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ユスティ・ノルン

「あのー……」


 その翌日、イリスは再び冒険者ギルドを訪れていた。

 木造の建物の一階は、ギルドの受付嬢と呼ばれる人達が仕事の斡旋や各種手続きをする場所と、先日イリスが追放された食堂に分かれている。

 今日やってきたのは受付で、カウンター越しには困った顔を浮かべる少女が立っている。

 彼女の名前はユスティ・ノルス。短い黒髪に眼鏡を掛けた、何処か大人しそうな風貌の少女だった。

 しかし、身長はイリスより少し高い程度と小柄な方でありながら、その胸には大きな脂肪の塊が二つ付いている。

 そんな彼女は、イリスと出会った時と同じ困った顔でこちらを見つめている。


「……何とかならないのかい?」

「いえ、ちょっと何とも……。あの、他の冒険者の方が困っていますので」

「今はこっちにはいないだろう。ボクがその程度の気遣いができないとでも思ったのか?」


 だったらどうしてパーティを追放されるようなことになるのだろう。その答えはイリス自身が見つけない限り誰にもわかることはない。


「もうそろそろお金も尽きるんだ……! そもそも魔法学園の入学金が馬鹿高くてその時点で殆ど一文無しだったし、虫とかネズミが出る安宿に泊まるお金すらも……!」

「本来なら今日辺りには冒険者になれていたはずなんですけどねぇ」

「そうだ! それをボクの才能を理解しないあいつが……」

「ロレンソさんは評判のいい冒険者ですので……言いにくいですがこちらとしてはイリスさんの素行の問題かなと」

「き、君、大人しそうな顔して結構言うな。ボクの心は繊細なんだぞ?」

「これでもギルドの受付嬢ですから」


 確かに言われてみれば、冒険者なんてのは荒くれ者が多い職業でもある。で、あれば日常的にそれらを相手にしていれば、嫌でも強かになるというものなのだろう。


「いや、しかしだね。君達はこのうら若き乙女であり、しかも魔法においては他に類を見ない才能の持ち主であるこのボクを、不当にも路頭に迷わせるつもりなのかい? これは人道的な問題には留まらない、君達にとっての大きな損失でもあるのだよ!」

「えーっと……」

「ほら、いつもそうだ! 君達のような市民は、ボクのような天才を奇異の目で見てその真意を知ろうとしない。いいかい、ボクはもっと大きなくくりでの話を……」

「いいですか、イリスさん」


 勢いつけて話し出そうとしたところを、鋭い声が留める。

 それが目の前の大人しそうな少女から出た声であることに、最初イリスは気が付かなかった。


「そもそも、冒険者ギルドは貴方を讃えるための場所ではありません。例えどのような才能を持っていて、どんな実績があろうとここでは一人の人間として、力を示さなくてはならないのです。魔法学園に入れたのですから、受験はしたのでしょう?」

「……あ、え、うん……」


 いきなりの反撃に、イリスは目を白黒させて辺りを見る。助けを求めるような視線だが、当然ここでイリスを助けるような人はいない。


「で、あればそれを心がけた行動を取るべきだったんです。貴方にはチャンスが与えられた。でもそれを棒に振った。自分の選択で、です」

「……う、うぅ……」


 じんわりと、イリスの目に涙が溜まっていく。

 イリスという少女は、正面から詰め寄られるのには弱い。普段なら軽くいなせるかも知れないが、今日ばかりは切羽詰まっているのもあった。


「じゃ、じゃあボクはもう路頭に迷うしかないのか? 寒空の下で寝るしかないのか? 野良犬みたいな生活するしかないのか?」

「今は春先なので、温かいとは思いますよ」

「うわーん!」


 その一言が追い打ちになって、イリスは泣きだしてしまう。

 魔法学園にて一部では最高の天才と謳われた彼女だが、見ての通り性格には多分にして問題がある。


「……一応、お仕事自体はありますけど」

「本当か? たまには泣いてみるものだな!」


 ユスティにじろりと睨まれて、慌てて口を噤んだ。

「そ、それでボクがやる仕事と言うのはいったい何だい? 魔法に関することならば任せておきたまえ。この街にいるありとあらゆるぼんくら魔導師よりも最先端で、最高の結果を約束しよう」

 先程までの態度は何処へ行ったのやら。イリスはカウンターに寄り掛かるとユスティの手を取ってそう捲し立てた。


「いえ、イリスさんにやってもらうのはそういったお仕事ではなくてですね」

 優しく手を退けてから、ユスティは一度奥に引っ込む。

 その手に持ってきたある道具を見て、イリスの表情は悲哀に沈むのだった。


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