田舎令嬢、後始末がなされたことを知る。
命を狙われてから二日が過ぎた。ロランによって警邏隊の詰め所へと送られた私は夜明けまで一眠りした後、事情聴取を受ける。それも昼前には終わったので学園に行こうと思えば行けた。けれど、ロランから一日は休めと忠告されたのでその日は学園を休んだ。
詰め所の客室でもう一晩過ごした翌朝、私はダケール侯爵家のお屋敷へと戻る。お屋敷の中は一見するといつも通りに見えたけれど雰囲気は違った。ご当主様のご家族が緊張していて、それが下にも伝わっているらしい。
私はすぐさま家政婦のカロルさんに呼び出された。警邏隊と同じく何があったのかを問われたので説明する。もちろん毒薬の小瓶関連については伏せた。そうすると要領を得ない説明になってしまうけど、純粋に私側から見たときはそうとしか答えられないのでそのまま押し通す。あまり納得はしてもらえなかったけれど。
仕事はとりあえず任された。ただし、いつも通りではなく、原則お屋敷の外ばかり。私の姿をご当主様のご家族に間違っても見せるわけにはいかないらしい。なので、敷地の外でできる洗濯、掃除、倉庫番が新たな私の主な仕事になった。
仕事に復帰して数日後のとある日、私は仕事を終えて調理場へと向かった。いつも通り夕食をもらってその場で食べる。この日は後からコレットがやって来て隣の席に座った。
挨拶を受けた私はコレットに話しかける。
「コレット、お屋敷の中ってまだ張り詰めた感じなの?」
「日増しにきつくなる感じかしら。良くない雰囲気ね」
「原因はやっぱり?」
「オルガ様関係なのは間違いないわよ。ピエレット様が捕まっちゃったものね。精神的に結構参っているって部屋付きをやってるロザリーから聞いたわ。マルセル殿下の婚約者選びがいよいよ大詰めってときにあれだもんね」
「そのピエレット様はどうしていらっしゃるの?」
「事件があってから誰も姿を見ていないそうよ。どんな状態なのかもさっぱり。どうしてあんたにいきなり斬りかかったのかしらねぇ」
軽く首を横に振ったコレットはスープにひたした硬いパンを口にした。
当時を振り返って見ても、私を襲ったときから精神的にかなり参っていたんじゃないかと思う。ピエレット様からするとオルガ様に問題を解決するよう急かされ、四六時中私を見張るせいで寝不足になり、何日も成果がなく過ぎていったのだから。
殺されかけた私は同情しないけれども、同じ立場に立ったら潰れていたかもしれない。
そんなことを考えていると、コレットが顔を近づけて小声で囁いてくる。
「それで、例の件はどうなっているのよ?」
「一応話は持っていったわよ。恩人の一人だから構わないって言ってもらえたから、たぶんいけるんじゃないかな」
「ホント? やった!」
満面の笑みを浮かべたコレットがおいしそうにスープを飲んだ。全身で喜びを表すようになる。コレットが協力してくれなかったら焼き菓子をすり替えられなかったんだから、相手方もこのくらいは受け入れてくれて当然だと思う。
翌朝、私は起きるといつもどおり学園に登校する準備をした。とは言ってもやることはあんまりない。仕事着から普段着のドレスに着替えて、朝食を食べたらほぼ終わり。
やることもなくなった私はお屋敷を出ようとした。すると、家政婦のカロルさんに玄関ホールへ呼び出される。
「シルヴィ、こちらへ来なさい。今からあなたに重要な話をします」
「はい、何でしょうか?」
「今を持ってあなたを解雇します」
無表情なカロルさんの言葉を私は落ち着いて聞いた。特に驚きはない。たぶんこうなるだろうなとは予想していた。少し間を置いてから口を開く。
「理由は教えてもらえますか」
「あなたは屋敷の秩序を大きく乱したからです」
「殺されかけたのは私の方なのに?」
「ご当主様のご判断です。私には是非もありません」
一応私は形だけ抗議してみたけれど、カロルさんに形式的な返答をされただけだった。
使用人の部屋に戻って私物を持って出ていくように命じられた私は踵を返す。荷物とはいってもほとんどないからまとめるのに時間はかからない。
こうして私は王都での仕事場を三ヵ月もしないうちに去ることになった。
さて困ったことになった。生活費を稼ぐ手段をなくしてしまった私は次の仕事を得ないといけない。しかも、蓄えはあまりないから急ぐ必要がある。
