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第3話 出会い


 敵は全員縛り上げて船首側に座らせた。


「そういえば貴族の令息が捕らえられているはずなのだけど、無事かしら?」


 リスベットが訊ねると、ヴィゴが後ろの方に視線を向けた。


「今、下の船室を調べさせています」


 船尾近くに下への入口がある。

 そこから若い男が這い出てきた。

 白いブラウスとスカーフ、黒いスラックスという上品な身なりをしている。

 捕らえられていた貴族の令息だろう。


 船尾の端に行って下を覗き込んでいる。

 あそこには小型船が繋いであった。

 自分の乗っていた船を気にしているのだろうか。


 後から上ってきた部下に呼びかけられて、二人でこちらに歩いてきた。


「この若いの、縛られた状態で下の船室の木箱に閉じ込められてました。縄を解いて連れてきましたぜ」


「ご苦労様ですわ」


 連れられてきたのは、若い男というより少年のようだ。


 そして美少年だった。

 サラサラの栗色の髪。

 エメラルドグリーンの大きな瞳。

 整った顔立ちはまだあどけない。 

 それに屈強な部下と比べると、上背はそれほど見劣りしないのに明らかに線が細い。

 なんとなく頼りなく見える。


「助けて頂いてありがとうございます」


 少年に礼を言われた。

 頼りなく見えても落ち着いてはいるようだ。


「どういたしまして。少々、お話を聞かせて下さる?」


 自分の船に移動すると、手頃な高さの樽を二つ用意して向かい合わせに座った。


「わたくしは、この船の船長を務めているリスベットと申します」


 少年が驚いたような顔をした。

 リスベットが船長だとは思っていなかったのかもしれない。


「あ、申し遅れました。ラーシュ・エルスタードと申します」


 少年が名乗った。

 ラーシュという名前らしい。

 エルスタードという姓のほうには聞き覚えがある。


「エルスタード家と言えば、あのアラッカ島の」


 海の先の大きな島に視線を向けた。

 シルア海峡の西の入口近くの、北岸の国に属する島だ。


「はい。僕はアラッカ島を治めている辺境伯の一人息子です」


「そうでしたの。でも辺境だなんて」


「島の領民は五百人足らずです。戦力になる人員は多くありません。船を安全に航行させられるのはケルピー水軍のおかげです」


「エルスタード家は代々、材木業と造船業の家系でしたわね」


 アラッカ島は船の素材に最適な材木の産地だ。

 だからエルスタード家は材木業と造船業を生業としている。

 材木の運搬や造った船の運送には海賊の危険が伴うが、シルア海峡に限ってはケルピー水軍が巡行して安全維持に努めている。


 それでも広大な全水域を四六時中監視できるものではない。


「エルスタード家からは駄別銭をお支払い頂いています。それなのにあのような手合いの暴挙を許してしまうなど、至らなさが恥ずかしいですわ」


「いえ。僕の油断が原因です。でも外洋側に繰り出していたとはいえ、財宝を積んでいるわけでもない小型船を海賊が襲ってくるなんて」


 おそらく、ラーシュの身なりを見てのことだろう。


「身代金が目的だと言っていましたわ。あの、襲われたときに他の方は?」


「おりません。船に乗っていたのは僕一人ですから」


 ラーシュ以外は殺されてしまったというようなことが起こっていないのは何よりだが、逆に気になることある。


「五、六人乗りの船のように見えましたけれど、それなのに一人で?」


 漕ぎ手が一人では苦労しそうな大きさだ。


「あの船は風に乗ることができれば相当に速いですし、そうでなくても一人で漕いで動かせるくらい軽量ですから」


「あら。高性能ですわね。エルスタード家で造った船ですの?」


「はい。僕自身が設計して」


 ラーシュは少しはにかんだが、すぐに表情を曇らせた。


「海賊に見つかってしまったときも、あの船ならなんとか逃げられると思いました。小型で岩礁地帯を通過することもできますし。でも、あと一歩というところで追いつかれてしまいました」


