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第四話 未来の夫との出会い


 ◆



 そんな生活がしばらくの期間続いた後。

 相変わらず痩せ細ってはいるが、一向に死にそうにないコーデリアに業を煮やした……いや、このままでは彼女が成人し、悪事が世に知られてしまうと焦ったのだろう。両親は別の作戦を考え出した。


「ベルトラン公爵家との……婚姻ですか?」


 本邸に呼び出され、久しぶりに父親と顔を合わせたコーデリアにもたらされたのは公爵家嫡男、ヴィクトールとの縁談だった。


「ああ、早急に支度をしろ。先方は婚約期間からお前が公爵邸に滞在することを望んでいる。何せお前はマナーもなっていないからな。公爵夫人に躾けてもらえ」

「待ってください! 私がこの家を出たら、デヴォン伯爵家は誰が継ぐのですか!?」

「それはどうとでもなる。お前が気にすることではない」

「……!」


 コーデリアの反論は封じられた。彼女が虐げられていたという背景を考慮に入れなければ、父の言っていることは正論だからだ。

 特例を除き、第一子がその家督を必ず継ぐと定められた法の「特例」はいくつかある。そのひとつが「第一子が更に大きな責任を負い、家督を継ぐのが困難と認められた場合」である。


 コーデリアが公爵家嫡男と結婚し、未来の公爵夫人予定となればデヴォン伯爵を継いで伯爵領の領地経営を兼ねるのは難しくなる。この場合は第二子が継ぐのが通例になるが、スザンヌは(少なくとも表向きは)義母の連れ子だ。おそらくはどこかの貴族から養子を迎え入れて伯爵位を継がせることになるだろう。もしかしたら養子とスザンヌと結婚させるつもりなのかもしれない。


「……承知いたしました」


 コーデリアは頭を下げ、この縁談を受け入れた。旨すぎる話にこれが両親の罠かもしれないとは思ったが、断れる立場ではないし、何よりこの家から出られればもう少し自由の身になれるのではないかという希望があったから。



 ◆



 流石に、コーデリアが虐げられていた証拠を残すほど、両親も馬鹿ではないらしい。

 話がまとまった数日後にはコーデリアはベルトラン公爵領に向けて出発することになったが、その数日間はまともな扱いを受けたのだ。

 本邸の部屋で豪華な食事を提供され、使用人はコーデリアの世話をこまめにし、湯あみや化粧などで磨き上げられ、今までは一人で身に着けることができなかったドレスもきちんと着付けられた。


 出発の際には、取り上げられていた母親の形見の宝石類も返却され、公爵家への嫁入り道具として持たされた。これでは「実家で酷い目に遭っていた」と婚家で訴えたとて、誰も信用しないに違いない。


「では、行って参ります」

「ああ、これからは公爵家がお前の家だ。帰る家は無いと思って、誠心誠意向こうに尽くすのだぞ」

「……はい」


 出発の日。別れの挨拶をしたコーデリアはデヴォン伯爵の言葉に内心呆れつつも、素直に頷いた。


(私だってこんな家、もう帰ってきたくは無いわ……)


 父の後ろでは義母と義妹がニヤニヤと嫌な笑みを見せている。

 コーデリアは伯爵家の馬車に一人で乗り込んだ。なんと、今回メイドは誰もついてこないと言う。伯爵令嬢が嫁入りするというのに自分の使用人を一人も連れて行かないというのはかなり異様である。


(先方に、風変わりな女だと思われないかしら……)


 しかし、コーデリアを侮っているメイドを連れていくわけにもいかない。婚家で自分の使用人が妙な真似でもすれば、その恥と責任は主人であるコーデリアに全て降りかかるのだから。彼女は現状を受け入れ、供を連れずに公爵家へ向かうことにした。



 ◆



 出発の数日後、馬車は無事に公爵家へ到着した。


「ベルトラン公爵様、公爵夫人、お初にお目にかかります。コーデリア・デヴォンでございます」

「ふぅん、貴女がね……」


 ベルトラン公爵夫人は眩しいほどに美しい人だった。だが、その目を細めてコーデリアをじろじろと品定めする様子にはよくないものを感じる。この人には義母と同じ匂いがする、とコーデリアの直感が頭の中に警鐘を鳴らしたが、勿論それを表には出さず、にこやかに返事をした。


