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田舎令嬢、陰謀を阻止する。  作者: 佐々木尽左
第3章 陰謀編

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田舎令嬢、陰謀に細工をする。

 大休館の裏でロランと別れた後、私は光華館の一階を目指した。侯爵家の子弟子女は生徒寮の一階に広い部屋が与えられる。オルガ様も同様で、私の目指す先はそこだった。


 室内にはお茶会に参加する派閥の子女が集まっている。各々隣人とおしゃべりに興じていたのが、私を見るなり冷たい視線を向けてきた。本来この派閥に入る条件を満たしていないものね、私。


 そんな冷たい歓迎も今だけは喜ばしいので無視をした。お母様に教わったように、背筋を伸ばし、ゆったりと進み、そして椅子に腰掛けた淑女へ優雅に一礼する。


「オルガ様、シルヴィ・アベラールが参りました」


「よろしい。これで全員が揃いましたわね。結構なことです」


 赤色の派手なドレスを着たオルガ様が機嫌良く笑いかけてこられました。今までは不機嫌な顔やお怒りになった顔ばかりを見ていましたのでとても新鮮ね。


 いつの間にか室内が静かになる中、オルガ様が隣に控えるピエレット様へと目配せなさいました。すると、ピエレット様が私の前まで進み出られます。


「シルヴィ、これが本日イレーヌ様にお渡しする焼き菓子だ。オルガ様たちの挨拶が終わった後にお渡ししろ」


 手渡されたのは上品な小さめの袋でした。昨晩の調理場の道具の汚れ具合からするとかなり少ないですけど、イレーヌ様にのみお渡しするために量を減らしたわけね。


 手にした袋を少し眺めた後、私はオルガ様へと顔を向ける。


「これを、イレーヌ様に直接お渡しすればよろしいわけですか? お手を煩わせないためにも、毒味役の方にお渡しした方が」


「いいえ、あなたが何としてもイレーヌ様に直接お渡しなさい。従姉妹同士なのでしょう? 疑われることなどないはずです」


 笑みを崩さないオルガ様が私に圧をかけてこられた。そんなことは普通許されるはずはないんだけれど、そこを従姉妹という関係で乗り越えろというわけですか。人の血縁関係をなんだと思っているのかしら。


 本当にオルガ様の思い通りにいくかはともかく、私がとりあえずこの場を乗り切る必要があった。


 さて、いよいよ作戦の前半も大詰めね。


 イレーヌ様とのお茶会までそろそろという時間に私は悩ましげな表情になる。


「オルガ様、大変申し訳ないのですが、ひとつお願いをしてもよろしいでしょうか」


「言ってごらんなさい」


「あの、恥ずかしいことなんですが、少しばかりお花を摘みに行ってもよろしいでしょうか? 今回のような大きなお茶会は何分初めてで、とても緊張しているんです」


 何か口にしようとしたオルガ様がそのままため息をつかれました。それから少し間を置いてから周囲に忍び笑いが広がります。


 耳にした小声はどれも私を嘲笑するものばかりで、遠慮のない子女はわざと聞こえるように田舎者だと馬鹿にしてきました。まとめて実家の森に放り込んで動物達と戯れさせてやりたくなりますがここは我慢です。


 呆れた様子のオルガ様ですがお怒りにはなられませんでした。むしろ仕方がないといった様子で返答してくださいます。


「使用人の部屋がそちらにありますので、そこで済ませなさい」


「ありがとうございます。それでは少々失礼をば」


 優雅に一礼した私は踵を返すと使用人の部屋へと足を向けた。


 今のところ私の計画は順調ね。誰にも疑われていない。オルガ様は恐らく私が土壇場で逃げることだけを警戒しているはずだから、この様子ならうまくいくはず。


 周囲の子女たちに(さげす)まれながら私は壁際に立つ四人の使用人の脇を通り過ぎ、使用人の部屋へと入った。


 貴人の部屋には必ずある使用人の部屋は基本的にどこも作りはあまり変わらない。簡素な調度品があるのみで狭いのが普通ね。オルガ様のお部屋の使用人の部屋も標準的なもので見たことがあるような室内に安心感すら覚えた。


