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四番通りのマスターワーカー  作者: ゼッケイ・カーナ
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猪突魔進

「フガッ! フガッ!」


 森の主は腹を満たす為に目に入ったものを貪る。木の根、木の実、虫、あらゆる物をその口で砕いていく。

 そこへ一人の見覚えのある不届き物が腹立たしい顔でやってきた。


「いやぁ! この時期のシュガリーはホ・ン・ト、美味しいですねぇ!」


 小柄な体格に明るい茶色のミディアムヘアを、蝶々結びの飾りが付いた髪飾りで留めた不届き物は、主の縄張りにある果実を容赦なく頬張る。


「お? 怒っちゃいました? いやぁ、でも別にこれ名前書いてないし貴方のじゃ……」


 そんな人間の道理は知ったことではない。強いものが全てを奪い、所有権を得るが大自然の掟。主はその掟に従い、怒りに身を任せて駆け出した!


「来た来た来た来た来た!!! 農家のパワー舐めんな!!!」


 かくして魔獣と少女の命がけの追いかけっこが幕を開けた。

 一方その頃、その様子を持っていた望遠鏡で眺めていたトールは彼女の健脚ぶりに感心していた。


「すっげぇな、おい……ちょっと離しはじめてんぞ」


「あの脚で追いつけなかったって事は、あの魔道具相当な物だったみたいだね。それじゃ位置につこうか……気をつけて」


「こっちの台詞だ。どっちも死にそうなったら意地でも助けてやっからな」


 作戦通りの位置につき、その時が来るのを息を吞んで待つ。そこは森の中でも岩が多い地帯で、二人は特に大きい二つの岩の上に隠れていた。

 ギリギリまで道具の様子を見る。不備がないか、調子はほんとにいいか、僅かな時間が許す限り、何度も。

 そして、その時が来た。


「来ましたぁぁぁぁぁぁぁぁ! ぁぁぁぁぁ脚が死ぬぅぅぅぅぅ!」


「気合い入れろクレイ!」


「もちろん! 魔弾【チェーン・ハウンド】!」


「ぎょぉうぇッ!!」


 クレイの放った魔弾がミリアの腰に巻きつき、彼女を岩まで引き上げる。突如少女が見せた大跳躍に魔獣が驚いた隙を突き、トールがミリアから借りた槍を構え突撃した。


「土手っ腹ならよぉ!」


 丁寧に研がれた槍の穂先が魔獣の厚い腹の皮を貫いた。しかしここで終わらない。ここからがトールの本領なのだ。


「魔獣化しても生物いきもん生物いきもんだ! 内臓に電気はよく効くだろ! 属性付与(エンチャント)【サンダー】!」


 槍の柄から穂先へ、穂先から内臓へ、付与された雷の魔力が伝播し、魔獣を内から激しく攻め立てる。しかし毛からプスプスと煙を上げるほどの電流を受けながらも、魔獣の眼には溢れんばかりの闘志が宿っており、鋭い眼つきでトールを睨みつける。

 その様子に、トールから思わず笑いが漏れる。


「おいおい、ずいぶんタフじゃねぇの……!」


(視線が切れた……今だ!)


 岩から飛び降り、クレイはチェーン・ハウンドを魔獣の股下に通るように放つ。鎖の猟犬は背後にあった木に噛みつき、そこへ飼い主を手繰り寄せるように高速で巻き上げる。

 背中が岩に擦れる痛みも気に留めず、巨体だからこそできた腹と地面の間の空間に彼は滑り込むと、魔獣の喉へと剣を突き立てた!


(ミリアさん曰く、心臓は腹側の前方にある! つまり骨に沿えば……!)

「貫いてくれ。魔弾……【ラピッド・レイン】!!」


 滑り込んだ勢いのままに、腹と骨を引き裂きながら体内へと雨霰(あめあられ)のような弾丸を叩き込み続ける。僅か数秒、ほんの一瞬の交差。

 魔獣の巨体をすり抜け、振り返って銃剣を向ける彼の目に映ったのは……血を流しながらも未だなお立ち続ける魔獣の姿であった。


(仕留め損ねた……!?)

「魔弾ッ!」


「落ち着け。クレイ、成功だ」


「……え?」


 トールが槍を引き抜き、蹴りを入れると魔獣は力なく倒れ伏す。森の主は仁王立ちで絶命していたのだ。

 その事実を知り、クレイはその場に腰を下して深いため息をつく。安心したのか、どっと汗が出始める。


(背中(いった)いなぁ……治療代高くつくかも)

「どう? 安くなっちゃいそう?」


「いい額になりそうだぜ。立てるか? 見てみろよ、これ」


 痛みを堪えて立ち上がり見に行った死体の腹には奇妙な傷があった。傷の広がり具合がクレイの進行方向とは真逆だったのだ。


「喉に近い辺りからほぼ無傷で、心臓を過ぎた辺りから新しい傷になってるな……」


「切れたその場から治っていったって事? 凄い治癒力だね」


「流石は魔獣ってとこか。まぁ、お前も流石だぜ。心臓をちゃんとぶち抜いたんだからな」


「骨を削りながら祈った甲斐があったよ……ドロウさん! ミリアさん! もう大丈夫ですよ!」


「さぁてクレイ。魔獣の扱いはこっからが大変だぜ? もう一回気合……背中血まみれじゃねぇか!?」


「え? ……あ、ほんとだ。そりゃ痛いや。あはは」


「早く包帯巻け!」


 命懸けの一瞬の激闘を制した後の雰囲気はどこか和気藹々としており、その様子を眺めていたミリアは自分が入り込んだ世界の現実に戦々恐々としていた。


(安全なとこに居たのに、一瞬の勝負だったのに、それを見てるだけだったのに……まだ体が震えてる)

「やばい選択しちゃったかも……」


「ミリアちゃーん! こりゃ良い臨時収入になるかも知んねぇぞぉ!」


「ほんとですか!?」

(やっぱいい選択かも!)


