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GrayLight  作者: のびじん
第一章「動機の要らない事件」
16/19

16 約束の第一歩

 「アトレ様!こちら、御屋形様からお預かりした報酬でございます!お受け取りくださいっ!」

 開けっ放しの玄関口にいたリオに声を掛けると、開口一番にアトレはその話をされた。

 「わかった。ありがとう」

 仕事の後で迅速に受け取る報酬は気分がいいものだった。たとえ老執事の苦し気な声が脳裏に張り付いていても、依頼の完了はそれとは別に達成感を得られるものであった。

 アトレは手渡された幾枚かの紙幣を鎧の胸当てに仕舞い込むと、戦闘中に鎧が貫かれたことを思い返した。再度胸当てを開き、それら全ての無事を確認する。

 「おにーさん、お金持ちですね……」

 「人の財布を勝手に覗くものじゃない。今後は控えろ」

 「う……。はい。わかりました」

 そんなやり取りをしながらリオに背を向け、アトレは屋敷の門へと進む。門に手をかけようとして、それが特定の人物でないと開けないことを思い出した。

 「頼めるか」

 「はい!ではではー」

 リオが魔力を籠めると、門はかちりと施錠を外した。ゆっくりとそれが押し開かれると、アトレとモノは外に向かって一つ歩み出る。

 「アトレさん!」

 声の主はテラウだった。アトレは背を向けたまま尻目に、モノは元気よく手を振ってそれを迎える。

 「また、またいらしてください。まだ私、お礼さえきちんとできていませんから!」

 「……この街に来ることがあれば、きっと顔を出そう」

 アトレはそれだけ言うと、屋敷に背を向けて歩き出す。モノもその後を追いながら、テラウに向かって手を振った。

 「テラウさん、また会いましょうねー」

 二人は夕暮れ時の坂を下りていく。

 朝にウェルタらと話し合い、昼に騎士と戦い調査を開始し、そして戦いが終わった今はもう、日暮れも間近な時間だった。

 「おにーさん、待ってくださいー!」

 足早に坂を下るアトレと、とことこと駆け足気味にそれを追うモノ。二人の旅の一歩目は、そんな始まり方だった。

 そうしていくつかの坂を下って街の入り口の露店街に着いた頃、陽は既に落ちていた。今日は色々あって疲れたとアトレが言い出すと、二人は近場の安宿に二人用の部屋を一つ取った。一階が酒場、二階が宿になっているタイプの、旅人や傭兵に好まれる宿だった。

 傭兵と少女は騒がしい一階を奇異の目線に晒されつつ通り過ぎ階段を上ると、受け取った鍵で質素な部屋に入る。

 ベッドが二つと書き物机が一つだけある部屋をざっと眺めると、モノは二つあるベッドの内窓際の方へ飛び込み、何やら急に吠え出した。

 「うがー!」

 内容のわからない不満に、アトレは鎧の留め具を外しながら目だけで応えた。モノは不服そうな目を向けるだけで、アトレは困惑の気配を返す他ない。

 「頼むから人語で話してくれないか?」

 「うがぁー!!」

 返事は変わらなかった。半ば獣となったモノだったが、アトレは部屋に一つだけある机に向かい、胸当てから取り出した紙幣を分けていく。

 (装備の修繕、いや、折角だしプレートを仕込んだものに交換するか。服、バックパック、それからモノを野晒しで寝かせるわけにもいかないな。テントも買うか)

 いくつかの束に分けられた、札束という程ではない厚みの紙幣を、一枚の紙幣を折ったもので挟み込む。用途別に分けられたのだろうそれらを、今度は破損の目立つ胸当てではなくズボンのポケットに仕舞い込んだ。それらをしっかり見届けた後で、そろそろ大丈夫かとタイミングをうかがうようにモノは吠えた。

 「うがぁ……」

 「一体何なんだ。言いたいことがあるなら言ってくれ」

 椅子に掛けたままモノを向くと、その姿はどこか落ち込んだように見える。ベッドの上で俯いた姿は、屋敷に何かしらの悔いが残っているように伺えた。

 「あの執事に思うところがあるのか?」

 「うが」

 こくりと頷く。肯定に、アトレはようやく意思疎通ができたと浅く息を吐いた。

 「あの執事は多分、ああするしかなかったんだ」

 戦いを振り返り、アトレはバルの必死さに思うところがあった。負けたくない。勝ちたい。勝負をしたいと言い、それで僅かに救われるとも言ったあの執事は、出会って僅かの傭兵に強い思いがあるようだった。それを清算するための最後の手段があの勝負だったのだろう。

 「よく分かんないです。確かに悪いことしてましたけど、おにーさんと戦ったって余計許されないだけだと思うんです」

 少女の反応は至って当然の感想だった。アトレもそれに納得した様子で椅子から立ち上がると、モノのそれとサイドテーブルを挟んですぐ隣のベッドに仰向けになる。

 「隣に男の人が寝てるって、なんか緊張します」

 「気にするな。どうせ寝るだけの宿だ」

 「……気になりますよぅ」

 言いつつ、モノはシーツを頭から被る。衛生的な匂いのシーツに、どこか荒れた心が少しだけ穏やかなものとなるが、隣にアトレの気配を感じると奇妙な緊張感を覚えるのだった。無論それには貞操の危機も含まれる。

