても、気取ったところのない人柄は好印象だ。
それに部下たちと積極的に話をしている。
強面で体格のいい部下たちにも物怖じしている様子はない。
今の船の良い点や改善点などをあれこれと訊ねているようだ。
仕事に活かそうとしているらしい。
「リスベット様。叩き台の設計図、ご覧になって頂きたいのですが」
「お食事は充分頂きましたわ。見せて下さいませ」
ラーシュと二人で屋敷に移動した。
両親は留守ということで、家にいるのは使用人が一人だけだった。
戦力になる人員は多くないと聞いていたが、雇っている人数自体が多くはないようだ。
材木業の実入りは良くても、島民の数が少ないからだろう。
仕事部屋に行くと、設計図だけでなく船の模型も用意されていた。
「うん。申し分ありませんわ」
「ですが改良したい点があればおっしゃって下さい」
「でしたら、そうですわね」
何点か希望を伝えると、ラーシュは熱心にメモを取っていた。
さらに部下たちと話していたときに気付いた点を改良したいと言われたので承諾した。
仕事への取り組み方にも好感が持てる。
改良を反映したものは、次の巡回のときに見せてもらうことにした。
「こちらからニコルに出向いても構いませんが」
「結構ですわ。大抵は巡行で出払っておりますもの」
「大変なお仕事ですね」
「ラーシュ君こそ、見事なお仕事ぶりですわ」
「僕は造船だけが取り柄ですから」
ラーシュがはにかんだ笑みを浮かべたので、リスベットもつられて微笑んだ。
「ところで、ご両親はどちらにお出かけですの?」
「北岸の街に材木の商談をまとめに来ました」
「お母様もご一緒に?」
「はい。ただ母は、方々に縁談を持ち掛けるために父に付いていっているようです」
「縁談? ラーシュ君の?」
「そうです」
なんとなく嫌な気持ちになった。
「この島に嫁ぎたいという方はなかなか見つからないらしくて、苦労していると言っていましたが」
そう聞いてなぜか安心していた。
親近感も湧いている。
二人で埠頭に戻ることにした。
「わたくしもラーシュ君と同じですの。ケルピー水軍の頭領夫婦の娘である上に百人船の船長ともなると、大抵の殿方は及び腰になってしまうらしくて。わたくしの両親も結婚相手探しに難儀しておりますわ」
屋敷を出て、スベット号の横を通り過ぎたあたりで口を開いた。
トルモッドと婚約していたことは伏せた。
ラーシュには言わなくていいだろう。
いや、言いたくない。
「ましてや鎖鎌を振り回している、跳ね返りのわたくしなど───」
「ご自分のことをそんなに卑下なさらないで下さい」
ラーシュが強い口調で言ったので足を止めた。
「仲間の方たちの犠牲を少なくするために、あえてご自身を危険に晒す戦い方をしていると聞きました。心優しいリスベット様に惹かれる男性は多いと思います」
「そんな。船長の職分を果たそうと努めているだけですわ」
「それに、それだけではなくて、その───。いえ、何でもないです」
ラーシュが顔を逸らした。
「もう。はっきりものを言えない殿方はどうかと思いますわ。ちゃんとおしゃってくださいませ」
「は、はい。リスベット様に惹かれる男性は、やはり多いと思います。その、とても美しい方ですから」
きょとんとしていたが、やがて顔が熱くなるのを感じた。
「ちょ、ちょ、ちょっと、ラーシュ君! 年上の女性をからかうものではありませんわよ!」
「からかうだなんて! この前僕の船に乗って下さったときの、リスベット様の嬉しそうな顔や舳先に佇む姿に見とれてしまったときに、本当にそう思って───」
ラーシュも顔を赤くして、まくし立ててくる。
「も、もう。ラーシュ君たら! と、とにかく、来週までにちゃんと船の設計を見直しておいてくださいませ! 今日は失礼いたします、ですわ!」
「あ、リスベット様!」
埠頭に向かって逃げるように走った。
足の速さには自信がある。
ラーシュには追いつけないだろう。
恥ずかしすぎて、振り返りはしなかったが。
「お嬢?」
船大工と腕相撲をしている最中のビィゴが、怪訝そうに呟いた。
「長居し過ぎましたわ! もう出発!」
叫びながら自分の船に駆け込んだ。