第11話 待ち伏せ
アラッカ島を目指して西へ向かっている。
向かい風で帆は畳んであるが、高速艇は軽快に進んで行く。
漕いでいるのは十人だ。
ビィゴ。
部下の中から選りすぐった八人。
それに案内のためのアラッカの船大工が一人。
二列になって櫂を使っている。
先頭に乗っているリスベットだけが漕いでいない。
いたたまれない気分だ。
「あの、わたくしも手伝いますわ。誰か替わって頂戴」
「必要ねえです。腕力の強ええ部下を選んでますから。だな?」
ビィゴの呼び掛けに、みんなが力強く返事をした。
「だけどあんたは無理しなくていいぜ。ニコルに来るときも漕いできたんだろ?」
ビィゴが船大工を気遣うように言った。
「俺だって力には自信があるぜ。船大工をなめてくれるなよ」
「だそうです。まあ、俺らに任せておいておくんなせえ」
「でも───」
「その方が、ラーシュの若旦那のいるアラッカ島には、早く着けますぜ。恋人として気持ちが急くのは分かりますが」
船大工の言葉を聞いて真っ赤になり、思わず立ち上がっていた。
「こ、こ、恋人って! 何をおっしゃるのよ!」
「違うんですかい? 丘の上で、仲良さそうに手ぇ繋いでたじゃねえですか。宴会をしながら、みんなで見てましたよ。なあ?」
船大工が同意を求めると、ビィゴや部下たちが気まずそうに目を逸らした。
「み、みんな見てたの!?」
「まあ、その。おい、あんた。言って良いことと悪いことが分かってねえな。お嬢の侍女のナタリーの婆さんに話したら、『絶対に余計なことを言って邪魔をするな。ドレス姿をからかったりもするな』って止められたから、みんなで気を付けていたのによ」
部下たちがコクコクとうなずいている。
「いやー、それは失礼」
「ちょ、ビィゴ! 婆やに余計なことを! 恋人だなんて、ち、違うわよ! リスベット号が完成したら、ラーシュ君から告白してもらえるかもしれないというだけで───、あ」
「いやー、若い者はいいですなあ」
船大工が感慨深そうにうなずいた。
部下たちは何も言わなかったが、視線が生暖かい。
座り込んで抱えた膝に顔を埋めた。
この三ヶ月、ラーシュのことでソワソワしていたのは多くの人にバレバレだったということになる。
恥ずかしさで死にそうだった。
「ま、人の恋路を邪魔する奴はなんとやらです。お嬢。トルモッドの野郎にはきっちりと落とし前をつけさせましょうや」
はっとして顔を上げた。
「そういえばトルモッドの狙いは何なのかしら? わたしやケルピー水軍に必ず復讐してやるとは言っていたけれど」
「狙いはリスベット号でしょう」
「リスベット号?」
「お嬢の名前が付けられたケルピー水軍の戦闘艦を奪う。そしてケルピー水軍と敵対している海賊団あたりに売り飛ばす。そうやって溜飲を下げて、没収された財産以上の金も手に入れる。そんなところじゃねえですかい?」
「そうね。きっとそうだわ」
船を買いたいと言って探りを入れていたこととも辻褄が合う。
「大型の船を動かすのには人手がいるわよね? 海賊団とつるんでアラッカ島に来ているのだとしたら、この人数だけだとさすがに手に余るわ。後から来る戦闘艦を待ったほうがいいかしら?」
ラーシュのことを思うと気持ちは逸るが、部下たちを無暗に危険にさらす訳にも行かない。
「いえ、このまま行きましょう。敵の数はそこまで多くはないはずです」
「どうしてそう思うの?」
「船を焼いたのは追って来られないようにするため。森の火事のどさくさに紛れてラーシュをさらったのは人質にするため。充分な頭数が揃っていて数で押し切れるなら、必要のないやり口です」
「なるほどね」
「多分ラーシュを人質にしてリスベット号を奪おうとするはずです。だから、それまでは生かしておくはずです」
だが、その後は───。
「やっぱり、わたくしも漕ぐのを手伝いますわ」
「お嬢の腕力は温存しといて下せえよ。トルモッドの野郎相手に鎖鎌を使うときに、支障がねえように」
