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第14話 激戦


 リスベットは船の中腹あたりを見つめていた。


 沈みかけた夕日に照らされて九人の影が長く伸びている。


 剣を構えた八人の部下が遠巻きにトルモッドを取り囲んでいる状態だ。


 トルモッドは細剣(レイピア)の切っ先を下に向けているものの、油断なく周囲の様子を窺っている。


 ちらりとリスベットの方を見た気がした。


「お嬢。トルモッドの奴は、またラーシュを人質に取ろうとするかもしれねえです。気を付けて下せえ」


「分かっているわ」


 隣のビィゴに言われてうなずいた。

 後ろの船首の端にはラーシュがいる。


 トルモッドの視線が下に向けられた。


「敵が潜んでいた! 上がってこい!」


 甲板を踏み鳴らして叫んでいる。


「お嬢はラーシュの前から動かねえで下せえ!」


 ビィゴはそう言いながら、近くに倒れているごろつきの片足を掴んだ。

 軽々と引きずりながら走って行く。

 その先、船主側の登り口から敵が顔を出した。


「おりゃあ!」


 ビィゴがごろつきを引き抜くように振り上げて、敵に叩きつけた。


「うわっ」


 ごろつきと登って来た敵の両方が下に落ちて見えなくなった。


 ビィゴが間髪を入れずに駆け出した。

 潜んでいた樽の近くに行くと、殴り倒した敵を片腕で脇に抱えた。

 樽も片手で掴んで肩に担いでいる。


 登り口に戻って来ると、抱えていた敵を投げ入れた。

 下から悲鳴が小さく聞こえた。


「船尾側からも登って来るぞ! 合流する前にトルモッドを仕留めろ! 手強いぞ! 油断するな!」


 ビィゴが両手で樽を掲げながら叫んだ。

 登って来た敵に振り下ろしている。


 視線を船の中腹に戻した。


 部下たちのトルモッドへの包囲網が狭まっている。


 一人が斬り掛かった。

 振り下ろしが(うな)りを上げる。

 だがトルモッドは長い金髪と赤いジュストコールを(ひるがえ)して平然と(かわ)した。


 もう一人が鋭い突きを繰り出した。

 それもトルモッドは安々と避けた。

 細剣は下に向けられたままだ。


 二人が同時に斬撃を放った。


「がっ」


「うぐっ」


 トルモッドは身を沈めて(かい)(くぐ)るのと同時に、二人の足を素早く突き刺した。

 動きの止まった二人の間をすり抜けていく。


 選りすぐりの部下の囲いを難なく突破されてしまった。

 しかも一合も交えることなく二人に手傷を負わせている。

 やはり相当な腕の持ちだ。


 トルモッドは軽やかにバックステップすると、船の先から二本目のマストを通り越したあたりで足を止めた。


「百人ならいざ知らず、十人程度では死にに来たようなものだぞ」


 嫌な笑みを浮かべながら細剣の血を振り払っている。

 後ろには敵の加勢が駆け付けてきた。


 部下の六人が敵へとにじり寄って行く。

 足を刺された二人は同じ場所に留まっていた。


 ちらりとビィゴを見た。

 威嚇するように樽を頭上に持ち上げて船主側の登り口を覗き込んでいる。

 ビィゴがいるかぎり敵は突破できないだろう。


 ラーシュの前を離れても今は大丈夫だと判断し、負傷した二人の部下に駆け寄った。


「二人とも大丈夫?」


「やられたのは片足だけです」


「致命傷は受けていません」


 二人とも無事な方の足に体重を乗せて立っている。


 不意に後ろからの足音に振り返った。

 ラーシュが走ってくる。


「ちょっと、ラーシュ君?」


「僕は戦力にはなれませんが、手当ぐらいなら」


 ラーシュがハンカチを取り出してしゃがみこんだ。

 一人の足の傷口を縛っている。

 さらに首のスカーフを外すと、もう一人の足に巻いた。