「はい、不束者(ふつつかもの)ですがどうぞよろしくお願い致します」

「ああ、自分の家のように過ごしておくれ。私たちのことも父と母と呼んでくれていいんだよ……」


 公爵は良く言えば優しそうな、悪く言えば押しの弱そうな男性だった。その公爵の言葉をぴしゃりとはねつける様に夫人が言う。


「そうは言っても、今までのように好き勝手にできるとは思わないことね。明日からここのルールをきっちり覚えてもらうわ」

「はい、よろしくお願いいたします。……あのお義母様」

「なぁに?」

「ヴィクトール様は、今どちらに?」

「案内させるわ。エバ」

「はい」


 公爵夫人の呼びかけに、すっと現れた中年のメイド。彼女は態度こそ丁寧だが冷たい目つきでコーデリアを見る。


「コーデリア様、こちらへどうぞ」

「はい。ではお義父様、お義母様、失礼いたします」


 コーデリアはサロンを出るとエバをはじめとした数人のメイドに付き添われて屋敷の中を進む。メイドたちからもじろじろと見張られているかのような視線を送られ、彼女は居心地の悪い思いをした。


(……もしや、私の悪名がこちらの家まで届いているのかしら? でもそれなら公爵家との縁談がまとまるわけがないし……)


 悩んでいるうちにエバが一つの部屋の前で「こちらです」と言った。

 しっかりとした豪華な扉を開け、更に豪華な調度品が設えてある部屋に入ると、エバが続き部屋の扉をノックする。


「坊ちゃま、失礼いたします。コーデリア様をお連れいたしました」

「……」


 中から許可の返事は聞こえない。だがエバは構わず扉を開けた。

 中は寝室で、やはり豪奢な寝台と調度品に囲まれていた。その寝台に横たわる一人の男性が、ゆっくりとこちらに顔を向ける。

 公爵と同じ髪色と瞳の色を持つヴィクトールは、痩せ細ったコーデリアよりも更に痩せ細り、やつれて顔色は青白く骸骨のようだった。


「ああ……きみが、コーデリア嬢か……」


 切れ切れに、やっとそう言うとヴィクトールはゴホゴホと咳き込む。


「坊ちゃま!」


 今まで氷のような冷ややかさを持っていたエバが一転、火がついたかのように寝台に駆け寄ると、横になったヴィクトールの背中をさする。その目には心配といたわりとが見て取れた。


 ヴィクトールのあまりの痛ましい様子に、普通の令嬢なら気が遠くなるか、病気がうつることを恐れて後ずさったかもしれない。だがノーマンのもとで病人や、飢えて痩せた人間を大勢見てきたコーデリアは違った。

 すっと進み出て寝台の横にひざまずくと、公爵令息の手を取る。


「!」


 その様子にヴィクトール本人は勿論、エバや他のメイドたちも目を見張る。だがコーデリアは彼らの反応には気づかない。ヴィクトールの脈を計ることだけに集中していたからだ。


(うん、脈は弱いけど安定しているわ。でも私では何の病気かわからない。くやしいわ。もっと師匠の下で勉強を続けていたかった……)


「こ、コーデリア嬢……」

「あっ」


 ヴィクトールの困惑に満ちた声を間近で耳にし、彼女はハッと我に返った。今の彼女は薬師修行中のコットではなく伯爵令嬢のコーデリアなのだ。いくら相手が婚約者とはいえ、いきなり初対面の男性の手を握るなど……かなりはしたない真似をしてしまった!


「も、申し訳ございません! 心配でつい……」


 慌てて手を引っ込めようとするが、その手にヴィクトールの指が弱々しくも絡む。


「君さえ、嫌じゃなければ……このままで」

「え……」


 コーデリアの頬が僅かに朱に染まったが、すぐにそれは消え去った。ヴィクトールの表情に真剣なものを……死を覚悟した人間の、それでも生きることを諦められない渇望のようなものを感じたからだ。

 改めて彼の手を両手で包むように握り直し、勇気づける言葉をかけた。


「ヴィクトール様、貴方様の婚約者となりましたコーデリアと申します。早く元気になってくださいね」

「ああ、そうだな……元気になって、もっと君と話がしたい……」

「はい。私も同じ気持ちです」


 彼女の言葉を聞いて、ヴィクトールは力無く微笑んだ。そしてそのままゆっくりと目を瞑ってしまう。

 やがて小さな寝息が聞こえてくると、コーデリアはそっと手を離し、寝室を出る。エバたちに自室に案内された後もしばらく彼女の心は婚約者の真剣な表情で占められていた。


(なんてお気の毒な方なの……)



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