 ※  ※  ※


 空がオレンジに染まり、太陽が落ち始めた頃、二人のワーカーがジョッキを煽りながら賭けをしようとしていた。スキンヘッドのワーカーは言う。


「なぁ、今朝出た新人共。あいつらは依頼成功させると思うか?」


 ボサボサ髪のワーカーはニカッと笑い、こう返す。


「賭けるか? 俺は失敗するに10(ゴルド)だ」


「おいおい今月厳しいんだろ? じゃあ俺は成功するに10だ」


「あら? 面白そうな話してるじゃない。私も混ぜてよ」


 そこへやってきたのはマリア。その手にはジョッキが握られ、それをテーブルにドンッと置くと興味津々な様子でテーブルにもたれ掛かる。


「あの新人ちゃん達の話かしら?」


「あぁそうだよ。失敗するか成功するかで賭けやってんのさ。因みに俺は成功する方だ」


「最初は失敗ってのをするもんなんだよ。それでも大丈夫なようにあの依頼をマリアちゃんが回したんだろ?」


「んー、まぁそうね。じゃあ私は大成功に賭けるわね。15で!」


「流石マリアちゃん太っ腹! 細いけど!」


 その時、ドアが勢いよく開かれる音がワーカーズ・ギルド中に響く。誰が来たのかと全員の視線が向けられた先にいたのは、果実が一杯の籠を背負い、汗だくになったクレイ、ミリア、トールだった。

 疲れ切った三人をマリアが太陽のような明るさで迎える。


「も、戻りました……!」


「三人共お帰りなさい! 新人ちゃん、初仕事はどうだった?」


「つ、疲れました。色々……」


 マリアが違和感を覚える。新人のミリアならともかく、経験のあるクレイとトールの二人も汗だくなのだ。果実を採ってくるだけでこんなになるのだろうか、と不安になった彼女はトールに事情を聞き出そうとする。


「トールくん。何かあった?」


「い、今は喋れねぇ……表に追加納品分があるんで見てください……」


「追加納品? 他になにを採ってきたのよ」

(というか表が騒がしいわね?)


 扉を開け、ギルドの前にある特大の成果物を見て彼女は最初絶句したが、その顔がだんだんと満面の笑みへと変わっていく。

 三人はとんでもない事をやらかした。その事実にマリアの興奮は一瞬で最高潮に達した。


「二人共! 賭けは私の勝ちみたいね! みんな、よく聞いて!」


 マリアはギルドの中央に設置された調理場に戻り、高らかに告げた。


「あの三人は魔獣を討伐したわ! それも一人は今日ワーカーになったばっかりの新人ちゃん! 気分が良いから私からみんなに奢っちゃう!」


 瞬間、建物が揺れるほどの歓声に包まれる。魔獣を見に行く者、興奮で酒を浴びる者、一気飲みして吐く者、討伐した三人に興奮気味に話しかける者、飲むぞ飲むぞと意気込む者。


「すっげぇなお前ら!」


「体高二メーター以上はあんだろ! あんな化け物どうやったんだ!?」


「なぁ今度やる時は俺も連れてってくれよ!」


 三人はしばらくの間、質問攻めに遭い続けた。そうしてその興奮は陽が落ちても覚めず、結局落ち着いたのは月がすっかり顔を出して冷え始めた夜のことだった。

 件の三人はワーカーズ・ギルドの前に立っていた。


「いやぁ、凄かったな。まぁそれだけの事したんだけどよ」


「疲れたね。まさかあんなにもみくちゃにされるとは思ってなかったけど……」


「うぅ……この臭い慣れません……」


「ははは! まぁここで働くんならその内に慣れるぜ、ミリアちゃん。じゃ、俺は明日も休み貰ってくるわ。くっそ疲れたから一日寝たい」


「ごめんね、トール。僕の独立祝いに軽い依頼を一緒にしようって話だったのに」


 その言葉に妙に冷静になったミリアがぎょっとする。自分のせいで危険な目に遭わせたと思ったからだ。彼女は慌てて謝罪の言葉を口にする。


「お二人共すいません! 私の依頼についてきてもらったばっかりに……!」


「気にすんなって! こうやって他のワーカーの依頼を手伝っておこぼれ貰うのもワーカーの稼ぎ方の一つなんだぜ?」


「それにいい経験をさせて貰いましたよ。魔獣討伐って経験のある所に優先的に依頼を回される事がほとんどですから」


「ま、そういうこった。そんじゃおやすみ二人共。クレイ、お前ソロだから宿舎住みだろ? ちゃんとミリアちゃん送ってやれよ」


「え? ……あ゛ッ! そういえばまだ泊まる所に行ってなかったんだ!」


 ミリアの百面相っぷりに二人は思わず大笑いする。疲れと充足感に満ちたまま、トールとはその場で別れた。

 ミリア・ガーランド、大波乱の初仕事はこうして幕を閉じた。

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