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第13話 救出


 リスベットは荒くなりそうになる息を懸命に殺していた。


 見張り台に潜んでいると気付かれたら、ラーシュの喉は掻き切られてしまうかもしれない。

 

 跪いた姿勢のラーシュの喉元には、横に立つトルモッドの細剣(レイピア)が宛てがわれている。


「一艘はこの船の後ろに繋げ。他の二艘は追って来られないように燃やす。泊められていた小船もな」


 トルモッドの指示通りに、ごろつきたちが動き始めた。


 リスベット号の後ろに一艘が動かされて縄で繋がれた。

 残りの二艘と高速艇には油が撒かれて火が付けられた。


 遠くにいる船大工たちがざわめき声を上げたが、トルモッドを刺激するのを恐れてすぐに押し黙った。


 作業を終えたごろつきたちが乗り込んできた。

 油を撒くのに使っていた一人で持てる大きさの樽や、着火に使ったランプなど、小船に積んであった荷物をも運び込まれている。


 三十人ほど全員がリスベット号に乗り込むと、埠頭との間に渡してある乗り降り用の板が引き入れられた。


「すぐに岸から離れるぞ。漕ぎ手は下に移動しろ」


 ごろつきのほとんどが下の船室に降りて行った。

 甲板に残った敵は三人だけだ。

 トルモッド。

 ラーシュの肩を押さえている二人のごろつき。 


 ひとまず胸を撫で下ろした。

 見張り台や樽を調べようとはしていない。


 トルモッドはラーシュに剣を向けたままなのは、船大工たちへの牽制のためだ。

 出航すれば剣を納めるかもしれない。

 そうすれば予定通り仕掛けられる。

 しかもこちらの方が人数で上回る状態でだ。


 そういったことを考えられるくらいには落ち着いてきた。


 船が動き始めた。

 埠頭を離れて沖へと進んで行く。


 トルモッドはラーシュの喉元に細剣を宛てたまま埠頭を見つめ続けていた。

 アラッカ島をだいぶ離れるとラーシュの前に移動した。

 今度は前から剣先を突き付けている。


「どうだ。お前の造ったこの船、見事に奪ってやったぞ」


 トルモッドは勝ち誇った顔をしているに違いない。

 後ろ姿しか見えなくても、声の響きでそれは分かる。


「追手が来るようなことはないだろう。島の船はほどんど燃やした」


 トルモッドが埠頭の方角を向いた。

 黒い煙が上がっている。

 ここからでははっきりとは見えないが、高速艇やトルモッドたちが使っていた二艘の船は、まだ燃え続けているだろう。


「ケルピー水軍が来ることもありえない。リスベットたちは、ニコルでこの船が届かないことに焦っているだろうな。あるいはあの古びた戦闘艦でアラッカ島に向かっているかもしれないが、まだまだ時間が掛かることだろうよ」


 高速艇が出て行くのも戻って来るのも見落としたようだ。

 既に来ている。


「この船をケルピー水軍と敵対する海賊団に引き渡すのに、邪魔は入らないということだ。話は既につけてある。造ってくれたお前に礼を言っておこう。高値がついたからな」


 トルモッドの狙いはビィゴの読み通りだった。


「しかも船の名前はスベット号。あの憎い女を売り飛ばすような気分だ」


 トルモッドが高笑いした。


 ラーシュが剣を突き付けられているにもかかわらず立ち上がろうとした。

 だが後ろの二人に押さえつけられた。


「ふん。お前はもう用済みだ。始末してやる」


 息を呑んだが、トルモッドは剣を鞘に納めてラーシュに背を向けた。


「剣や船が血で汚れるのも面倒だ。海に捨てろ。後ろ手に縛ってあれば、すぐに溺れ死ぬだろう」


「へい」


「わかりやした」


 ごろつき二人が返事をすると、トルモッドがこちらに歩いて来た。


 見張り台のマストの下を通り過ぎていく。

 飛び掛かってやりたいところだが、ラーシュを助けることが先決だ。


 軍服の裾から鎖鎌を取り出した。

 ここからなら、ごろつきたちまでぎりぎりで届く。

 囲いから頭を出して分銅を回転させ始めた。


「おら、立て!」


 二人がラーシュを立ち上がらせた。


 その瞬間、分銅を一直線に放った。

 狙った通り右側のごろつきの額に直撃した。

 リスベットの着地と、ごろつきが崩れ落ちるのは同時だった。

 即座に分銅を引き寄せる。

 

