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切り捨てられたもの

 ウィルベーラ魔法学院、学長室。

 そこに訪れていた若い教師は、かつてはイリスの担任をしていた人物だった。

 年若き、才気溢れる女魔導師。そう評される彼女は、魔法学園の若手の教師の中でも指折りの実力者でもある。

 そんな彼女が学長室を訪れたのは、イリス・ノルダールに対する全ての退学処理が終わったことの報告だった。

 皺の刻まれた顔に、白髪と白い髭。

 見た目からは年齢を感じさせつつも、その魔法の力に少しの衰えも見せない老年の学園長は若き教師に問いかける。


「君は、イリス・ノルダールを見てどう思った?」


 教師は一瞬、答えに詰まったが、ここに当の本人はいないのだと思いすぐに正直な思いを口にした。


「問題児であったと思っています。彼女は、自らの成績不振を解決するために、幾つもの禁術に手を出しました」

「……そうか」


 学園長が深く息を吐く。


「あの、どうしました?」

「わしは君に、高い才能を見出している。それに努力を重ねて、この魔法学園の教師になってくれた」

「光栄です」

「だが、そんな君でも彼女のことを見抜けなかったのか」

「それは、どういう……?」


 学園長の表情は、当然だが冗談を言っているようなものではない。

 だからといって彼女に対して落胆しているようでもなく、敢えて言うのならば後悔しているようであった。


「彼女は一度も禁術を試験に用いていない。この学園に封じられていたあらゆる禁断の秘術、本来ならば一つに触れるだけで人としての精神や、下手をすれば形すらも失わせるほどのものだ」

「……それは、存じております」


 恐らくは目の前の学園長は、その禁術すらも操れるのだろう。

 彼女自身は、それに触れるどころか、魔導書を見たこともない。一度見るだけで魅入られ、取り込まれると言われているからだ。


「イリス・ノルダールは幾つもの禁術を読み解き、理解し、そして使わなかった。彼女にとってはそれすらも、取るに足らない魔法だったのだ」

「……そんな馬鹿なことが! だって彼女の成績は……!」


 禁術を理解し、操れる。

 そんな魔導師がいるとするならば、間違いなくこの学園でも上位の成績に入るはずだ。

 だが、イリス・ノルダールの成績表を見ても彼女がその生徒には思えない。

 魔法の実践における成績は高いが、座学に関しては下から数えた方が早い。ついでに運動能力に関してはほぼ最下位だ。

 その実践魔法とて、ある理由があって成績トップではない。


「あの子は、魔導式を描くことが苦手でした。言葉も文様も覚えられず、魔導書にも殆ど目を通さず」

「……彼女が魔導書をあまり読まなかったのは、一冊を読みそこから理論を構築してしまえたため。他者の理屈は必要なかったのだ。そして魔導式に関しては、イリス・ノルダールは魔法の発動に魔導式を必要としていない」

「……そんな馬鹿な話が……!」


 魔導式は、魔法を発動させるうえで重要な役割を持つ。

 世界に満ちる力と呼ばれる魔法の元、マナを引き寄せたり定着させたり、望む形に変化させ安定させる。それらを行うために必要なのが、魔導式なのだ。

 だからこそ多くの魔導師達は愛用の道具を持ち、ローブや魔法道具を身に着ける。

 魔導式がなくてもマナを操れると言う話自体はあるが、それもほんの初歩的なものだ。

 事実、この女性教師も素手で発動させられるのはマジック・ミサイルの下位レベルが精々だ。


「なくても魔法が使えるのに、それを学べというのもおかしな話だろう。……いや、学園としてはだとしても学ぶべきではあるのだが」

「それは、確かに……その、彼女は問題児でしたから」


 実際、できるからと学ばなかったのはイリスの落ち度だった。


「で、ですが、それはつまり……あの子は」

「……ああ。天才を超えているよ、規格外の存在だ。そんな彼女が何を見て、あのような奇行に走っていたのかは知らぬが」


 イリスはある日から、学園で幾つもの禁術を学びだした。

 それを何度も学園側から注意され、そこに普段の態度や成績など諸々の問題が重なって追放処分となった。

 少なくともこの学園にいる者の大半が、そう思っていることだろう。


「実際のところは」


 学園長が、それを口にする。

 彼の立場からして、決して言ってはならぬ言葉を。

 そう思えるだけの才能、それを理解させてしまうほどの魔力。

 例え魔力を封じられていても、彼女はそれを解決するだろう。そんなものは、気休めにもならない。


「取るに足らぬと切り捨てられたのは、我々なのだろうな」


 願わくば。

 彼女の真の目的が、その力が人間に向かないことを祈るばかりだ。


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