17 旅支度
モノがアトレを枕でノックアウトした翌朝。まだ朝早いともいえる時間、二人は意外にもすっきりと目を覚ました。アトレは手早く穴だらけの鎧を装着して外に出る準備を整えると、モノにぐいと押されて部屋の外で身支度を待つ。「女の身支度は長いものなんですよ」というモノに対し迂闊な発言をしかけたアトレだったが、それを察して半目で睨むモノに対しては何も言えなかった。
そうして部屋を出、閉じられた扉の前で数分。モノはようやく支度を終えてアトレの前に姿を見せた。
「お待たせしましたー」
出て来たモノは屋敷で借りた女物の服のままだった。さっさと屋敷を去ったのだから、自分の寝間着は屋敷の洗濯に巻き込まれているのだった。テラウが数年前まで着ていたそれを着るモノは、どこからどう見ても育ちの良い少女そのものだった。当然、この安宿にとても似つかわしくない。
「今日の予定はどんな感じですか?早速目指します?首都」
怪訝な表情のアトレに構わずモノはどこか機嫌が良さげであった。よく眠れたのか目的に少しでも近づいたことが嬉しいのか、上機嫌に鼻歌さえ交えている。
「いや、まずは旅支度を整える」
アトレがそういって出入口への階段に一歩向かうと、モノは横に並んでその手を所在なさげにふら付かせた。
「お買い物ですか?」
行き場のない手を後ろに組むと、首を傾げきょとんとする。その仕草はどこまでも少女的だった。テラウ程に色気はないが、可愛げは十分にある。アトレはその様子に一抹の危惧を覚えると、いくつか考えていた支度の内、モノに関するものを最優先とするのだった。
二人は宿に部屋の鍵を返して外に出ると、露店街を通り過ぎて庶民御用達と言わんばかりの商店街に顔を出した。木造の建物が立ち並び、まだ日が昇ったばかりだというのに人通りは多い。無論、穴だらけの鎧と服を着たアトレも、どう見ても庶民の服装ではないモノも、その通りでは大いに目立った。
「あそこでいいか」
アトレは通りを歩きつつ今後の旅支度に使えそうないくつかの店に目星をつけると、目的のものが売っていそうな店に向かって、モノがついてこれる速度で歩き出した。
「服屋、ですか」
「ああ。お前の身なりを整える」
「こんな立派な美少女ですよ?」
モノが店先でくるりと回ると、短いスカートが靡いて周囲の目を引く。ちらりと覗いた大腿に周囲の視線が集まったことは、再度言うまでもないことだった。
「それが問題なんだ」
さり気なくモノが美少女であると肯定したアトレだったが、実際それ自体が問題だった。テラウと並んでいたせいでアトレは今までは気付かなかったが、モノもまた年相応に少女であり、そして美少女と言える。もう数年もして色気など出そうものなら、街行く男の視線のいくらかは誘引するだろう。
「どうしてです?」
そんなことを考えていたアトレの思考に気付いていれば、やや上機嫌といったモノはとても上機嫌になっていただろう。アトレは面倒なことにならなくて済んだと内心で胸を撫で下ろすと、淡々とその理由を説明していく。
「女というだけで厄介ごとに巻き込まれる確率は大きく上がる」
「あー。確かに?」
誘拐経験者の納得には妙な重みがあった。だが、事実として旅の道行きには危険も多い。少女だというならそれは更に増えるだろう。
「で、それと服屋さんがどう繋がるんです?」
「お前は今から男だ。俺の弟とでもしておく」
「え、それって」
モノは嫌な予想に一歩身を引く。今着ているその服を気に入っているようだった。胸の前できゅっと手を合わせると、想像通りの言葉にモノの内心は凪となった。想像を上回れば嵐になったろうから、アトレはモノの察しの良さに救われたともいえる。
「この店で男物の服を見繕って買え。気に入っているところ悪いが、その服は店に処分してもらう」