 「……どの道あの執事は屋敷にはいられないだろう。テラウさんも協力はしないだろうし」

 話を戻したアトレに、モノの思考は強引に引っ張られた。感じていた緊張感の内何割かは、どこか安心を覚える低い声にかき消されていく。

 モノはテラウが言った最も印象深い言葉を思い出していた。慈愛に満ちたそれは、きっと執事を救うと確信させてくれたものでもある。

 「でも、テラウさんはあの執事さんを許したがっていました」

犯行が暴かれ、アトレがその全てをウェルタへ報告しようとした時、テラウはそう言って引き留めた。場の状況は結果的にそうはならず、最終的には戦闘にまで発展したが、モノにとってテラウのその言葉は信用したいと思える優しいものだった。

 「それはどうだろうな。少なくとも俺には、執事を許したいなんて思ってるように見えなかった」

 が、アトレはどこまでも冷静に疑念を呈する。意外な言葉にモノは思わず前のめりになった。

 「でも、テラウさん言ってました。許すには動機が必要だって。それって理由に納得出来たら許すって言ってるようなものじゃないですか」

 「勘だが、テラウさんは執事を許す気が無いと思う」

 「どうしてですか?だってテラウさん、あんな悲しそうな……」

 アトレは一つ寝返りを打つと、目を閉じつつ口を開く。眉根を寄せた表情は、自分の語ること自体に不満を持っているようだった。

 「さっきの依頼、俺には途中から話がかなり飛躍していると思えた。足跡を見つけてからが顕著だ」

 アトレの意見には反対気味だったモノもそれには納得したようで、シーツから頭だけを出してアトレを向く。背中を向けたアトレに一抹の安堵を覚えると、言葉として同意を返した。

 「あ、それは思ってました。執事さんが犯人であると決まったような雰囲気がありましたから」

 足跡が見つかった後、事件は急速に解決へと向かう。それはバルが疑われ、直後に様々な事実を自供したからに他ならない。だが、そもそも一行にはそれが正しいと信じる雰囲気があった。

 「その雰囲気を作ったのは誰だ?」

 「……テラウさん、ですね」

 テラウの言い方は、アトレにしてみればやや違和感を感じるものだった。バルの靴だと言い切った口調自体、犯人の気配を色濃く匂わせるものだと言っていい。

 「足跡なんて同じ靴を買えばつけられる。メイドのリオでも、テラウさんにだってあの足跡自体は付けられる。なのにテラウさんはそういう雰囲気を作った」

 「それって、つまり?」

 「あのお嬢様は多分、誘拐を含めた一連の騒ぎの犯人が執事だとわかっていたんだろうな」

 アトレの穿ち過ぎた意見は、モノにとって受け入れ難いものだった。頭の中にいくつもの疑問符が浮かび上がるが、その内最も存在感を放つものを口に出す。

 「さすがにそれは言い過ぎですよ。ならテラウさんは調査に付き合う必要なんてありませんから。おにーさんが依頼を受ける時にでも言い出せばそれで解決です」

 そもそもアトレは、ウェルタの意向に従って調査もなしに屋敷を後にしようとした。それを強引に依頼として成立させたのはテラウの言葉だった。あの屋敷でモノを探した連中を調査したいと一番に願っていたのはテラウだったと見ることもできる。

 その理由は、本人の言葉を信じるなら”真実を暴く為”なのだろうか。確かにその言葉自体、何か正しいことをしているように聞こえなくもない。感情的に強く言われれば、そのために協力してやりたいと思えるくらいには。

 だが言葉が強ければ、その内には様々なものが隠れやすくなる。それは感情だったり、事実だったり、アトレにとって今回のそれは、テラウがそうした動機だった。

 「犯人だと知ってはいるが証拠はない。テラウさんにとってそういう状況だったんだと思う。誰もがあの執事を犯人だと思えるような状況が欲しかったんだろう。足跡と裏口を開けられる誰か。二つの要素が結びついたあの時、俺達でさえが執事を犯人の候補として考えた。お前もそのはずだ」

 「確かに私もそう思いました。扉を開けられて足跡があれば、そんなのもう犯人確定でしょ、って」

 屋敷の厨房、裏口の付近に足跡を発見したことを思い出す。モノにしてみれば、騎士を名乗った不審者達のそれでないこと自体が不思議だったが、テラウがバルの物だと言い切った時、足跡自体を不信がるよりも先にモノが感じたことは、発見した、真実に近付いたという感覚だった。その高揚は抗いがたく、頭の中を特定の思考で埋め尽くしていった。

