表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四番通りのマスターワーカー  作者: ゼッケイ・カーナ
8/27

蛇剣抜刀

 一日の終わりが始まる夕暮れ、サファイアは作物を盗み逃げ出した野菜泥棒に立ち向かう。その姿がはっきりと見えてくる距離になると彼女は大きな声で汚らしい姿の男達へと叫んだ。


「そこの泥棒止まりなさい! ここは騎士が巡回している警備区域、逃げ場所は無いわよ!」


 だが止まらない。たかが女と侮っているのだろうか、それとも聞こえていないのだろうか。猪突猛進で眼前までやってきた犯罪者へと、彼女は剣を引き抜いた!

 すると男達は情けない声を上げて後ずさりする。彼らへと向けられた剣は銀白色の美しい刀身を持ち、一見すると観賞用の芸術品のようでもあったが、刀身の等間隔で刻まれた合わせ目のような謎の筋がそうではない事を証明していた。


「剣を抜くとは思ってなかったのかしら? 野菜(それ)を早く元の場所に戻して、大人しく捕まりなさい。手荒な真似は面倒だわ」


「剣がそっちだけのもんと思うんじゃねえぞ! こっちにはこれがある!」


 そういって泥棒の一人が取り出したのは汚らしく小さい筒。手に収まるサイズのそれを握ると、筒の端から白色の閃光を放つ眩い魔法の剣が現れた。彼女はそれを見てぽつりと呟く。


魔動剣(マジックソード)……最近やたらと増えた違法な魔道具……」


「へへッ! こいつは試作品でなぁ……出力調整が上手くできてないんだ。その綺麗な顔、真っ二つにしちまっても悪く思わないでくれよ? ケッヘヘヘヘ!」


 品のない笑いを上げる彼らを気にする様子もなく、サファイアは魔動剣を視界に捉え続ける。そして彼女はゆっくりと屈むような動作をし始めた。睨み合いの中での奇行とも言える謎の行動に、彼らの思考が麻痺した瞬間を彼女は見逃さなかった。

 地面を抉る勢いで土を握りしめると、男の目へと素早い動きで投げつけた。突然叩きつけられた開戦の合図をまともに喰らってしまい視界を奪われ、次の瞬間には剣を握っていた右手首を切り落とされてしまう。更にとどめと言わんばかりに右手から放たれた裏拳が顎へクリーンヒットし、男は痛みを感じる事なくそこで意識を失った。

 力強く、鮮やかで、手段を選ばない連撃により仲間の一人が無残にも散る様子を目の当たりにした一人は逃げ出し、もう一人は果敢にも掴みかかろうとする。だが相手が掴みかかるよりも早く、サファイアはその首を掴んで体を持ち上げて宙づりにし、まるで人形でも振り回すかのように軽々と地面へと叩きつけた。

 残りの一人が逃げた方を見れば、狙いを定めるクレイの姿が目に入る。彼女は何も言わずにアイコンタクトを送ると、察したの彼は武器を下した。そして彼女は剣を右手に持ち替えると、突きを放つ構えを取って詠唱を始めた。


宝飾(ジェムチャント)【ダイヤ】……解除(リリース)ッ!」


 二つの魔法の詠唱と共に放たれた突きにより、彼女の剣は驚くべき変化を見せる。その刀身はダイヤの如き輝きを持ち、筋の部分から割れて中から黒い紐が顔を覗かせながらなんと倍以上の長さまで伸びたのだ。クレイは目の前で披露されたギミックに思わず言葉が出る。


「蛇腹剣!? 実用できる物があったんだ……!」


「ジャバラ?」


「一本の剣で遠近の両方に対応しようとした野心的な武器です。でも机上の空論に過ぎない上に使いづら過ぎるとの事で誰も持たなかった武器なんですが……まさか使える人がいたとは」


 放たれた刃は瞬く間に男の背後に到達し、獲物に巻きつく蛇のように拘束した。縛りを解こうとする相手に対し、彼女ははっきりと忠告する。


「しつこいようなら刃を立てて細切れよ。そうなりたかったらそうしてなさい」


 吐き捨てるような言い方に男は震えながら「降参だ……」と観念した。見合ってから一分経ったかどうかの短時間で彼女は見事に三人の盗賊を鎮圧したのだ。全てを終えた現場に巡回の騎士が全速力でやって来る。


「おぉ! よくぞやってくれた!」


「ん? その声……貴方ひょっとしてジョニー? 久しぶりね。十五の時以来かしら」


 振り向いた彼女の顔を見た瞬間、ジョニーと呼ばれた騎士の顔は青ざめ、その場ですぐさま跪いて流れるように謝罪し始める。


「申し訳ありません! まさかサファイア様がおられるとはつゆ知らず、とんだご無礼を……!」


「いいわよ、別に気にしなくても。今の私はワーカーだし……でもそうね。その右手首がない男の治療をしてもらおうかしら。無刻印の魔道具を持ってたから落としちゃった。止血はできるでしょ?」


「っは!」


 ジョニーの治癒魔法による治療が終わった後、騒ぎを聞きつけやってきた他の騎士達により連行されていく盗賊達を眺めるサファイアの元へクレイとミリアが感心しきった顔でやって来て、心からの賞賛を送りだす。


