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第2話 一騎打ち


 リスベットは部下たちに声を掛けて回っているうちに、甲板の軋む音に気付いた。


 この船を任されたのは一年ほど前だが、それよりもずっと前から使われていたものだ。


 だいぶ老朽化が進んでいるらしい。傷みもある。

 そろそろ新しい船に換えることも検討したほうがいいかもしれない。

 ただ、まだ船の動きに支障はない。


 順風ということもあり、『シルア海峡』に戻って来るのにそれほど時間は掛からなかった。


 遠い両岸が青白いシルエットのようにうっすらと左右に見えている。

 東西に長いので海峡の名前がついてはいるが、かなり広い海域だ。


 そしてケルピー水軍の縄張り。

 ただし往来する船を襲っているわけではない。


 主な収入は駄別銭(だべつせん)という、シルア海峡の通行料兼警護料だ。


 誰の物でもない海を航行するのに料金を請求するのは一見理不尽だが、実情に照らし合わせればそうではない。


 ほとんどの海賊は船ごとの強奪も殺しも厭わない。

 私掠船(しりゃくせん)という国家公認の海賊もいて、敵対国の船を積極的に襲ったりもしている。


 だが、そういった悪質な海賊はシルア海峡には少ない。

 ケルピー水軍が巡回して締め出しているからだ。


 本来はシルア海峡の南北両岸の国が担うべき役割だが、手が回らずにケルピー水軍を当てにして活動を黙認するようになって久しい。


 船の警護に人員を割かずにシルア海峡を安全に航行できるのは決して悪い話ではないため、ほとんどの船や商人はケルピー水軍への駄別銭の支払いに協力的だ。


 軍や豪商など自力で船を守っている一部の例外だけは駄別銭の支払いを拒否しているが、そちらの方が莫大なコストが掛かる。


 駄別銭は法外な額ではない。

 それに小型船や小口の商人などには請求しない。


 だからケルピー水軍はシルア海峡の安全を守る義賊として名高い。


 物心ついたころから海が好きだった。

 船に乗せてもらって海に繰り出すたびに心が躍った。

 だから海と船の安全を守っているケルピー水軍に志願して入った。

 働き始めるが一般的な年齢である十五歳になったときのことだ。

 両親から心配はされたものの、無理に止められはしなかった。


「10時の方角! 海賊船が小型船を襲われているようです!」


 マストに設置された見張り台の部下が声を張り上げた。

 細長い望遠鏡を覗き込んでいる。


 肉眼でも船がいることは確認できる距離で、海賊船も小型船も一艘ずつだ。


「小型船に乗っていた男が刃物を突き付けられて海賊船に乗せられていきます!」


「海賊船の規模はどれくらいだ!?」


 ヴィゴが駆け寄って来て上に向かって叫んだ。


「五十人規模の船です!」


「お嬢。船の規模からすると頭数はこっちが上。質は言わずもがな。敵じゃありませんぜ」


 ケルピー水軍は闇雲に暴れるだけの他の海賊とは訳がちがう。

 訓練を積み重ねている精強な集団だ。


「助けますよね?」


「当然ですわ。さあ、みんな。あの海賊船に向かいますわよ!」


 部下たちの歓声が上がった。


 進んでいるうちに敵がこちらに気付いたようだ。

 逃げようとしている。

 船の規模で無勢を見て取ったのだろう。

 旗でこちらがケルピー水軍だと分かれば尚更だ。


 だが方向転換に手間取っている。

 先が岩礁地帯で真っすぐには進めないからだ。

 そして追い風。

 追いつける。


 距離が詰まってきた。

 敵船の船尾に繋がれた小型船がはっきり見える。

 五、六人乗りの船だが、今は無人だ。


「やるぞ!」


「腕が鳴るぜぇ!」


 普段の巡回任務で敵に遭遇することはそれほど多くはないからなのか、部下たちが(たぎ)っている。


 リスベットも(はや)る気持ちを押さえられずに、船主から舳先(へさき)へと跳び乗った。


「お嬢!」


 ヴィゴの声を背中に聞きながら、舳先の上を走る。


「待ちきれませんわ!」


 敵の船に向かって跳んだ。


 こちらの船のほうが大型で甲板の位置も高い。

 海を飛び越えて敵船の船尾に着地した。


 敵の海賊たちがあっけに取られている。


「わたくしはケルピー水軍のリスベット。聞き及びございませんこと?」


 名乗りを上げるとざわめきが起こった。


「リスベット? まさか?」


「あの海賊令嬢だ!」


 海賊令嬢の二つ名は、海賊界隈ではそれなりに知られている。


「あなた方、小型船を襲いましたわね?」


「貴族の小倅(こせがれ)が乗ってやがった。身代金をたんまりと要求するさ」


「そのような狼藉(ろうぜき)、見過ごす訳には参りませんわ!」


 軍服ジャケットの後ろ裾に手をやった。


()かせ!」


「小娘が!」