 そして、室内には使用人が一人いる。部屋付き使用人を臨時でしたときに私が裏で控えていたように。


 私はその使用人を小声で呼ぶ。


「コレット」


「こっちは予定通りよ。お屋敷から来たのはあたし一人だけ。ここの部屋付き使用人は全員表に出ているわ」


「ありがとう。後はこっちの作業だけね」


 手にした毒入り焼き菓子の入った袋を小さいテーブルの上に置くと、私はスカートの裏から隠していた袋を二つ取り出した。まずは空の袋から口を開ける。


「何てところに隠してんのよ、あんた」


「他に場所がなかったのよ。窓を開けておいて」


「はいはい」


 しゃべりながらも私は作業を続けた。毒入り焼き菓子の袋の口を開けて中身を空の袋へと移す。裏返して小さい屑もきれいにはたき落とすと元に戻した。


 作業をしていると窓を開け終わったコレットが興奮気味に小声で話しかけてくる。


「ちょっと、窓の外にすっごいかっこいいお貴族様がいらっしゃるじゃないの!」


「まぁ、そういう人もいるかもしれないわね」


「あんたの知り合いなの?」


「そうよ。あんたと同じ協力者なんだから」


「いいなぁ。今度紹介してよ」


「貴族の妾になる気なの?」


「だったら、平民の男でいいのがいたら紹介してよ」


「頑張ってみるわ」


 思わぬことではしゃがれて少し困惑しつつも、私は自作の焼き菓子の入った袋の口を開けてピエレット様から渡された袋に中身を移した。後は口を縛って完成ね。


 残った空の袋と毒入り焼き菓子が入った袋を手に持って窓に近づく。外を見ると窓の横の壁にも垂れかけていたロランが小さく手を振ってきた。


 私は手にしていた袋二つを突き出す。


「はいこれ。片方に毒入り焼き菓子が入っているから。食べちゃ駄目よ」


「シルヴィの手作りじゃないのに食うもんか。今度俺のために作ってくれよ」


「時間があったらね。それに、あんまりおいしくないかもしれないわよ?」


「お前が作ってくれるんだったら何だっていいさ」


「それじゃ、早く行って」


「後は任せた。頑張れよ」


 最後に声援を送ってくれたロランが立ち去るのを最後まで見送らずに私は顔を引っ込めた。それから振り向くと、にやにやと笑うコレットが顔を近づけてくる。


「仲がいいんだ」


「そんなことないわよ。普通よ、普通」


「普通の関係で男はあんなこと言うかなぁ?」


「その話は後にして。今は『仕事中』なんだから」


「後でね。それと、例の件、忘れないでよ。期待しているんだから」


「わかっているって」


 すべての作業を終えた私は身なりを確認すると焼き菓子の入った袋を手にした。


 いよいよ作戦は後半へと入る。イレーヌ様の毒殺を回避するという目的は既に達成しているけれど、私が毒入り焼き菓子をすり替えていないとオルガ様たちに思い込ませないといけない。例え疑われたとしても、今はまだ確信を持たれるわけにはいかない。せめて隠した小瓶を敷地の外に持ち出すまでは時間稼ぎをする必要がある。そのためには、今この手にある焼き菓子をイレーヌ様に食べていただかないといけない。


 使用人の部屋からオルガ様のお部屋へと戻ると、集まっていらっしゃる方々の視線が私に向けられてきた。冷たいものや見下したものや蔑んだものなど様々な負の感情を感じる。


 その中を進んだ私はオルガ様の前に立った。一礼をするとお礼を述べる。


「オルガ様、ありがとうございます」


「これで用意が整いましたね。それでは皆さん、そろそろ参りましょうか」


 言い終えるたオルガ様が椅子からお立ちになった。そのまままっすぐ歩かれると周囲の子女もそれに倣う。


 半分ほどの方々が部屋を出るまで私はその場で待った。私のような者は最後尾を歩かないと色々と嫌味や小言を言われてしまう。今少しだけはできるだけ静かにしておかないといけない。


 そのときが来たので私も歩き始めた。彫像のように壁際に立つ使用人四人の脇に使用人の部屋の入口がある。そこへと目をちらりと向けるとコレットが小さく手を振っているのが見えた。小さくうなずくことで返事をする。


 廊下に出て光華館の出口へと足を向けた。前にはオルガ様の派閥の子女が小声でおしゃべりをしながら歩いている。その様子は楽しそうに見えた。お茶会なんだから当然なんだけれど、これからぎすぎすしたお茶会に向かうというのに随分と神経が太いなと思った。


 光華館を出ると北側に庭園が広がっている。そちらには既に何人もの子女が待ち構えていた。その中心にはイレーヌ様の姿が見える。ついに会場へとやって来た。


 オルガ様の一団がイレーヌ様の一団に近づくにつれて肌がひりつく感じがする。たぶん気のせいじゃない。両者共に相手を見る目が冷え切っている。どうしてここまでしてお茶会を開こうとするのかが私にはわからなかった。


 私は一団の隅の方で立ち止まる。本当はもっとオルガ様の近くにいるべきなんだろうけど、この中にはとても入っていけない。


 静かに深呼吸をして私はそのときを待った。

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