モノは上機嫌だった様子を潜めると、アトレに向かい半目で睨む。その内心は複雑に絡み合い、一晩をかけても説明し切るには不十分だろう。つまるところモノは嫌なのだった。
「めーーーっちゃ嫌なんですけど」
めっちゃ嫌なのだった。声にも出してそう言うが、アトレはそれを想定済みかと言わんばかりに店の敷居を跨ぐ。モノの意見を聞く気などまったく無いようだった。
「そうか。なら俺が選ぶぼう」
などと言い、モノを置き去りにして店の奥に進む。店は布やそれを使った製品、他にも丁寧に作られた皮製品やアクセサリーなど、広い品揃えを持っていた。仕方なく店に入ったモノも、その品数に目を取られる。
「おー。すごいですね」
「ああ。ここならお前の服も見繕えるだろう」
雑多な、しかし多様な商品をぐるりと見渡して、アトレは確信する。ここならば最高の男装をさせられると。日頃淡々としているその表情がどこか少年らしく輝いている。無邪気なそれに、モノは嫌がる気持ちを主張できなかった。
「一応聞きますけど、拒否権って」
が、一応聞くだけは聞いてみる。拒否権。それは自由意志の象徴だ。
「ない。お前の安全のためだ」
自由は死んだ。そう言うアトレの目はどこか輝いていた。誰かに服を選ぶということがどこか楽しいようである。拳を胸の前で握るアトレの目は、モノから見てどこか遠くを見たものだった。そしてモノの眼光は息絶えた。
「……はあ。わかりました。その代わり、いい感じのを選んでくださいね」
「任せておけ」
肩を落として諦めをつけたモノに対し、アトレはそう言っていくつかの服を選んだ。選ばれたそれらにを一つずつ見るモノの表情はどんどん絶望の色濃いものとなっていく。少女にとってそれらを形容する言葉は、最低と最悪のどちらかしかあり得なかった。
「おにーさんに頼った私が馬鹿でした。もういいです。自分で選びますから」
不服そうに、モノはアトレから離れて服屋を一人行く。「店からは出るな」とアトレがその背に呼びかけると「はいはーい」と雑な返事を返し店を歩く。多様な商品に隠れ、すぐにモノは見えなくなってしまった。
アトレは店主の元へ行きいくつかの買い物を済ませると、店の試着室を借りて穴だらけの服をまともなものへと着替えた。着古してボロボロになったそれの処分を店主に頼むと、同じく買い求めた丈夫そうなバックパックに予備の服と下着を何枚か詰める。自分の買い物が終わると、アトレは大小二つのバックパックを背負って店内のモノを探し出した。
「ここにいたか」
「あ、おにーさん」
「何を見ていたんだ?」
「あのブラウスと帽子、かわいいなーって」
モノの視線の先には華奢なシルエットのブラウスが飾られていた。そのすぐ横にはつばの短い風船帽が下げられている。
「女物はダメだ」
「わかってますよー。あ、そうだ。これなんかどうですか?」
そう言ってモノが胸に合わせた服は、いかにも少年らしいシンプルな白い上着と深い緑のカーゴパンツだった。上着の首元に二つ付いたボタンが小さな洒落っ気だろうか。アトレにとってはモノが少年にさえ見えれば何でもよかったため、頷いてモノに許可を示す。
「いいと思う。下着もいくらか買っておけ。なるべく好きなやつを」
「んん?はい」
妙な指定に疑問を持ちつつも、モノはアトレから紙幣と荷物を入れるためのバックパックを手渡された。それらを受け取ってシンプルな女物の下着をいくつかを取って店主の元へ歩く。
「くーださーいなー」
「はいなぁ」
「品揃えよくって見入っちゃいますよー」
「それはまぁ、ありがとねぇ」
アトレはそんなやり取りを聞きつつ、飾られたそれを取ってモノの後を追う。二人が別の会計を済ませて店を出ると、アトレはぱっと見で少年となったモノに買った物を手渡した。
「あ」
「……最近は日差しも強くなってきた。被っておけ」
モノは受け取った風船帽を照れくさそうに被ると、歩き出したアトレの横に並んで、またもその手を行方なく彷徨わせた。
