主さんの種
突然だが、主さんが来た。
あのちびっこを連れて。
晴天の中、薬草畑でのんびりリグさんとマンドラゴラとモーリュと例のごとくお昼ごはんを食べていた。
今日のお昼は、ベーグルサンドだ。ベーグルの間に挟まれているのは、鴨のハムとチーズ、ブルーベリージャムとクリームチーズの2種類。どっちも大好きだ。
もちもちした生地が噛みごたえもあり、腹ペコ代表のモーリュも満足感が高いのではないだろうか。
料理長が、モーリュのがっつき具合に配慮して、いつも多めにお昼を持たせてくれる。
あれだけ美味そうに食ってもらえるのは料理人冥利につきますな!と言っていた。
「美味いのう。」
リグさんがニコニコして、ベーグルを頬張っている。植物コンビももちろん夢中で食べている。
「はい、美味しいですね。」
前世でブラック企業に勤めていた頃は、空を見上げる余裕なんてなかったし、誰かと一緒に食事をすることもなかった。
今はなんて素晴らしいんだろうと思う。
この幸運は、伯爵令嬢として生まれ、周りの人に恵まれたからだ。もらった幸運を周りの人に返していきたい。なんて言ったかな、恩送りってやつ。
そんなことを考えていたら、ふわっと風が吹いた。
風の先に目線を移すと、主さんとちびっこがいた。
ああ、これがリグさんが言っていた気配ってやつか。ちびっこだけでは感じなかった、圧倒的な気配。
見た目は、きれいな女性。ちびっことおそろいの白い髪が腰まであり、金の瞳は微笑んでいるように見える。
ほえーっと見惚れていると、主さんが口を開いた。
「過日は世話になりました。」
「いえいえ、お加減いかがですか?」
とっさに言葉を返す。
「そなたの茶のおかげで、大事なく。」
「それは、何よりです。」
元気になったようで、良かった。ちびっこも嬉しそうだ。
「我が子が世話になったようで、礼を言います。」
「世話?ああ、唐揚げのことかしら?一緒にお昼ごはん食べたの、楽しかったです。」
「そうですか。」
静かに口元を綻ばせる主さんは、とても気品があった。
「あの、モーリュの種を頂いて、ありがとうございました。無事に芽が出て、今はあんな感じです。」
少し離れた所にいるモーリュを紹介すると、モーリュが元気よく駆けてきて、葉っぱをわさわささせ、ペコリとお辞儀した。
そう、お辞儀を植物コンビは学んだ。屋敷の皆、お辞儀することが日常に溶け込んでおり、ある日、モーリュがそれを見て不思議そうに聞いてきたのだ。
簡単にお辞儀は挨拶の一種だよと伝えたら、マンドラゴラの元にダッシュし、ヒソヒソ話し合っていた。そこから、事あるたびに、コンビでお辞儀をするようになった。
一過性の流行りかもしれないから、ゆるく受け止めることにした。
主さんは、モーリュの挨拶を見て笑顔になった。
「良き子ですね、無事生まれてこれた。自由も得られたのですね。」
モーリュは、はしゃいでいる。種のときの記憶があるかどうか分からないが、久々の再会だろう。
「今、モーリュとここにいるマンドラゴラの葉っぱでお茶を作ろうとしていて、これは、それぞれの葉っぱだけのお茶になりますが、よろしければ、お持ちください。」
効能は、良くわかりませんがと、言いながら淑女のシークレットポケットから小袋を取り出す。
側にいくと、あちらからちびっこがきて、お茶を受け取ってくれる。
とって帰ってきたちびっこからお茶をもらい微笑み合う母子。一枚の絵のようだ。
「これは良い、礼を言います。そこなマンドラゴラも自由を得たのですね。」
呼ばれたのが気になったのか、マンドラゴラも来る。
それにしても喜んでもらえたようで良かった。そういえば、気になることが。
「自由を得るとは?」
「地から離れる自由です。それは、本来叶わぬ願い。特別な機会を得て、現となるのです。」
分かったような分からんような。悩んでいると、ちびっこが来て、またベストのポケットから大事そうにハンカチを取り出す。そして、私の手に乗せてくれる。開いてみると、種が。また頂いちゃったわ。
「私からの贈り物です。モーリュを育ててくれて恩に着ます。そなたに託して良かった。また、そなたに願いがあります。」
「種、ありがとうございます。何でしょう?」
ちびっこがもうホント可愛い。残っていたベーグルの入った箱を淑女のシークレットポケットから取り出したハンカチに包み、ちびっこに手渡す。
美味しい匂いがするのか、スンスン空気を吸い込みながら、小さな声でありがとうと言ってくれる。
「モーリュとマンドラゴラのお茶を差し支えなければ、これからも譲ってほしいのです。対価は望みのものを。」
対価、対価、金貨!?
一気に妄想に走ってしまった。いかんいかん。
「まだ、金額を決定していないんです。次お渡しする時にお伝えするのではいかがでしょうか?」
「良いでしょう、貨幣でも良いし、財宝でもなんでも。我が子を遣りますから、その時に。」
おお、さすが主さん。スケールが大きい。
では、と言いかけ、主さんがこちらを向く。
「モーリュの葉ですが、人には少し強すぎるかもしれません。ほんの僅かで力を持つでしょう。」
「そうなのですね、教えて頂いてありがとうございます!」
こないだ、お茶っ葉たっぷりで飲んでしまった。大丈夫か。
ではまた、と主さんは言い、植物コンビを撫でた。そしてリグさんに軽く一礼をしてから、私に微笑み母子は消えた。
ふわっとした風が後に残る。
後ろの方でリグさんが、ほお~っと息を吐きながらべっぴんじゃのうと、つぶやいていた。