「悪いな」


「ありがとよ」


 二人がラーシュに礼を言った。


「ラーシュ君。二人を端まで連れて行って下さる?」


「分かりました!」


 ラーシュが一人に肩を貸して船主の方に歩き出した。


「船長、あいつらに加勢をお願いします!」


「そのつもりよ!」


 残った一人にうなずいて駆け出した。


 マストを挟んで二極の戦闘が展開されている。


 右側では部下が二人で敵を遮っている。

 数では劣っても質は段違いに上だ。

 既に三人の敵が倒れている。


 左側では四人の部下がトルモッドの猛攻に苦戦している。

 だが隊列を乱さずに防御を優先しているようだ。

 さすがのトルモッドも崩せずにいる。


 他の敵は後ろから見ているだけだ。

 トルモッドの動きが速すぎて割って入る余地がないのだろう。


 加勢を右側に絞った。


 船縁に飛び乗ると、『シュラウズ』を避けながら進んだ。

 マストを支えるために船縁から上に向かって張られている何本ものロープだ。


 シュラウズの端まで行って横渡しのロープに左足を掛けた。

 二人の部下に並ぶ形になっている。


「船長!」


「援護するわ!」


 狙いやすい位置の敵に的を絞り、分銅を上方向から叩きつけて倒した。

 次の敵。

 さらに次。

 三人が倒れると、明らかに敵が怯み始めた。


 頭上で鎖鎌を回転させながら甲板に飛び降りる。


「わたくしの鎖鎌は、良く切れますわよ!」


 鎖鎌を振り回しながら駆け出した。

 敵が逃げ惑う。


 方向転換してマストの逆側へと走った。

 四人の部下と戦っているトルモッドの背中が見えている。


「隙ありですわ!」


 回転にトルモッドを巻き込んだ───。


「はっ」


 そう思ったが、鎌は空を切った。

 トルモッドは姿勢を低くして流れるように動いている。

 二人の部下がいる、マストの反対側に。


「ぐうっ」


 部下の一人が、また足を刺された。


「この───、っ!」


 もう一人が斬り掛かったが、やはり足に突きをもらってしまった。


 追い打ちを掛けようとしているトルモッドに鎌を放った。

 細剣で弾かれたが、その間に二人の部下は辛うじて体制を立て直した。


「ちっ」


 トルモッドが倒れている手下の間を縫って船尾側に下がった。


 リスベットは負傷した部下に駆け寄った。


 他の四人が前面に出て敵を牽制してくれている。


「怪我は?」


「足だけです」


 一人が答えると、もう一人もうなずいた。


「ですが、トルモッドがこれほどまでに強いとは」


 部下が眉間に皺を寄せた。


「どうした? 掛かれ。一人でも倒した奴は、約束の三倍払ってやるぞ」


 トルモッドが手下たちに呼びかけた。

 だが尻込みしている。

 鎖鎌を振り回したことが功を奏したようだ。


「この腰抜けどもが」


 トルモッドが吐き捨てるように言った。


「奴以外は大したことはないんですが。俺らが倒した奴も、剣の柄で殴って気絶に留めるぐらい余裕がありましたし」


 リスベットが分銅で倒した三人も同じだ。

 トルモッドに金で雇われただけのごろつきなのだろう。

 腕前も士気も知れている。


 とはいえ、まだ二十人ほどいる。

 こちらは四人が負傷して、戦えるのは残り六人だ。

 いや。ビィゴは向こうにいる以上、実質五人───。


 そう思っていたが、ビィゴが向こうから走って来た。

 少し遅れてラーシュが続いている。


「お嬢。向こうの登り口は乗り降り用の板で塞ぎました。押さえは足をやられた二人に任せてこっちに来ました」


「助かるわ。ビィゴ。それにしても機転が利くわね」


「ラーシュの機転です」


 ビィゴそう言うのと、ラーシュの到着は同時だった。


「ありがとう。ラーシュ君」