 「……テラウさんは狙って私達にそう思わせたってことですか?」

 「そうだろうし、あの場のテラウさんにとってみれば、俺達だけじゃなくて屋敷の全員を納得させられると思ったんだろう」

 「そこまでして執事さんを犯人だと言いたかった、ってことですか?」

 「そうだ、と考えてる。今頃テラウさんはそれを説明してる頃だろう」

 「どうしてそこまで」

 「勘だと言っただろう。俺が納得するためにそう考えているだけだ。なにか理由が無いと落ち着かなくてな」

 モノはシーツに包まったまま、体を起こしてアトレを見つめた。背中を向けたままの姿に、今度はどこか胸のざわつきを覚える。深く気にする程のものではないそれを無視し、少しの間をおいて前向きな想像を口にした。

 「じゃあ、そうじゃない可能性もありますよね」

 「あると思う。今回の一件、どちらにせよ俺達に出来ることはもうない。依頼は終わったんだ」

 アトレがそう言って外し忘れていたグローブを、頼まれた分は終わりだと言わんばかりに机の上に放り投げる。グローブは軽い音を立てて壁に当たり、机の上にぽすりと落ちる。

 モノはそれをじっと見ると小難しい顔をして暫し考え込んだ。今回の事件で自分が危ない目に遭ったこと。だがテラウが誘拐されたおかげでアトレに救い出されたこと。個人的な心情を多分に含めた上で考慮して、モノは一つの結論を出す。

 「執事さんのしたこと、きっと簡単に許されないとも思います」

 「だろうな。どう転ぶにせよ、あの屋敷は荒れる。そうしたのは紛れもなくあの執事だ」

 モノはそれにこくりと頷くと、胸の中を想像で一杯にした。バルのしたことは簡単には許されない。だが同時に、時間が解決できない問題もない。どれだけ軋轢が残ったとしても、いつかはきっと許されるはずだ。そんな甘い妄想に耽り、だが、口に出した内容には厳しさが伴った。

 「だからたくさん償って、頑張って、いつか”もういいよ”って、最後には笑って許されて欲しいって、私は思います」

 それはきっと、誰もが許しを得る過程だった。やってしまったことに前も後もない。ただ事実に対して償いを見せることしかできない。だからこそ少女はそう願うのだろうか。最後には、咎人だろうと笑顔で受け入れられるべきだと。

 「……甘いのか厳しいのかわからないな」

 「私も言ってて良く分かんないです」

 苦笑交じりの会話は、暗い話題の終了を告げていた。依頼は終わり、今更屋敷に戻ってバルの処遇をどうこういう権利もない。屋敷をさっさと出てきた二人には、今後のことを想像するしかできないのである。

 「まあ、どちらにせよあの執事が勝負なんて言い出した理由はわからないけどな」

 アトレが締めくくるようにそう言うと、モノは再び不機嫌そうな表情に戻って静かに吠えた。

 「……うが」

 「振り出しか……」

 その理由を尋ねるようにアトレが暫し黙ると、ぼそりとモノの呟きが耳に届く。

 「危ないことして、心配でした」

 感情そのままの声色が届くと、アトレもなるべく穏やかな声色を作って答えた。厳しい戦いであったというより、状況自体は常に不利だった。

 (……鍛錬が足りていないな)

 執事の戦闘技術はアトレの上を行っていた。持っている手札の切り方、いくつかのからめ手。どれを取っても戦いに慣れていた者の芸当である。幾度かのチャンスを掴んだが、それも結局有効には活用できなかった。結局アトレは執事に対し一撃すら入れられていないのである。

 「もう終わったんだ。傷も塞がってる」

 苦戦を思い出し、アトレはもう癒えた傷跡を服の上から撫でる。

 (何度も上を行かれた。厳しい戦いだった)

 勝因は何だったろうかと考えるが、結局のところそれは向こうが勝ちに拘ったからだと言う他ない。敗北を認めてさえいれば無理な姿勢で体を痛めることもなく、その後の無様な一幕もなかっただろう。結局のところ、二人ともが当初に見込んだ通り、体の強さに起因した決着だったのである。

 「そういうの、これからはなるべく禁止です。約束守ってもらいたいですから」

 アトレのそんな回顧も、モノにはまるで関係ない。危ないことをしたかそうじゃないかの極論である。だがアトレもまたそれには賛成だった。

 「俺もできれば控えたい。命のやり取りは好きじゃない」

 アトレがそう答えると、モノは「ふぁ」と小さく欠伸を漏らした。口を開けた姿が情けないと、顔を赤らめてシーツを被る。が、アトレは変わらず背を向けてそれを見ていない様子だった。

 「……今日はもう寝ましょう。疲れちゃいました」

 「俺も疲れた」

 「そっか、考えればおにーさん、今日だけで二回も戦ってますし」

 「ああ。だから寝る」

 「私もそうします」

 「ああ。襲ったりしないからさっさと寝ろ」

 ぴくりと、横になりかけたモノがその一言に固まる。威圧を含んだ目でアトレの背を刺しつつ、しかし表情は笑みを浮かべている。矛盾した表情の声色は、やはり怒りの成分が強めであった。

 「それってどういう意味ですか?おにーさん?」

 「襲って欲しいのか?」

 「それは嫌ですが、そういう風に見られないのも女としてどうなんだと」

 「女と言える歳か」

 「うがー!!!」

 モノはその一言にガバリとシーツから飛び出して、アトレを枕でぼすぼすと叩いた。

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