「なんだ!? お前は!?」


 もう一人が驚きの声を上げた。


「海賊令嬢、推参ですわ! ラーシュ君から離れなさい!」


 姿勢を低くして突進した。


「くっ!」


 ごろつきがラーシュをこちらに突き飛ばしてきた。


 鎖鎌を片手に移して受け止めた。

 ぶつかった衝撃とは別の何かが体を突き抜けた気がした。

 だが、はっとしてすぐに離れた。


「ラーシュ君! 今、縄を解きますわ!」


 ラーシュが布で縛られた口でくぐもった声をあげた。

 船縁近くに逃げたごろつきに視線を向けている。

 腰から引き抜いた短刀で今にも突き掛かってきそうだ。

 その後ろには船縁に沿って置かれた樽がある。


「みんな! 出ていらっしゃい!」


 樽の蓋が跳ね飛んだ。


「なっ!? うあっ!」


 ごろつきが、樽から上半身を出したビィゴに殴り倒された。


「ふう。ようやく外の空気を吸えやしたぜ」


 ビィゴや他の部下たちが樽から這い出ようとしている。


 そこまで確認すると、急いでラーシュの後ろに回った。

 手を縛っている縄を鎌で切って口の布も解いた。

 

「リスベット様! それに他の皆さんも! どうしてここに!? 一体、何がどうなって───」


「細かい話は後ですわ」


 離れた場所に立っているトルモッドを睨んだ。 


「リスベット! こそこそと隠れていたようだな。お前らはネズミか!?」


 トルモッドが部下たちを見渡しながら言った。


「あなたに言われる筋合いはありませんわ! 闇で(うごめ)くような陰湿な振る舞いの数々。蛆虫にも劣るのではなくて? つくづく見下げ果てた男だわ!」


「減らず口を。海に放り出された恨み、忘れた日は一日としてないぞ。お前もお前の部下たちも、いずれは切り刻んでやるつもりだった。しゃしゃり出てきたことを後悔しろ! この船だけでなく、お前らの命も奪ってやる!」


 トルモッドが細剣を抜き放った。


「投降する気はなさそうですね。落とし前を付けさせるには、その方がいいか」


 ビィゴが隣に来ると、握った拳の関節をバキバキと鳴らした。


 他の部下たちも剣の鞘を払っている。


「僕も戦います!」


 ラーシュがそう言って、リスベットとビィゴを交互に見た。


「悪いが足手まといだ」


 残念ながらビィゴの言う通りだろう。


「お気持ちだけ、ありがたく頂いておきますわ」


 苦笑しながら言うと、ラーシュがやるせなさそうにうつむいた。


「恥じることはねえ。お前は造船技師なんだ」


「その通りよ。荒事はわたくしたち海賊の領分だもの。ラーシュ君は自分の仕事をしっかりと果たしてくれた。リスベット号を造ってくれて、ありがとう」


 ラーシュに向かって微笑んだ。


「でもリスベット号に乗っているのに、あまり感慨が湧いてきませんの」


「そう、ですよね。僕も役目を果たせたとは思えなくて」


「あの男に、リスベット号を奪われてしまったからですわね」


「はい。悔しいです」


 ラーシュが拳を固く握った。


「わたくしも同じ気持ち。だから取り戻して参りますわ。ラーシュ君が造って下さった、リスベット号を」


 ラーシュとうなずきあった。


「お任せするしかないのは心苦しいですが、お願い致します。どうか気をつけて」


 ラーシュが船主の端へと移動していく。 


「さあ、()(ぱじ)めますかい。お嬢。開始の音頭を」


「では。コホン」


 ビィゴに促されて、軽く咳払いをした。


「ラーシュの救出は成功! ここからは、リスベット号を取り戻すための戦いですわよ!」


「アイアイサー!」


 部下たちが、夕暮れの空に向かって剣を突き上げながら力強く応えた。

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