「自分が造った船のことですから」


 ラーシュが少しだけはにかんだように笑った。


「こっちはどんな塩梅(あんばい)ですかい? その二人も、トルモッドに手傷を負わされたように見えましたが」


 二人が無念そうにうなずくと、水兵服の一部を切り始めた。

 そうやって作った布で止血するつもりらしい。


「お二人も足を───」


 ラーシュが手当に取り掛かった。

 ビィゴがそちらからトルモッドへと視線を移した。


「トルモッドの奴、やはり手強いですね。ケルピー水軍にいたとき、五十人船の船長をあの若さで任されていたのは伊達じゃねえ」


 トルモッドもビィゴを見ているようだ。


「ちっ。厄介な奴が来たようだな」


 元ケルピー水軍だ。ビィゴの豪勇ぶりは当然知っているだろう。


「あいつ、樽を軽々と振り回していたぜ」


「ああ。あいつがいた向こうの登り口から出るのは無理そうだったんで、諦めてこっちに回って出たんだ」


 ビィゴが来たことで敵が更に動揺している。

 数は少なくとも、こちらが優勢だろう。


「うろたえるな! 助かるにはこいつらを倒すしかないのが分からないのか!」


 トルモッドが一喝すると、敵のざわめきが消えた。


「とはいえ、無理にけしかけてこれ以上数が減るのも困る。漕ぎ手としては必要だからな」


 手下のことは駒としか見ていないようだ。

 トルモッドにとって、人とは利用する存在でしかないのだろう。


「提案がある」


 トルモッドがこらちに向かって叫んだ。


「一騎打ちで勝負を決めないか? もちろんこちらは俺がやる」


 意外な提案だった。


「受けると思うか? お前らをジリ貧にして追い詰めるのは、そんなに難しくねえぜ」


 ビィゴが鼻を鳴らした。


「断った場合、こいつらをけしかる。その隙に俺が押し入って、造船技師と足を刺して動けなくした奴らを殺す。船主側にいる奴らもな」


 ラーシュと負傷した二人の部下が身構える様子を見せた。

 トルモッドなら不可能ではないだろう。


 仲間の犠牲は出来る限り避けたい。

 だからリスベットは率先して一騎打ちを仕掛けてきた。


「いいだろう。俺がやってやる」


 受けると言おうとしたとき、ビィゴが一歩前に出た。


「それも悪くないが───」


 トルモッドの視線がこちらに注がれた。


「リスベット。お前が来たらどうだ?」


「ふざけんな! 俺がやると言っているだろう!」


 ビィゴが怒声を張り上げた。


「頭同士の方が分かり易くていい。それに元婚約者同士という因縁もあることだし」


「元、婚約者?」


 後ろからラーシュの呟きが聞こえた瞬間、胸を衝かれたようになった。

 知られたくなかった。

 ラーシュにだけは。


 トルモッドが嫌な笑みを浮かべている。

 それが一層憎らしく見えた。


「お望み通り、わたくしが受けて立ちますわ」


「お嬢!」


 ビィゴを手の合図で制して、前へと進み出る。


「お前の性格上、受けると思っていた。だが間もなく日が沈む。日没と同時に勝負を開始しよう。明りは用意しておく」


 トルモッドの言う通り、夕日が沈みかけている。


「いいわ。それまでに覚悟なさっておいて」


「お前がな」


 トルモッドが背を向けた。


「ビィゴ! みんな! 隊列を!」


 呼びかけると、ビィゴと部下の四人がリスベットの横へと並んだ。


「ラーシュ君たちは、先に下がって」


 ラーシュは戸惑いながらも、負傷した一人に肩を貸して船主側に歩き始めた。

 もう一人が片足跳びでそれを追っていく。


「わたくしたちも、一度引きますわよ」


 六人とも油断なく身構えた状態で、足並みを揃えて一歩一歩後退した。

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