 岩礁地帯の近くにいたのは偶然ではなかったようだ。


「無念です。僕は剣術も馬術も全然駄目ですけれど、船に関してはそれなりの自負があります。あんな(たち)の悪い海賊たちに、負けたくはなかったな」


 ラーシュが目を伏せて拳を握りしめた。

 悔しさを滲ませている。

 意地などとは無縁に見えたのに、意外な一面だった。

 思わず、包み込んであげたくなるような───。


「ラーシュ君」


 優しく呼びかけると、ラーシュが顔を上げた。


「十九歳のわたくしの方が年上でしょうから、そう呼ばせて頂くわ」


「構いません。僕は十七歳ですし、助けて頂いた身ですから」


 リスベットはうなずいた。


「あの小型船ではさすがに対抗できないでしょう。でもあの海賊たちの船とラーシュ君が造る同じ規模の船を比べたら、どちらが上かしら?」


「実際に、同じ規模の戦闘用の船を造ったことがあります。速さ。旋回性能。耐久性。安定感。全てで上回っています」


 ラーシュがはっきりと言った。

 リスベットを真っすぐに見つめている。

 これまでの頼りなさをまるで感じさせない強い眼差し。

 胸の奥がトクンとしたような気がした。


「あの、もし良かったら、リスベット様の船を見せて頂いて宜しいでしょうか? 造船技師として興味があります」


 ラーシュが再びはにかむように微笑した。

 頼りない雰囲気に戻っている。

 これはこれで可愛らしい。


「構わなくてよ」


 二人で甲板の上を歩いて回った。

 ラーシュは熱心に船を観察している。


「ラーシュ君から見て、この船はいかがかしら?」


「戦闘艦として無駄がない。いい船だと思います。ただ、傷みが気になります。だいぶ老朽化していますね」


「それはわたくしも思いましたわ」


「僕に新しい船を作らせて頂けるなら、この船以上のものに仕上げてみせる自信があります」


「ふふ。頼もしいお言葉」


 思わず頬が緩んだ。

 頼りないときとの落差が妙におかしい。

 そしてそれだけでなく、何となく胸の奥がざわめく。


「ただ残念なことに、ケルピー水軍が造船を依頼する技師は決まっておりますの」


「そう、ですよね」


 ラーシュの様子は、やや無念そうに見えた。


「お嬢!」


 向こうの海賊船からヴィゴが叫んでいる。


「捕らえた船長が賞金首だということが分かりやした。北岸の王都の役所に付き出せば、報奨金がガッポリですぜ。部下たちも一緒ならもっとでさあ」


「了解ですわ」


 ヴィゴに返事をしてラーシュに向き直った。


「だそうですけれど、エルスタード家で裁くことを希望されるなら」


「いえいえ。あの人数では持て余してしまいます。ケルピー水軍にお任せ致します」


「お引き受けしますわ」


 ラーシュとうなずきあった。


「そろそろ出発しないと。その前にラーシュ君をアラッカ島に送りしますわね」


「大丈夫です。僕は乗って来た船で帰りますので」


 二人で海賊船の船尾に移動した。

 繋がれているラーシュの小型船が波に揺れている。


「実は、あの船の名前はリスベット号といいます。リスベット様の名前を聞いたときは驚きました」


「まあ。船には女性の名前を付けることが多いとはいえ、偶然ですわね。どうしてリスベット号という名前を?」


「そう名付けたのは祖父なんです」


「おじい様が?」


「造船技師として数多くの船を手掛けてきた人です。リスベット号という名前も数多く名付けたうちの一つで、深い意味はないと思います」


「優れた造船技師だという噂を、少しだけ耳にしたことがありますわ。ご健勝かしら?」


「いえ。昨年亡くなりました。前日まで元気だったのに、眠ったまま目を覚まさず」


「それはお気の毒に」


「突然で悲しかったですが、かなりの高齢でしたから。最後まで元気に造船に関わっていられて、幸せだったと思います」


「造船業は、お父上が引き継いでいらっしゃいますの?」


「いえ。父にはあまり造船の才能がなくて。材木業に力を入れています」


「あら」


「だから造船業は、僕が引き継ぎました」


 ラーシュは若くして造船業の責任者らしい。


「造船のことを教えてくれたのも祖父です。修行中、設計の欠点を厳しく指摘されました。何度も設計し直して、初めて作るのを許可してくれたのがあの船です。四年前、十三歳のときでした」


「感慨深かったでしょうね」


「はい。祖父との思い出が詰まった形見のような船を海賊たちに奪われずに済みました。ありがとうございます」


 部下たちも近づいてきた。

 ラーシュが礼を言っている。

 一通り挨拶が済むと、ラーシュは縄梯子を伝って小型船に降りた。


「今はあたりに不審な船は見当たらないけれど、島まで気を付けて下さいませ」


 下に向かって呼びかけた。


「リスベット号なら大丈夫です。僕が設計した船ですから」


 胸を張るラーシュの姿に、体が熱くなった気がした。


「リスベット様。ケルピー水軍のみなさん。ありがとうございました! さようなら!」


 ラーシュが船を繋いでいる綱を解いた。


 帆に風を受けたリスベット号が軽快に進んで行く。

 確かに速い。十三歳のときに設計した船とは思えない。

 そして、その歳で設計した船で海賊に勝てなかったと悔しがっていたということになる。

 造船技師としての自負は相当に強いようだ。


 ラーシュが遠ざかっていく。

 だんだんと切ない気持ちが込み上げてきた。

 おそらく、もう会うことはないだろう。


 不意に青空に舞うカモメの鳴き声が聞こえた。


 それを合図にするかのように背を向けた。


「まずはシリア海峡北岸の国の王都に行って、次にケルピー水軍のアジト。さあ、出発ですわ!」


 自分に言い聞かせるように部下たちに指示を出し始めた。

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