「……不安なら、バックパックの肩紐でも握っておけ」
「あ、えっと。はい」
アトレの右肩にかけられたバックパックの肩紐を下の方で握ると、モノはどこか満足げな表情で、人混みを進むアトレの横を歩き始めた。
何ともない風を装っていても、多くの他人がいる空間は不安なのだろう。アトレはそう納得すると、特に感慨もなくモノと歩調を合わせて歩を進めていく。二人が口数少なく通りを歩いて到着したのは薄暗く熱気が漂う武具屋だった。
「少し店主と話す。店の外には出るな」
「はーい」
言いつつ、モノはバックパックの肩紐を握ったままアトレの横についていた。
「この鎧を処分してもらいたいのと、身軽な皮鎧はあるか?」
「これくらいなら修繕した方が安くつくぜ?」
「いや、新調しようと思っている」
「ならこれはどうだ?最近流行ってるログドと鉄の合金でよ」
「剣の買い替えも考えているんだが」
専門的な話に移行する間際、アトレが鎧の留め具を外していく。良く分からない話が始まるとわかると、モノはアトレの少し後ろに控えて店内をきょろきょろと眺めた。見たこともない争いの世界の道具に、その目は興味津々といったところである。
鎧立てに無骨な光を発する板金鎧や、どこか不思議な紋様の描かれた丸い盾。壁にかけられた幾本もの剣の下には、自分でも扱えそうな小振りな短剣が並んでいる。
(武器屋さんって面白いかも。それに)
いくつかの短剣の中に、どこか淡い光を放つ一本があった。明らかに魔力を帯びているのだろうそれにモノの目は吸い寄せられる。見れば、それは周りのものと比較してやや安値で売られているようであった。銀よりも少しだけ鈍い色味の刃は、モノの白金の髪とよく似ていた。
「ならこの鎧で頼む。サイズの調整は」
「壊れた鎧を見ればわかる。任せねぃ」
「ならそこは任せる。その間はどうすればいい?」
アトレの方の話が終わりそうだと察すると、モノはどこか名残惜しそうに元の位置に戻った。鎧を外すために下ろしていたバックパックをアトレが背負うと、その肩紐をもう一度握り出す。
「しばらくぶらっとしててくれればいい。そこの弟さんと一緒にな」
「そうしよう。モノ、行くぞ。まだ買い物は残ってる」
「あ、はい」
二人は武具屋から出ると、通りの終わりまで真っ直ぐに足を伸ばし、どのような店があるかを確認した。途中で簡単な食事を摂ると、そのついでに保存の効く瓶詰や燻製の肉をバックパックの中にパンパンに詰め込んだ。
「こんなに食べれます?」
「お前、今日一日でこれを食いきるつもりか?」
「あ、あははー……」
そんな問答を間に挟みつつ、二人は通りを戻っていく。その途中途中でいくつかの店に寄って必要なものを買い揃えていった。その途中でも二人はどこか距離を縮めたように会話を重ねていく。
「これ、何ですか?」
「水筒だ。中に水を作り出す魔石が入っている。魔力を注げば水が飲み放題だし、熱して体を洗ったり料理するのにも使う」
「ほー」
魔力を必要とする道具の店ではそんなことを聞き、
「これは?」
「野営のための寝具だ。俺はともかく、お前を野晒しというわけにはいかないからな」
「はー」
旅の道具を扱う店ではこんなことを聞く。
見慣れない様々な物品に対し、モノは興味深くその詳細を尋ねていく。アトレがそれに答えると、モノは関心したかのように返事を返す。そんなやり取りがいくつかあり、二人は日が中天に上り切る直前に武具屋へと戻った。
「おう、できてるぜ。早速合わせてみてくれ」
アトレが新調した鎧は、先の皮鎧と大差ない無骨なものだった。体のシルエットを覆うような簡素な皮鎧だったが、防御力を高める必要がある急所や、時に攻撃を受ける必要がある腕や肩には鎖帷子が仕込まれている。多くの兵士や騎士にとっては鎖帷子は着込むものであったが、常に戦いを想定するわけではないアトレにとってそれは都合のいいものだった。
