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上位存在の私、人間の尊さを知る  作者: くちばし
Vol.1 『知らない世界で』
8/8

『夢を見る、決意を知る』

 夢を見ていた。

 目醒めてほしくない、幸せな夢を見ていた。

 私が思い描いた理想郷が、目の前に広がっていたから。

 優しい風が頬を撫でて、彼女と似た白髪を靡かせる。

 生まれた故郷の焼けるような風とは違う、心を癒してくれる優しい風。

 決して感じることのできないこの風が、酷く残酷に感じてしまった。


「ねぇ、これがキミの望んでいた平和なの?」


 私の目の前に立ち、この景色を眺める愛した人が、そう問うてくる。

 顔の見れない後ろ姿を少しもどかしく感じ、けれど私と同じように白い髪を靡かせている君は、とても美しかった。

 彼女の目の前に広がる花畑が揺られ、花弁が散る。

 呼応するように小さな生き物たちが舞い上がり、楽しそうに……そこら中を走り回っていた。


「あぁ。決して実現しない、私の望む平和だよ」


 嘆くように、諦めたように。

 私はそうやってぼやいた。

 ふと、眼前に花弁が降ってくる。

 それを手に取ったのは良いものの、この花弁もまた、私の望みのように脆弱で、小さくて、質素なものだった。

 ぎゅっと握り潰して、捨ててやろうと思った、自分の望みを見ているようだったから。

 けれど、それを止めたのは亡きドラセナだった。

 私の手を取り、まるで花弁を守るかのように、優しく熱を交わせてくれる。


「ダメだよ、自分の想いを捨てたら。キミらしく生きるための道導なんだよ?」

「……叶うことのない想いを道導にしては、ただ迷った末に破滅を迎えるだけだろう」


 らしくもなく、私は強く反論する。

 そうだ、そんな想いを道導にしてしまったから、私の心は砕け散ってしまったのだ。

 君と一緒に在れる道導、そしてその先にある終着点。

 不明瞭ながら、確かに君はその道を光で照らしてくれていた。

 だが君が消えた今、その道すらあって無いようなものだろう。


 俯く、ただ俯く。

 君を殺してしまった自分に反論する資格すらないと思ってしまい、目を逸らす。

 この罪の意識がある限り、私は絶対に幸せになるのを許されない。

 これは私だけの罪であり、この夢はただの夢幻に過ぎず。

 この全てを否定し、私は今まで殺した命のために贖罪をしなければならない。

 この彼女の諭しすらも、打ち破らなければならない。


 気づいた時、私は彼女の側から離れていた。

 そうだ、決別しなければならない。

 あの夢のような日々と、幸せから。


「君も私の知るドラセナじゃない。姿と声を真似て、彼女を騙るんじゃない」


 逆手に生えていた刃が手の甲に倒れ、切先が彼女の偶像に向く。

 花が枯れた、空が赤くなった。

 小動物は腐り、骨が見え、ウジに喰われた。

 けれど偶像は変わることなく、ただ私を見つめている。

 一頻り考えるような素振りを見せると、もう存在しないはずの君は手の平を切先に当てた。

 切先は容易く彼女の手の肉を突き破り、血を溢れさせる。

 滴った血が、刃を濡らした。


「……うん、痛いね。やっぱり、そういうことなんだね」

「訳の分からないことを言うな。私を惑わすな。私を諭すな。ただ私が生み出しただけの幻如きに、私の何が分かる」


 そうだ、私は誰にも理解されない存在だ。

 孤独に眺められ、虚空を眺め、無気力に生き続けてきた。

 彼女以外の人間じゃ、私のことを理解するなんて不可能なんだよ。

 ましてや目の前にいるのは私が創り出しただけの理想に過ぎない。

 生きていて欲しい願望が生み出した偶像に過ぎない。


「いいや、違うよ。キミは私で、私はキミなんだ。惑わすこともないし、諭すこともない。キミが私のことを理解できないように、私もキミのことが理解できないんだからさ」

「……いいや、そんなことはない。君は私のことを理解していた、理解していたから、私に世界の色を教えてくれたんだ。君がいたから、私は」

「私がいたからキミは苦しんでいる。これは決して揺るがない事実だと思うよ?」


 見透かしたような瞳が、私の声を締める。

 否定しようとした声が、溶けて消える。

『違うよ』『そんなことはない』と、頭が弱い私には自信の無い建前の否定だけしか生み出せなかった。

 事実、彼女の言っていることは正しかった。

 極論になってしまうが、私が苦しむ原因は彼女の存在があったからだ。


 しかし、それはそれでこれはこれだろう。


「大丈夫だよ、ドラセナ。次はきっと上手くいくよ、私が保証する」

「そんな無責任な……」

「ふふ、そうかなぁ? だって私が言うんだよ?」


 ずいっと顔を寄せて来たドラセナに、私はたじろいでしまう。

 やっぱりこの独特の圧力は苦手だ、私は我が弱いから押し切られてしまうのがずっとだったから。

 そうだ、そうだな、この圧力すら少しだけ愛おしかったんだ。

 一体どうして、彼女のことをこんなに愛おしく思ってしまったのだろう。


「……分かった。君のために、私のために……今は少しだけ、君に甘えるよ」

「キミに甘える、ねぇ……自分に甘えちゃっていいの?」

「またそうやって揶揄う……私と君は違うだろ?」

「いいや、一緒だよ」


 そう言うと、ドラセナは私に抱きついてきた。

 私たちが初めて出逢った時と同じように。

 彼女と同じぐらいになった体で抱きつかれるのは初めてで、なんと言えばいいか……母性を感じる、とでも言えばいいのか。

 母が死んでしまったせいで、私が感じることのできなかったその感覚……今感じているのは、正にそれなのだろうか。


 鼓動が重なる。

 私と君の鼓動が連動し、互いに脈動し合う。

 こういうのを一心同体と表現すれば良いのか。

 ……だが、もう感じられないのだと思うと哀しく感じる。


「キミも悲しいよね、分かるよ。でも、夢は覚めてこそ儚く美しいものなの」

「あぁ、そして……季節のように夢もまた巡るからこそ、尊く素晴らしいものなのだろう」

「ふふ、同じこと考えてる」


 こつんと、ドラセナが額をくっつけてくる。

 彼女の熱を間近で感じて、それが嬉しくて堪らなくて……夢だと思うと、胸が張り裂けそうで。


「私は、私は……君のために生きるよ、ドラセナ」

「そう? 嬉しい告白だなぁ……健やかにね、ドラセナ」


 だけど、もう哀しいと、寂しいと思うのはやめる。

 無いもの強請りもやめて、過去に囚われるのもやめる。

 だって、私はドラセナなんだから。


「……おやすみ、ドラセナ」

「うん……そしておはよう、ドラセナ」


 この淡く儚い夢を。

 一つの本として、記憶に留めるとしよう。

 今はただ、彼女のために安らかな祈祷を。


 遂に、目が醒めた。

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