老いらくの宝探し
時刻は朝。一日の始まりを感じる淡い光と冷たい空気に満ちた空気の中、二人の男女が汗を流していた。
元は貴族の邸宅であったフォスロドワーカーズのギルドハウスは二階建て、通常の家屋二軒分以上の横幅、更に隣の五番通りに跨る程の奥行きがある。その屋敷の一室には多目的室と呼ばれる広い空間が存在していた。そこはかつてパーティー等を開いていた場所であったが、今はサファイアとクレイの二人が剣同士のぶつかりで奏でる激しい音楽に合わせ踊っていた。
彼女にとって朝の剣術訓練は体操のようなものであり、ギルドハウスでの同居を始めてからその事を教えてもらったクレイはそれを見習って早起きできた日には一緒に訓練をしていたのだ。それはギルドを結成してからほぼ毎日行っており、二人にとっては新たな日常の一部となりつつあった。
訓練も終盤、試合形式による実践訓練はサファイアが優勢に立ち回っている。彼との日々の中で新しい剣の振るい方を考えつき、それを兄から学んだ体系化された剣術に混ぜて通用するかを試していた。
(クレイの動きは体系化されたものではない。恐らくは彼自身が無意識にチューニングし続けて来た我流……でもそれ故に、癖が固まって新しい動きを即座に取り入れるのは苦手。そこを突く!)
彼女は全身をバネにして鋭い突きを放つ。クレイはそれを見切って魔道銃剣の側面で攻撃を受け流し、そこから彼は切っ先でもあり銃口でもある先端を彼女に向けようとした。一見すればこれらの攻防はサファイアが不利である様に見受けられるが、このごく近距離であっても距離を取って銃撃を優先しようとするのがクレイの悪癖であり、彼女が見つけた彼の弱点でもあった。
「な!?」
(剣が動かない! こ、これは……絡みついている!?)
受け流すことでクレイの視界から消えていたサファイアの剣は既にその刀身を半分だけ解放され蛇に様に絡みついており、虚を突かれ一瞬だけ力が抜けた彼から容易に銃剣を取り上げる。そして彼女はすかさず残った短い刀身を彼の首へと添えた。
「……今日は私の勝ちね」
「……みたい、ですね」
決着の瞬間、訓練の中のどの一瞬よりも張り詰めた緊張感のある刹那。その緊張感はまるで破裂直前の風船から綺麗に空気が抜かれるかの様に急速に引いていった。二人は大粒の汗を流したまま、その場へと座り込んだ。彼女の剣はゆっくりと元の形へと戻っていき、彼は銃剣をそっと手に取る。
「はぁ……はぁ……やっぱり、無詠唱はクるものがあるわね……!」
「気付きませんでしたよ。半分だけ解放してなんて、また上達したんじゃないですか」
「いえ……ふぅ……あれは失敗よ。本当ならフルリリースで貴方の首を囲い込むつもりだった。でも……魔力の操作が上手くいかずに刀身が残ってしまった。だから咄嗟に首に置いたの」
「その反射神経は流石ですよ。 ……じゃあ先にお風呂をどうぞ、僕はここの片づけをしてますから」
「いえ、今日は私がやるわ。このところは貴方に任せ過ぎたもの」
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「魔法を上手く扱う方法はだな。魔法を使わないつもりで使う事だ」
朝食の食パンにこれでもかとイチゴジャムを塗った物を頬張りながらアリシアはそう語る。
「どういう意味?」
「健常な人間が日常を送る時に筋肉の動きを意識するか? 神経の動きは? そんなもの誰も意識はしないし、普段は感じる事もない……それと同じだ。特別な事をするという意識そのものがまずは邪魔なんだ。魔法というのはできて当然、呼吸と同じごくありふれた行為という認識を無意識に持つのがスタートラインだ」
「簡単に言ってくれるわね……」
とは言え彼女は魔法の天才であり、これまでの仕事や日常の些細なことからそれは実感もしていた。なのでサファイアはとりあえず今、この瞬間からそれを始めようと思いながら朝食を噛み締める。
「ごちそうさまでした。ミリアさん、スープおかわりします? しないなら僕が洗って……」
クレイが食事を終えて立ち上がった時、ドアの呼び鈴が鳴った。それは敷地の一番外にある柵についた紐と連動しているものであり、依頼人がやってきた事を意味していた。
「……今日はずいぶんと朝早くから依頼が来ましたね」
「クレイさん、洗い物は私がやっときますよ! ささ!」
「すみません。お願いしますね」
