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四番通りのマスターワーカー  作者: ゼッケイ・カーナ
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小競り合いの予感

「で、昨日は結局出て来なかったと」


「そうなんだよ。ビビってここから離れてくれてたら、それで良いんだけどねぇ……」


「残念ですけど、それは多分ないと思います」


 真顔でクッキーを齧りながら非情な現実を突きつけてきたのはミリア。そのまま茶をくいッ飲み干すと、彼女は続けた。


「熊は臆病ですけど、魔獣化せずともとにかくしつこい。餌だと思われたものは絶対に手放せっておじさんに何度も言われました。でもだとすると昨日現れなかったのが不思議ですね」


「畑にまだキャベツは残ってるし、三人に残っておいてほし……」


 何かが階段から盛大に転げ落ちるような音がソフィアの言葉を遮る。突然の事にトムとミリアは驚いて反応が遅れていたが、サファイアとクレイは音が聞こえて直ぐに動き出し、ソフィアもその後に続いた。

 最速で向かった二人の目に映ったのは逆さまになった小麦色の肌の若い男だった。彼の右腕の肘から先は存在せず、代わりに巻かれた布が痛々しさを感じさせる。


「ベッジ! 部屋を出るんじゃないって言ったでしょうが!」


「でも(かあ)ちゃん……」


「早く部屋に戻って休んでな! まだ二日しか経ってないんだよ!」


「……ごめん」


 鬼気迫るソフィアの言葉に彼は何も言い返せずにすっかりしょぼくれていた。そして母親に言われるまま部屋に戻ろうとしたが、立ち上がれない。その様子からサファイアとクレイは彼がどうやら脚を強く打ってしまったという事実を知った。


「言わんこっちゃない。歩けなくなったらどうするんだい!」


「ソフィアさん、ベッジさんは僕達二人がお連れしておきます。その間にミリアさんに色々お話しておいてくれませんか? 農耕区の人達同士ならスムーズに進むと思いますから。サファイアさん、手伝ってくれますか?」


「え? えぇ」


「すまないねぇ。そんな事までさせて」


 二人は両サイドから彼の肩を担ぐと階段を昇り、彼が指さした方の部屋へと入っていく。ベッジの私室と思わしき部屋は藁をたっぷりと敷き詰めたベッドと机と椅子、それに小さな本棚だけのこじんまりとした印象であった。

 二人に介抱されながら椅子に腰掛けた彼は深くため息をつく。


「やっぱもうダメなのかな俺……」


「脚は大丈夫ですか?」


「あ、あぁ……これより酷く打った事は何度もあるから」


「なんで階段から落ちるような事をしたの?」


 サファイアからの問い掛けに彼の表情はより一層暗くなり、生気の失った声で答えだした。


「……動いてないとさ。気が狂いそうなんだ」


「気が狂いそう?」


「あの晩、俺は右腕を失った。運よく治療できる人間がいたからその場で治せたけどこのざまだ。これじゃもう家業は継げない。俺は農業を誇りを持ってやってたんだ! きついことばっかだけど、俺だからできる事があるって……でも、もうそれはないんだ」


 ベッジが窓の外へ目を向ける。そこからは畑がよく見え、収穫を待つ鮮やかな作物が所狭しと並び、彼はそこをどこか遠くの方を見るような目で眺めていた。


「昨日、一日中ここで横になってずっと考えてた。これからどうなるんだって……なんも分かんなくて、不安だけが確実に感じられて、心が押しつぶされそうなんだ。なにか、なにかして気を紛らわしたい……でも、なにをしたらいいのか……」


 そこまで言った彼の手をクレイがそっと両手で包み込む。驚きで見開かれた目に、クレイは真剣な眼差しを向けながら言う。


「……どういった言葉をお掛けしていいのか、僕には分かりません。もし出来ることがあるとすれば魔獣を討伐して貴方の右腕の仇をとることだけです。ですから、お辛いかもしれませんがその時の事を話していただけませんか?」


 ※  ※  ※


 日は傾き、日中の明るさと夕方の暗さが入り混じる時間。雇われたワーカーの三人はシンプルかつ古典的な方法で襲撃に備えていた。借りた鉈で薪を割りながらミリアはぼやく。


「うーん、それじゃあトムおじさんが言ってた内容とほぼ変わらないですねぇ」


「まぁ無理もありません。興奮してたでしょうし、そういった時の記憶は曖昧になりがちだと師匠も言ってました。ダメ元ではありましたけど……とはいえ聞いた以上は約束は守らないといけません。必ず討伐しますよ」