 近くにいる二人が湾曲刀(カトラス)を抜き放った。


「一人で乗り込んでくるなんて馬鹿だぜ! こいつを人質にすれば、敵の数が多くても───」


 しゃべっていた男が、湾曲刀を落として倒れた。


 鎖の先の小さな鉄の重りでこめかみを打たれたからだ。

 裾から取り出すのと同時に横から叩きつけた。

 目の小さい鎖なので軽くかさばらないが、長さはかなりある。


鎖分銅(くさりふんどう)!?」


「少し違いましてよ!」


 もう一人に分銅とは反対側を放った。


「あっ」


 鎌に引っ掛けた湾曲刀を海へと投げ捨てた。


「わたくしの得物(えもの)は、鎖鎌(くさりがま)ですわ!」


 頭上で鎖鎌を振り回しながら進んだ。


 海賊たちが慌てふためいて後退していく。


 船の中央あたりまで進んだところで鎖鎌の回転を止めた。


「この船の船長殿! 出ていらっしゃい! 船長同士の一騎打ちを所望(しょもう)しますわ!」


 船長とおぼしきフロックコート姿の巨漢が海賊たちをかき分けて出てきた。

 大斧を軽々と片手で持っている、

 顔にはいくつもの古傷があり、左目に黒い眼帯。

 修羅場を潜り抜けてきたことが一目で分かる。


「ケルピー水軍の(かしら)の娘だからと跳ね返りやがって!」


 船長が歯ぎしりをした。


「一騎打ち、受けて下さいますの?」


「いいだろう」


「そう来なくては」


 思わずニヤリとした。


「わたくしが勝ったら、全員投降して下さいませ」


「お前こそ自分が負けたときは、部下に引き上げろと遺言を残しておけ」


 こちらの船が接舷している。

 渡された板から部下たちが乗り込んできた。


「お嬢! 無事ですかい!?」


 ヴィゴが駆け寄って来た。


「あとは俺らがやります」


「船長同士の一騎打ち。助太刀(すけだち)無用ですわ」


「まったく、いつも無茶を」


 ヴィゴはため息をつくと、部下たちと敵船の後方に移動した。


 船の前方に敵の海賊。

 後方にケルピー水軍。

 その人垣の間で、船長と距離を置いて向かい合っている。

 前後どちらからも(はや)し立てる声はひっきりなしだ。


「真っ二つにしてやる」


 船長が十字を切るように大斧を振った。


「やれるものなら」


 鎖鎌を体の横で小さく旋回させ始めた。


 船長が油断なく攻撃の隙を伺っている。

 こちらも同じだ。

 互いに距離を保ったまま円を描くように歩いた。


 攻撃の機、潮合(しおあ)い。

 それが訪れた。


「シャ!」


 鎌を放った。


「甘い!」


 船長は大斧で鎌を弾き飛ばした。

 だがその直後にバランスを崩した。

 こちらの読み通り、波で船が揺れたからだ。


「甘いのは、そちらですわ!」


 分銅を低く飛ばして片足を絡めとる。


「うおっ!」


 船長が尻もちをつくのと同時に、頭を低くした姿勢で駆け出した。


 走りながら鎖を引き寄せて鎌の柄を握る。

 船長が尻もちをついたまま大斧を向けてきた。

 構うことなく横をすり抜けて後ろへと回る。


「勝負ありですわ!」


 船長の背中側から喉元に鎌を()てがった。


「そんな、馬鹿な」


 船長が信じられないといった声を出した。


「斧を放して下さいな」


「わ、分かった」


 船長が大斧を手放して両手を上げた。


「先ほど『ケルピー水軍の頭の娘だからと跳ね返りやがって』とおっしゃいましたわね?」


「あ、いや」


「跳ね返りであることは認めますけれど、ケルピー水軍頭領の娘という立場を笠に着ている訳では無くってよ。船長を任されているのだって、こうやって武功を立てて一兵士(いちへいし)からのし上がったからですもの」


 頭領夫婦の娘だから特別扱いされていると思われたくなかった。

 だから危険な任務も率先してこなした。

 そうやって功績を上げ続けて、わずか三年で百人船の船長にまでなった。


 不意に視界の端に異変を感じた。

 敵の一人が短刀を手に忍び寄ろうとしている。


「させるか!」


 だがヴィゴに殴り飛ばされて敵の中に吹っ飛んだ。

 人垣が割れたようになっている。


「ジタバタすんな! お前らも武器を捨てろ!」


 ヴィゴが声を張り上げると、敵は諦めて武器を捨てた。


 部下たちが物足りなさそうに海賊たちを縄で縛り始めている。


「ありがとう。ヴィゴ」


 渋い顔をしているヴィゴに近づいた。


「いい加減、突出して一騎打ちを仕掛けるのはやめて下せえよ。肝が冷えまさあ」


「ごめんなさい。つい血が騒いでしまうの」


「だけど、もう半分は犠牲を少なくするためですよね? 混戦になれば、味方にも敵にも死人が出るのは避けられねえですから」


 無言で微笑みながら、鎖鎌をジャケットの裾にしまった。


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