第5話 再会
リスベットは船首からアラッカ島を眺めていた。
ニコルを朝出発して今は正午を少し過ぎた時間だ。
アラッカ島はそこまで遠くはないが、翌日すぐに向かうという訳にも行かなかった。
巡回は日によってルートが違う。
このあたりのエリアに来るのは週に一回程度だ。
「お嬢。後方から船が接近中です」
ヴィゴの言う通り、低い船体の細長い船が斜め後方から近づいて来ている。
乗っている十人ほどが二列になって櫂を漕いでいるようだが、マストがあって帆も張られている。
「この前助けたラーシュが先頭に乗っていますぜ」
「本当ですの? どれどれ」
ヴィゴから受け取った望遠鏡を覗き込んだ。
十人の先頭にいるのは確かにラーシュだ。
今日も上品な身なりをしている。
他の者たちは職人のような格好に見えた。
「速いですね。追いついてきます」
「ええ」
船速は緩めなかったのに、ほどなく横に並ばれた。
ラーシュ一人が立ち上がってこちらを見上げている。
「リスベット様の船だと思っていました」
「その通りよ。ラーシュ君。お元気そうで何よりですわ」
再会できたということが、なぜかやけに嬉しい。
「おかげさまで。あれから海賊に気を付けていますが、今は作った船を試運転中です」
「速い船ですわね」
「積み荷はほとんど運べませんが、僕の造れる最速の船です。高速艇と名付けました」
速さを追求した船のようだ。
「リスベット様たちは巡行任務中ですか?」
「そうなのだけど、ラーシュ君にも用があるの」
「えっ?」
「この間、五十人規模の戦闘用の船を造ったことがあるとおっしゃっていましたわね? まだ保有しているようなら、見せて下さらない?」
「ありますよ。どうぞご覧になって下さい」
「良かった。アラッカ島に寄らせて頂くわ」
「歓迎しますよ。先に行ってお待ちしていますね。島の北側の船着き場を少し通り越した埠頭までいらしてください。ではみなさん、もう少しお願いします」
ラーシュの呼びかけで、十人が漕ぐのを再開した。
どんどん引き離されていく。
「期待できそうですね」
ヴィゴが遠ざかって行く高速艇を見つめながら呟いた。
「あれも小型船よ。もっと大きな船を見てみないと判断できないわ」
そう言いながらも期待は高まっていた。
アラッカ島が近づいてきた。
島の大部分は森に覆われている。
材木用の木には事欠かないだろう。
船着き場の前まで来た。
小さな漁船のような船が多いが、中規模の船も停泊している。
材木運送用の船かもしれない。
船着き場の向こうは港町だった。
ここだけで人口の五百人が収まりそうだ。
島に沿って進むとすぐに埠頭のような場所になった。
いくつかの水門と湾入したドックがある。
その一つに、先ほどの高速艇が泊められている。
それとは別の大きめの船が泊めてあるドックの横でラーシュが手を振っていた。
一緒に漕いでいた者たちも後ろに控えている。
「アラッカ島にようこそ」
船から降りると、ラーシュが片手を胸の前にして恭しく礼をした。
美少年であることと相まって様になっている。
スカートの裾を持ち上げて挨拶を返すべきかもしれないが、あいにく軍服だ。
「ご丁寧にどうも。急に大勢で押しかけてしまってごめんなさい」
「いえいえ。命の恩人であるケルピー水軍の皆様ですから。先ほど言っていた船はこちらです」
一目で戦闘用だと分かる造りだ。
自分の船より小さく五十人規模のものだが、心惹かれるものがある。
「良い船ですわね」
「僕が設計して、祖父の代からの船大工のみんなに造ってもらった船ですから」
後ろにいる者たちがその船大工らしい。少し得意そうにしている。
「どうぞ、乗ってみて下さい」
ラーシュを先頭に、ビィゴたち何人かの部下と乗り込んだ。
歩いて見て回っても、やはり良い船だと感じた。
「悪くないと思うぜ。だけど、船は動かしてみないことにはな」
ヴィゴが呟いた。
「おっしゃる通りです。ただ、この船の漕ぎ手は二十人ほど欲しいところでして」
ラーシュは漕ぎ手が足りないことを懸念していたが、船大工にリスベットの部下十人を足して動かすことになった。
規模に合わせて、もう三十人も乗った状態で沖へと乗り出した。
船の動きは申し分なかった。
ラーシュは自信に満ちた顔をしている。
「前に言いましたが、あの海賊たちの船よりも絶対に上だという自信があります」
そう聞いたあの時、胸の奥で小さく音が響いた気がした。
そして、今も───。
「え、ええ。お見事ですわ」
ラーシュのことが眩しく見える。
リスベットは動揺を隠しながらうなずいた。
「ケルピー水軍で使っている五十人船でも勝てませんぜ。漕ぎ手が二十人じゃあこんなに速くは進めねえ。ウチの船も腕利きの造船技師に造ってもらった優れものだってのに、やるじゃねえか」
ビィゴも感心している。
部下たちも口々にラーシュのことを褒めている。
なぜか自分のことを褒められたように嬉しい。
心が躍っている。
船首から舳先に飛び乗っていた。
「リスベット様? 危ないですよ」
「大丈夫よ。ラーシュ君」
そのまま舳先の端まで歩いて帽子を外した。
海風が心地いい。
そのまま船の進む先を眺め続けていた。
しばらくしてから、船首に降り立って帽子を被り直した。
顔を上げたときに、ラーシュがこちらを見つめている。
茫然としているようだ。
それに何となく顔色が赤い。
「どうかなさったの?」
「い、いえ。何でも」
少し様子がおかしい気もしたが、何事もなく埠頭に戻って来た。