「それでミリアさん。貴女の方は何か収穫あったかしら?」


「ソフィアさんと話している時に、ちょうど巡回の騎士さん達が近く通ってるのが見えてんで話しかけてみたんですよ。それで色々聞いたら、どうにも最近森の中で行方不明になる事件が多発してるみたいで……騎士団の中じゃ魔獣が原因じゃないかって話もあるみたいです」


「……狩らなければいけない理由が増えましたね」


「にしてもなんで騎士団の人達って魔獣狩りをしてくれないんですかね? 装備だってそこら辺のワーカーよりも上等じゃないですか。なんでワーカーに任せっきりなんでしょう?」


「騎士の装備は対人用に絞ってるからよ」


 ミリアの愚痴に答えたのはサファイアだった。彼女は淀みのない口調ですらすらと説明しだす。


「元々、魔獣退治は危険な場所での仕事が主なワーカーの小銭稼ぎのような立場だったの。それに対してノブリスの騎士が担っている役割は治安維持に国の防衛よ。あの山の中の都市まで攻めてくる魔獣は居ないけど、許可の刻印がされていない魔道具を利用して犯罪を犯そうとする人間は居るわ」


「そういえばこの間も居ましたね。無刻印の魔道具を履いてたのが」


「あぁ! 私が髪を千切ったスリ!」


(髪を千切った?)

「だからそういった相手を想定した装備がスタンダードになる。人間を確実に、正確に、素早く仕留める事に特化しコストも意識した装備じゃ魔獣相手には火力も防御力も不足するの。装備を作るのだってタダじゃないし、それならノウハウのあるワーカーに高額の報酬金を渡して相手して貰った方が確かだで安上がりなのよ」


「へぇ、やっぱりそれなりに理由があるんですねぇ」


「それにしてもサファイアさん、ずいぶん騎士団に……」


「野菜泥棒が出たぞ! 誰かそいつら捕まえてくれぇ!」


 穏やかな夕暮れを引き裂く叫びが木霊し、三人はすぐさま武器を手に取り立ち上がった。とりわけミリアの眼には燃える炎の如きギラつきが宿っている。


「せっかく丹精込めて時間かけて作った物を……! 許せません! 喉元ぶっさしてやりましょう!」


「ミリアさん。身を守る時と国選依頼以外での殺人は牢屋行きですからやめてください」


「二人共、悪いけど私一人に任せてくれないかしら?」


 サファイアからの謎の申し出にクレイは訝し気な表情で質問を投げ返す。


「あっちから走ってきてる影でしょうけど、複数人居ますよ。こちらも複数で行った方が確実では?」


「……そうね。でも私に任せてくれない? 銃なら遠くに居る方が狙いはつけやすいでしょう?」


(これ剣でもあるんだけど……まぁ、この中では唯一の遠距離もできる武器。理には適ってはいるかな? にしても妙に圧を感じる言い方だなぁ)

「分かりました。でも、貴方が変に逃がしてこちらが命を奪わねばならない状況になったら責任取ってもらいますよ」


「えぇ、もちろん……それぐらいじゃなきゃ意味がないわ」


 最後に彼女が呟いた言葉に違和感を覚えながらも静かに武器を構える。剣吞な会話を黙って聞いたいたミリアは不安そうに言葉を漏らした。


「ほんとに大丈夫なんですか……? 会ったのついさっきですよ?」


「少なくとも自信がある言い方でした。それにあの鎧、どうにもデザインが騎士団の物と似てます。やけに詳しかったですし、品もある……高貴(そっち)の筋なんじゃないでしょうか。だとすれば剣術も習っているでしょうから」


「私にはよく分かりません……」


「いざとなればチェーンハウンドがあります。この子は優秀ですから任せてください。ミリアさんは周囲の警戒を、三人だけとは限りませんから」


 後ろから見つめる二人ヘ振り向くことなく、サファイアは野菜泥棒達の進路上に堂々と立ち塞がる。夕焼けに照らされる農道で波乱が起ころうとしていた。


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