「ちょうどいいな。重さも大丈夫そうだ」
その場で軽く体を捩じったり跳んだりして、アトレは新しい装備が要求に足るものかを確認する。そのいずれも問題ないことを確認すると、その分の代金を支払った。
「モノ」
「あ、はい。行きますか?」
「いや、武器も買っておく」
アトレは壁にかかった剣の内、黒々とした一本を選んで手に取った。価格を見れば、この店で一番値の張るものだということがわかる。
アトレが手に取ると、それは店外から差し込む光をきらりと跳ね返した。よく見ればそれは黒というより深い紫の刃で、所々に陽の光を思わせる光が走っている。
「店主、これをくれ」
「あいよーぃ!兄ちゃん、金払いがいいねぇ!少し負けとくよ!」
アトレは代金をポンと出すと、鞘に納められたその剣を満足気に腰に提げた。
どこか機嫌のよさそうなアトレを横から見上げるモノは、それを感じると自分も少しだけ嬉しくなってくる。誰かが笑っているのを見るのは気持ちがいいものだ。そんな風に思考を処理すると、アトレがまだ店内を見ているのに気付いた。
「まだお買い物があるんですか?」
「お前も護身用に一本はいるだろうと思ってな」
「なるほど。でも剣とか触ったこともないですよ?」
言いつつ、モノは先程見た淡く光る剣が気になっているようだった。視線は淡い銀色に行き、他のものは目にも入らないようである。
「心得の無い者程簡素なものがいいと思う。いきなり魔具だらけの魔改造された絡繰満載の武器を渡されても使いづらいだけだしな」
アトレはモノにいくつかの短剣を持たせたが、どれもモノには重いようだった。そうでなくとも刃が極端に反っていて扱いづらかったり、薄すぎてすぐに壊れてしまいそうだったりと、武術に疎いモノが扱うにはどれも合っていなかった。
その後もモノにいくつかの剣を握らせたが、重さについてはモノを鍛えればいいと多少の妥協をして結局ごく普通の短剣に落ち着こうとした時、アトレは論外と断じていたその剣に目を付けた。モノが気を引かれ眺めていた、淡く銀の光を放つ剣である。
「ルナームの剣か。軽いし丈夫だからモノでも振れるとは思うが」
「何か問題があるんですか?」
「光っているだろう。それだけで問題だ。敵にバレたらどうする。野盗にも光物があると一目瞭然だ」
「あー、確かに」
モノは別の剣に目を移しそれらを握ってみるが、どれも鉄の重みを備えており、短時間ならまだしも、持ち歩く荷物としてみればモノには重いと感じられるものだった。
「モノ。これを握ってみろ」
だが、アトレが指したのは問題と断じたルナームの剣だった。変わらずそれは誰が見ても美しい色合いで光る。が、やはり武器として見るのであれば奇妙な品と言わざるを得なかった。
「ルナームは持ち主の魔力に反応して光が消えたり強くなったりするらしい。物は試しだ」
「えーと、はい。あ」
モノが手渡されたそれを握った瞬間、まるで持ち主を選んだかのようにその光は消えてなくなった。
「あんた、何をしたんだ?」
それを認めた店主がモノに歩み寄った。皺の多い顔が驚き一色に染まっている。どうやらこの剣が光を潜めたのは初めてのことだったらしい。モノから剣を引っ手繰るように受け取ると、それはまたぼんやりと光を放ち始めた。
「こいつの魔力がルナームに反応したらしい。あまりないことだが、そんなに驚くことでもないだろう」
「そうだな、すまねえ。そいつが光らないのなんて初めて見たもんだからびっくりしちまった。ほらよ、ボウズ。すまなかったな」
店主が剣をモノに返すと、その光は音もなく消える。モノは不服そうに風船帽を目深に被ると、誰も聞こえない程度の声量で一言ぼやいてみせた。
「……ボウズじゃないし」
尤も、そう勘違いされることはアトレの思惑通りであった。不服そうなモノはさておき、アトレは男装の効果があると、内心でかけた手間に僅かな喜びを見せる。