春先や夏前それに年末になると、どこの屋敷からも募集がかかるから仕事先にはあまり困らない。今は夏休み二週間前だからちょうどこの大量募集の頃合いになる。特に条件を付けないのならば仕事先はいくらでもあるでしょう。今夏は実家に帰省できなくなるけど。
なので、急ぐ必要はあるけれど焦る必要はない。とりあえず今日くらいはのんびり学園に登校して講義を受けることはできる。
手荷物を持って正門を通り過ぎた私はそのまま刺繍堂へと向かった。大休館の裏手にはもう行っていない。私は日常を取り戻しつつあるのよ。
講義室に入ると室内を見渡す。誰も私に注目する人はいない。いえ、一人だけいたわ。アンナが小さく手を振ってくる。
「おはよう、シルヴィ。その荷物はどうしたの?」
「今朝、住み込み先のお屋敷を解雇されたのよ」
「ええ!?」
荷物を床に置いて席に座った私が説明をした。大きく目を見開くアンナの顔がちょっと面白い。
当然詳しい話を求められたから私は話せることは話した。警邏隊の詰め所から解放された初日に登校したときに事件のあらましは伝えていたけれど、今度は解雇の経緯を根掘り葉掘り尋ねられる。
「はぁ、シルヴィは大変ねぇ。理不尽極まりないわ」
「そう言ってもらえて嬉しいわ。ただ、ちょっと居づらかったから辞められてすっきりとしたっていうのはあるから、そこまで胸の内に抱え込んでいるわけじゃないけれど」
「それで、仕事先はもう決まったの?」
「まだよ。急がないといけないのは確かなんだけれども、できれば紹介状がほしいから」
「あー、あれのあるなしじゃ全然違うらしいわね」
この時期、選ばなければ仕事先はいくらでもあるのは確かだけれども、紹介状の有無で待遇や扱いは大きく変わる。まったく同じお屋敷で雇われるとしてもね。
お父様の親戚の伝手はもう使えない。ダケール侯爵家のお屋敷で迷惑をかけてしまったから。なので、より良い条件で働くには他の人に紹介状を書いてもらわないといけない。
幸い、今の私にはその紹介状を書いてもらえる人がいる。頼めば確実に書いてくれるでしょうし、仕事先での好待遇も望めるのは確か。問題があるとすれば、私に心理的抵抗があるから頼りづらいくらい。贅沢を言っている余裕なんてないのはそうなんだけれども。
この辺りの話になると都合が悪い私は話題を変えることにした。何か適当な話はないかと考えてひとつ思い付く。
「そういえば、マルセル殿下の婚約者選びはどうなっているのかしらね?」
「あれ、シルヴィは知らないの? 昨日、ダケール侯爵家のオルガ様が婚約者候補を辞退されたらしいって聞いたのよ」
「ええ!?」
初耳だった私はアンナを見つめた。確かロランがどうにかすると話していたけれど、本当にどうにかしちゃったんだ。
警邏隊の詰め所で別れて以来ロランとは会っていないけれども、もしかしたらこの件で忙しかったのかもしれない。今は個人的な事情で都合が良いと思っていたけれど、会えないと重要なことも教えてもらえなくなるということに改めて気付いた。
そんな驚いたままの私にアンナが更にしゃべる。
「最初は単なる噂かなって思ったんだけれど、オルガ様のグループの人たちがみんな意気消沈していたのよね。だから、どうも本当のことみたいなの」
「そんな話、どこから漏れたのかしらね」
「さぁね。みんなおしゃべり好きだから、黙っていられなかったんじゃない?」
「下手なことはできないわね」
「本当にそう。でも、辞退した理由は全然伝わってこないのよね」
不思議そうに首を傾げるアンナを私は微妙な表情で眺めた。噂で流れてこないということは、そこだけは口止めされていることになる。本当に誰かが偶然漏らしたというよりも、誰かが部分的にこの話を広めたのかもしれない。
「シルヴィ、お屋敷でのオルガ様のご様子はどうだったか知っている?」
「精神的にはかなり参っていらっしゃるとは聞いたことがあるわね。ただ、私は部屋付きの使用人じゃないから直接は見ていないけれど」
「学園では普段通りだって聞いていたんだけれど、やっぱりきついわよね」
したり顔でうなずくアンナを見た私は自分も大して変わらないなと思った。確かにこの件には私も関わっていたけれど、結局本当の事情というものは知らないのだから。
それよりも自分の今後を考えないとね。