「凄いですねサファイアさん! あっという間に倒しちゃって!」


「特に最後の拘束はお見事でした。貴重なものを見せてもらいましたよ」


「お、おいお前達! サファイア様になんと馴れ馴れしい……!」


 三人の間に割って入ろうとする彼の肩をサファイアがグッと掴み、呆れかえった声で止める。


「言ったでしょ? 私は今はワーカー、その人達は今回の仕事を一緒にする同業者よ。だから私の身分は関係ないのよ」


「しかしですな……!」


「やっぱり、上流階級の方でしたか。サファイアさん」


「……気づいてたの?」


「所作から下流階級にはない気品と清潔感がありました。それに何より装備の質が高かったですから。消耗する場面が多いワーカーは買い替えやすいものを好むんで、一点物は使いたがりません」


「なるほど……まだ甘えてるってことかしら……駄目ね、私」


 観念したような表情でため息をつくと、それまで以上に凛とした表情で彼女は改めて自分の名前を口にする。


「バレてるのに隠すのも失礼よね。私の名前はサファイア・マッケンジー。マッケンジー家の次女で、ワーカーは自分を鍛える為にやってるわ」


「マッケンジー……マッケンジー……? マッケンジー!? え、あのブラッド・マッケンジーのマッケンジーですか!?」


 妙にらしくない慌てぶりで質問するクレイに対して、サファイアはどうしてそんなに慌ててるのか分からないといった感じで答える。


「えぇ、ブラッド・マッケンジーは私の兄よ。父親は違うけど」


 ブラッド・マッケンジー。それは王国を護る騎士団の団長を務めるノブリス最強と称される騎士の中の騎士であり、剣を握る事を選んだ者であれば誰もが憧れる英雄でもあった。サファイアはそんな男の妹である。ワーカーとして大成する事が夢である自身ですら一度は憧れた大物の登場に、彼は唖然とするしかない。

 そんな彼とは対照的にそういった事を気にしていない様子のミリアは率直な疑問を投げかける。 


「それにしてもよくお一人でワーカーになる事を許されましたね。上の人達ってこういった危ない場所には自分達で来ないイメージがありますから……もしかして教育ってやつですか?」


「自分の意思よ。姉様は最初から認めてくれたし、兄様には稽古をつけて貰った上で認めてもらったわ」


 そこまで言った所で彼女の顔が曇りだす。苦虫を嚙み潰したような表情で何かを押し殺すよう、絞り出すような声で言った。


「……私は、強くならなければならないの。どうしても、絶対に……!」


「サファイア様、まさかまだあの事件を……あれはしょうがなかったではないですか。貴方様はまだ年端もいかない少女。反撃する力はどこにも……」


「……そうよ、仕方なかった。でもね、それでも……割り切れないのよ。後悔が頭にこびりついて離れないの。だから、誰にも頼らない強さが欲しい」


 切羽詰まった様子の彼女をジョニーは悲し気な目で見つめる。サファイアは深呼吸をして自信と気丈さに満ちた表情に戻すと、落ちていた白い筒に目をやった。


「ジョニー、あの白い筒は兄様に報告して渡しておいて。見た感じ、魔力の収束率は高くなさそうだったけど良いものではないわ」


「無刻印……まったく、いやに物騒になってきましたな。単なる偶然であればよいのですが」


「その為の貴方達でしょう? 期待してるわ。それじゃ私は依頼があるから、また会ったらその時はお茶でもしましょう」


「えぇ! 楽しみにしておきます。……サファイア様、くれぐれも無茶はおやめください。ブラッド様も私も、悲しむのはごめんですから」


 別れの言葉を交わした後、三人は()()の下準備の続きをしに戻っていった。



 ※  ※  ※



 鮮やかな夕暮れも終わり、明かりがなければ伸ばした手も見えないほどに暗い夜がやってきた。今日は曇りであり、月はおろか星すら見えない。

 農耕地区の住人は朝が早い。なのでこの時間にはもう火を消して眠りについているのだが、その中で煌々と燃える一角がある。そこには船を漕ぎながら火の番をしているミリアの姿があった。


「ミリアさん、交代の時間よ」


「んぅ……? じゃあ、後はお願いしますねぇ……ふわぁ……」


「えぇ、おやすみなさい」


 近くにあった納屋にふらふらと入っていくミリアを見送ったサファイアは燃える焚火へ薪を投げこむ。彼らがとった作戦とは至極単純な、朝が来るまで交代しながら見張り続けるというもの。

 魔獣が来たと思われる方角に眼を向けるが異常はなし。門の上から見張っているであろう騎士達が灯す火が視界に入るが、どうにも心許ない印象を彼女は受けていた。


(今日は一段と暗いわね。雲が晴れてくれれば効果はあるのでしょうけど、恐らく気づく前に門を破壊されたらどうしようもない……)

「……静かだけど、似てるわね。あの夜と」


 手入れをする為に剣を引き抜き、じっと見つめる。脳裏に過る恐怖を、心の中で己を鼓舞しながら押さえつけて腹を括った。


「でも、あの時とは違う……違うの……だから大丈夫よ。きっとそう、大丈夫……」

(ここで魔獣を、私一人で倒して証明するのよ! 守られるだけの存在じゃないって……私のせいで誰かを傷つける事になるような()()はもうないって……!)


 焚火で照らされる彼女の顔は不安を抑えるように、強張っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