「モノ。それは持てそうか?」
アトレが言うと、モノは誰も傷つかないだろう距離を取ってその場で剣を振り出した。拙いそれを何度か繰り返すと、思ったより満足感があったようで、モノは少しずつ機嫌を良くしていく。少年と間違えられたことへの不満はそうする内に消えていた。
「すごく軽いです。これなら持ち歩けそう」
「ならそれを買おう。お前が持つ分には問題ないだろう」
「あ、はい!」
「いいもん見せてもらったからな、少し負けとくぜ」
店主は再度値段を負けた。結局それが言いたいだけなのではないかと二人は苦笑したが、どちらにせよ値引きはありがたかった。会計が済むと、アトレはそれを受け取ってモノの右腰にそれを括り付けていく。
「腰、あんま触らないでくださいね」
いい加減モノの半目攻撃にも慣れてきたアトレが短剣をしっかりと固定すると、鞘からまたも光が漏れ出していた。心なしか、陳列時よりも光が強い。
「息苦しいのかな」
「ルナームは呼吸する、なんて話がある。もしかしたらそうかもしれないな」
モノは優しく、自分のものとなった剣の柄を撫でる。するとそれは落ち着きを取り戻したように光を収めた。
「懐かれているな」
「主人ですからね」
そんな会話をして武具屋を出た二人は、適当な店で昼食を摂りつつ荷物の確認をした。アトレから見て必要なものは揃っていたが、念には念をということもある。残りの物品は街の門前にある露店街で買い揃える算段だった。
「お前の目から見て足りない物はあるか?」
「んー……。あ、石鹸」
「ああ。確かに。露店で売っているだろうし、そっちで買うとしよう」
暫く無口で食事を摂るだけの時間が響く。賑わいを見せ始めた店内に人通りの多い外。この街全体がアトレ達の居場所ではないかのようだった。やがて間に耐えきれなくなったのか、モノがおずおずと口を開く。
「おにーさん、この後はどうするんですか?」
「露店街で必要なものを買い揃えて、その足で門を出る」
「馬車の定期便とかには乗らないんですか?」
「最近は乗れば人売りの所に連れていかれるなんてパターンも多い。俺もそれで荷物を全て取られた」
「あ、おにーさんが荷物を揃え直したのって、そういう」
椅子に立てかけられたアトレの長剣を見る。深い紫の、宝石のような刃は記憶に新しい。モノから見てそれは宝飾品のように美しいものだった。視線に気付いたのか、アトレも剣をちらりと見遣る。
「この剣も元は俺のものだったんだが、あの店に売り飛ばされたらしい」
「なんか……災難だったんですね」
「気にするな。信条だ」
「どういうことです?」
「まあ、深くは気にしなくていい。成り行きでそうなったんだ」
「ふーん。……ごちそうさまでした」
二人は食事の代金を払って店を出た。露店で石鹸を始めいくつかの消耗品を買い込んで、二人は門の前に辿り着いた。大きな木造りの門から見える外は、当然だが街の中と比べ何もない。辺りは草原と街道が続くのみだ。その第一歩を、アトレは特に感慨もなく踏み出した。
「よし、行くぞ」
「あ、そういえば」
モノが街を振り返る。着ている服、被っている帽子、体中の物品を確認しつつ、申し訳なさそうに言葉を続けた。
「おにーさんにお金、出してもらってますけど……いいんですか?」
「返したいなら好きにしてくれていいが、アテもないだろう」
「今はー、そうですね。はい」
「なら気にするな」
「体で、とか?」
腕で胸を寄せてみるが、そもそも少年向けの服装が許されている時点でその効力は察するべきだろう。アトレはこれまでされてきたように半目でそれを見ると、呆れたように前を向いた。
「五年早い」
「うがー!!!」
ぽかぽかと脇腹を殴られつつ、アトレはもう一歩を踏み出した。モノもアトレの肩紐を握りつつ、遅れて最初の一歩を踏み出した。
二人の旅路は暖かな日差しと共に。祝福されるような始まりがそこにあった。




