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第6話 新造船の依頼


「素晴らしい船でしたわ」


 リスベットは船から降りると率直な感想を告げた。


「ありがとうございます」


 ラーシュがはにかみながら微笑んだ。


「だけど、あの十人だけでこの規模の船を造ったのか?」


 ビィゴが船を見上げながら首を傾げた。


「いいえ。船大工はもっといます。ですが今は材木業の作業に回ってもらっています。森で木を切ったり、植林をしたり」


「どうしてだ?」


「実は祖父が亡くなって以降、船の発注はほとんどなくなってしまいまして」


「評判のいい造船技師だったしな」


「はい。高速艇は自家用ですし、技術力をアピールできる戦闘艦ならあるいはと思って造ったこの船も、買い手はついていません」


 ラーシュが肩を落とした。


「このままだと、完全に材木業に移行せざるを得ないです」


 身なりなどから察する限り、材木業だけで十分な暮らしができるのだろう。

 それでも造船への思い入れは強いらしい。


「お嬢」


 ビィゴに目配せをされてうなずいた。


「安心しろ。この船はケルピー水軍が買わせてもらう」


「本当ですか?」


 ラーシュが顔を上げた。


「ああ。しかも取っ払いだ」


 ビィゴが自分の船に行って袋を手に戻って来た。


「こんなに頂けるんですか?」


 受け取った袋の口を開いたラーシュが驚きの声を上げた。

 中身は金貨だ。


「ただし次の仕事の前金も入っている。船大工全員が造船の仕事をできるようにしておきな」


「次の仕事?」


「それはお嬢から」


 ラーシュがこちらに視線を向けてきた。


「前にも見て頂きましたけど、わたくしたちの船、だいぶ傷んでおりますわよね?」


「はい」


「船を新造したいのですけれど、ケルピー水軍御用達(ごようたし)の造船技師だった方が引退されてしまったので、新しい技師を探しているところですの」


「まさか」


「わたくしたちが乗る百人船の設計と製造、ラーシュ君にお願いできるかしら?」


 ラーシュが顔を輝かせた。


「やらせて下さい! 是非!」


「ふふ。決まりね」


「ありがとうございます。よーし!」


 ラーシュがやる気に満ち溢れている。

 それを見ただけで、来た甲斐があったと思えた。


若旦那(わかだんな)。良かったですね」


 船大工たちも喜んでいる。

 領主の息子のラーシュは若旦那と呼ばれて慕われているようだ。


 ふと、あることに気付いた。


「大事なことを忘れていましたわ。アラッカ島にお邪魔させて頂いたからには、領主であるラーシュ君のお父上にご挨拶させていただかなければ。」


「でしたら我が家にいらして下さい。細かい話を詰めたいですし」


 埠頭からそれほど離れていない場所に屋敷が見える。


「ご迷惑にならないよう、お屋敷にはわたくしひとりで伺わせて頂きますわ」


「そうですね。あまり大きくない屋敷ですので」


「何をおっしゃいますの。とにかく、ビィゴたちはここで待っていて」


「分かりやした」


 ラーシュと二人で屋敷に向かった。


 ドックとは別に、海水を引いた水路のようなものが屋敷へと伸びている。

 それに沿って歩いた。


「この水路は?」


「船を運ぶためのものです」


 屋敷の少し手前まで来た。

 海水は水門で遮断されているが、石造りの水路は屋敷の庭で円形状に広がっている。


 その円形の中央に他より高くなっている場所があり、小型船が乗せてある。


 水門のすぐ先の跳ね橋の上から小型船を眺めた。

 ここから少し低い位置だ。


「このための水路でしたのね」


「はい。水路で船を運んでから水を抜くと、あそこに乗せられるようになっています」


「ふふ。素敵な景観ですわ」


「今はあの船を飾っています」


 飾る船はずっと同じではなく置き換えているということらしい。

 置かれている船に、なんとなく見覚えがあるような気がした。


 屋敷の客間に案内されて、ラーシュの父に会った。

 ラーシュを助けたことの礼を言われたが、それに対して「駄別銭を受け取っているにも関わらず海賊に襲わせてしまった」と詫びると、恐縮していた。

 物腰の柔らかい、騎士というより商人風の人物のように思えた。


 挨拶が済むとラーシュの仕事部屋に二人で移動した。


 製図台にスケールや定規などが置かれている。

 棚には船の模型などもある。


 造ってほしい船の要望を伝えると、ラーシュは熱心にメモを取っていた。

 費用や船大工たちの人件費がかさんでしまいそうだと心配していたが、それに仕事に見合うだけの報酬をしっかりと上乗せして払うことを告げた。


「ありがとうございます。二週間いただけますか? それまでに叩き台の設計図を作っておきます」


 次の次にアラッカ島近くを巡回する日に訪れることを決めて、ラーシュと一緒に屋敷を出た。


 置かれている小型船が再び目に入った。


「やっぱり素敵。あら? もしかしてこの船は、この間ラーシュ君が乗っていらした」


「はい。リスベット号です。助けて頂いただいたときは、ここに飾る前の乗り納めのつもりでした」


「そうでしたの」


 ふと、自分の名前が付けられた船を素敵だと言っていたことに気付いた。


「み、見送りはここまでで結構ですわ」


 気恥ずかしくなってそう言っていた。


「いえ。船までは送らせて下さい」


 ラーシュは埠頭に着くまで新造船への意気込みを語り続けていた。


「ではラーシュ君。また二週間後に。ごきげんよう」


「はい。お待ちしています。リスベット様」


 自分の船を出発させた。


 購入した船の方は、ビィゴが乗って指揮している。

 きっとラーシュは、あれ以上の船を造ってくれるだろう。


 二週間後に設計図を見るのが待ち遠しい。


 だが待ち遠しい理由は、新しい船への期待だけなのだろうか。

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