リスベットを除く全員がニヤリと笑った。
「ありがとう。みんな」
礼を言って船の進行方向に向き直った。
「すまねえけど、どうかラーシュの若旦那を助けてくれ。先代を凌ぐ造船技師になるかもしれえ。そうなるのを見てえし、あの人の設計した船を造り続けてえんだ」
「あいつのことは嫌いじゃねえぜ。みんな助けたいって思ってるさ。間に合ってくれるといいんだがな」
みんなの声を背中に聞きながら、心の中でもう一度感謝した。
そして、ラーシュの無事を祈り続けた。
アラッカ島には、夕暮れの少し前に着いた。
港街の前の船は、聞いていた通りほぼ全てが無残に黒焦げになっていた。
埠頭に行くとリスベット号が泊められていた。
その甲板に三十名ほどの船大工たちの姿が見える。
トルモッドたちに奪われてはいないようだが、どうも様子がおかしい。
鍵が無くて開けられなかったはずの水門が開かれて、ドックの外にリスベット号が出されている。
高速艇から降りてリスベット号に移動した。
ラーシュが造ってくれた船に乗ったという高揚感は、今はない。
「説明してもらえるか?」
ビィゴが状況を訊ねると、船大工たちは困惑気味に説明を始めた。
数時間前に、島の子供が水門の鍵と手紙を持ってここにやってきたのだという。
手紙には、夕暮れまでに水門を開けてリスベット号を埠頭に横づけにしておくようにと書かれていたそうだ。
そして、要求に従わなければラーシュの命は無いとも。
子供の話によると、街のはずれで遊んでいたときに、見知らぬ男に声を掛けられたのだという。
そしてお菓子とともに水門の鍵と手紙を渡されて、埠頭の船大工たちに届けるよう頼まれたとのことだった。
明らかに島民ではないごろつきのような男だったらしい。
見知らぬ男は森の方に去って行ったそうだ。
そしてその話を聞いているときに、森から様子を窺っている男がいたのだという。
ラーシュの身を案じた船大工たちは、手紙に書かれていた通り鍵で水門を開けると、ドックからリスベット号を出して埠頭に隣接する形で停泊させた。
それからここで待機しているそうだ。
「やっぱりラーシュ君は、さらわれてしまっていたのね」
リスベットは唇を噛んだ。
「トルモッドが森の中で拉致したんでしょう。雇ったごろつきたちと一緒に。子供に接触してきたのもそのうちの一人のはずです。全員で森に潜伏しているんでしょう。奴らはラーシュを人質にして、リスベット号を奪って逃げる機会をうかがっているはずです」
ビィゴが周囲の森に視線を這わせた。
「見られているかな?」
「いや。今は大丈夫だと思う。様子を窺っていた男はすぐに森の奥に消えたんだが、その後でここから近い範囲はだいぶ調べてみたんだ。だが誰も見つからなかった」
船大工の一人が言った。
「よし。俺らが来たと気付かれてないなら、ラーシュを取り戻すチャンスはある。もうすぐ手紙に書かれていた夕暮れだ。急ぎましょう」
「どうするの?」
「船の隠れていて、出航したときに仕掛けやしょう。離陸すれば油断するはずです」
「いい考えだと思うけれど、下の船室は漕ぎ手が配置されるから無理よね?」
「はい。見張り台に一人。あとは樽の中へ」
「ではわたくしが見張り台に隠れますわ」
船大工たちにも手伝ってもらい、甲板に乗せてある樽の水を海に捨てた。
ビィゴと他の八人が樽の中に入ると、蓋を被せてもくれた。
リスベットはそれを見届けると、先頭のマストの梯子を登った。
今は帆は畳まれており、横棒に括り付けられている。
その上にある見張り台には円形の囲いがあり、しゃがめば全身が隠れる。
中に入って甲板を見下ろした。
三十ほどの船大工にはそのまま留まってもらっている。
そして部下たちが入った樽が船縁に沿って方々に置かれているのが見える。
トルモッドたちを待ち伏せする準備は整った。
必ず、ラーシュを助け出してみせる。




