第10話 忍び寄る魔の手
リスベットたちが桟橋に着いたとき、高速艇から降りた十人があたりを見回していた。
アラッカ島の船大工たちだ。
「皆様!」
「あ、リスベット様に、ケルピー水軍のみなさん」
「どうしてリスベット号ではなく、高速艇でいらっしゃいましたの?」
「申し訳ありません。実は───」
大工たちの話によると、アラッカ島では異変があったらしい。
今日の明け方の少し前に、島の船着き場から火の手が上がり始めたのだという。
泊めてあったほとんどの船が燃やされてしまったそうだ。
さらに、朝になって島の森でも火事が起こった。
主産業であるアラッカ島の主産業は材木業であり、船が焼かれる以上の一大事だ。
領主であるラーシュの父の指揮で、島民はほぼ総出で消火に取り掛かった。
リスベット号を届けるはずだったラーシュや船大工たちも同じだ。
みんなの必死の消火活動で、火事はなんとか正午ごろに収まったとのことだった。
「大変でしたわね。しかもそれは、明らかに放火───」
「はい。船にも森にも、油が撒かれた形跡がありました」
「リスベット号も燃やされてしまいましたの?」
「いえ。大丈夫です。船着き場ではなく埠頭に泊めてありましたから。埠頭には夜の間も見張りを置くようにしていましたし。今日の火事のときもです」
「以前から、造った船には見張りを付けて?」
「いえ。平和な島なので、これまではドックの水門を閉じて鍵を掛けるだけにしていたのですが、少しおかしなことがあったので」
「おかしなこと?」
「少し前に島を訪れてきた人がいて、リスベット号を買いたいと言ったんです。若旦那はもちろん断りました。それでもその人は、執拗に船のことを訊ねていて」
「どんなことを?」
「動かすのに必要な人数とか、買い手に引き渡すのはいつ頃かとか。その人の様子が、船を買いたがっているというよりは、探りを入れるのが目的だと若旦那には思えたそうで。自分も居合わせたのですが、言われてみるとそんな印象でした」
「それを怪しんで見張りを置くように?」
「はい。若旦那から、夜の間も俺ら船大工で当番を決めて見張りをしてくれと頼まれて、その通りにしていました。精魂込めて作った船を無事お届けしたかったので、それなりの人数で。ああ。水門の鍵は、ラーシュの若旦那が肌身離さず持つと言っていました」
「なるほど。ラーシュ君は火事の後処理でアラッカ島に残っておられますの?」
「いえ、それが。気付いたら、ラーシュの若旦那はいなくなってしまっていたんです」
「いなくなったですって!?」
「はい。若旦那も森に赴いて、火の回りを防ぐために木を切り倒す指示を出したりされていたんですが、いつの間にか。火事が収まった時にいなくなったことに気付きました」
その後も埠頭にもエルスタード家の屋敷にも戻っては来なかったそうだ。
ラーシュの両親も心配しているらしい。
そしてリスベット号を泊めてあるドッグの水門の鍵は、やはりラーシュが持っているらしく見当たらなかったそうだ。
逆に高速艇の水門の鍵は屋敷に置いてあったので大工たちが借りのだという。
「若旦那がいない今、水門を開けられないのでリスベット号は動かせません。だから届けることもできず。そういうわけで、高速艇で知らせに来た次第でして」
礼を言うべきなのに上手く言葉が出てこなかった。
ラーシュのことが心配で仕方がない。
「大変な中、ありがとよ」
ビィゴが代わりに礼を言ってくれた。
「アラッカ島からはニコルまで真っすぐ来たのか? 北岸のどこかの領主に手助けを求めたりは?」
「いえ。領内で起こった問題は、基本的に領内で解決するのが原則ですから」
「だな。王都まで行って訴えれば別かもしれないが、ニコルより遠いし、すぐに動いてもくれんだろう」
「はい」
「もう一つ教えてくれ。リスベット号を買うふりをして探りを入れていた奴のことを」
「名前は───」
名前に聞き覚えは無かった。
「どんな奴だった?」
「二十代半ばぐらいの若い男でした。背は高くて、男ぶりのいい長い金髪の」
思い当たる人物がいる。
元婚約者にして、ケルピー水軍から永久追放された男。
「まさか、トルモッド!?」
「放火というやり口といい、まず間違いねえでしょう。また名前も変えたようですが」
ビィゴがうなずいている。
「ラーシュ君がいなくなってしまったのも、トルモッドの仕業?」
「無関係とは考えにくいです。あの野郎」
とてつもない不安が体を包んでいる。
じっとしていられない。
「皆様。申し訳ないけれど、高速艇を貸してくださらない?」
「え? 構いませんが、何のために?」
「一刻も早くアラッカ島に行くために。この船は最速ですもの」
「お嬢、行きやしょう! これに乗れるのは十人ってとこか。選りすぐりの兵隊をすぐに見繕いますぜ」
「お願い。ビィゴ。準備をしてくるから」
ドレスの裾を持ち上げて屋敷へと走った。
「お嬢様?」
「婆や。せっかく着付けを手伝ってくれたのに、このドレスの出番は、今日は無いみたい」
ドレスを脱ぎ捨てると、素早く軍服に身を包んだ。
「三つ編みにして頂戴」
ナタリーが手早く三つ編みにしてくれた。
「ありがとう。アラッカ島に行くから」
頭に黒い三角帽子を被ると、軍服の裾に鎖鎌を忍ばせた。