クレイは急いで身なりを整えて外へと出る。彼の視界に入って来た依頼人はこの土地ではあまり見ない人種だった。黒い肌に模様を彫りこんだように短く刈り上げられた髪、身に着けた服は奇妙な柄が散りばめられた薄くヒラヒラとした物で、何よりも目を引いたのは日の光をこれでもかと反射し輝く金の首飾りや腕輪。真っ黒な変わった眼鏡を掛けているので目は見えないが、とにもかくにも立ち姿から陽気さと自信やパワフルさを感じる人物であった。
「ここ、フォスロドワーカーズってギルドであってるかい?」
「はい。本日はどのようなご用件で?」
「ちょいとした用事というかね。俺が頼まれた事の手伝いをしてほしいんだが……っと、自己紹介をしなきゃな」
黒い肌の男は眼鏡を外す。その瞳には不敵さに満ちた光が宿り、ともすれば夢を見る少年の様でもあった。外した物を胸ポケットにしまい、襟を正す様な動きをしながら自信に溢れた声で高らかに自己紹介を始めた。
「俺はトレジャーハンターのグレゴリー・グリーバー! またの名をグロリアス・ゴールド! もしくはG・G、好きな名前で呼んでくれ!」
グレゴリーはニカっとはにかんで磨き上げられた磁器の様な歯を見せながら手を差し出した。
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挨拶を終えた依頼人グレゴリーはクレイによって応接間に案内された。四人だけのギルドにしては広く、椅子や机だけでなく大きな地図を張り付けるような木のボードのようなものまである。何よりも彼の目を引いたのは部屋が綺麗に掃除されていた事だった。
「俺が一緒に仕事する奴をどういった奴か判断する材料として、身の回りの物をどう扱っているかを見るんだが、この部屋を見る限り……あんたらは信用できそうだ。物の扱いってのは誤魔化しようのない普段の癖が出るからな」
「それはどうも。こちらお水です」
(そういやノブリスじゃ魔法も活用した水道設備が整ってるって話だったが、こんな簡単に飲み水が出るとはマジっぽいな)
「ちょうど喉が渇いてたんだ。サンキュー」
出された水をまるで高級なディナーでも食べるかのように幸せそうに飲む。最後の一滴まで一気に飲み干すと心の底から安堵したような溜息を洩らした。
「……ふぅ! 腹を壊す心配のねぇ水ってのは世界で一番うめぇな!」
「水でお腹を壊すんですか……?」
「酷い時は便所とおてて繋いで親友にならなきゃな。……で、早速本題なんだが」
フレンドリーで陽気な表情から一転、真剣なプロらしい顔へと変貌する。クレイもそれを察知して依頼を受ける者として背筋を伸ばす。
「ここには別の仕事で来てたんがな。仕事が終わったから昨日の夜は酒場で一杯引っかけてたんだ。んでその帰りに見知らぬ爺さんに話しかけられた。どうやら俺が武勇伝を語ってるのを聞いてトレジャーハンターって知ったらしい」
「そのお爺さんがグリーバーさんの依頼人ですか?」
「あぁそうだ。内容はシンプルな宝探しで、それに俺の経験や技術を貸して欲しいんだとよ。だが話を聞くにどうも……遺跡らしい。ここじゃダンジョンって言った方が伝わるか?」
「……ダンジョン、ですか」
ダンジョン探索。それはワーカー二大花形依頼の一つであり、近年ノブリスのワーカーへの依頼ではめっきり見なくなったものであった。ノブリスでは古代文明の遺跡や詳細不明な巨大建築物の探索の総称であり、中で発見された遺物等は国が買い取る事になっている為リターンが非常に大きい可能性がある。だが同時に発見された遺物、その中でも魔道具に区分される物の効果によってはよくて死亡もしくは致命傷、酷い時には死んだ方がマシと報告される惨事に見舞われる可能性もあるのだ。
そういった事もあってかクレイは渋い顔を見せる。だがそれには他の理由もあった。それはノブリス王国領内では既にダンジョンと呼ばれる物の探索は全て終わっているとされており、今更新しい発見というのが怪しい事だと感じていたからだ。
「浮かないって顔だな。まぁ事情は知ってる」
「そのダンジョンはどう見つけたと聞いていますか?」
「なんでも、道でばったり会った知らない奴から聞いたらしい」
「……そんなの詐欺じゃないですか。一体誰なんですか。そんな分かりやすいのに引っ掛かったのは」
「ガメって名前だったかな」
クレイは頭を抱えた。何故ならばその名前に聞き覚えがあったからだ。
街の人間からガメ爺さんと呼ばれる老人はとにもかくにもケチで金に汚い事で有名で、家に相当量の財産を貯め込んでいる小金持ちである。なにか目的があって貯めているのではなく、金を貯めるのが目的と言われるほどに金に執着している男であるが、それ故に金儲けに関してはオカルトじみた嗅覚を有している事でも知られていた。これによりクレイはほとんど詐欺紛いのこの話に言いようのない信憑性を感じ取ってしまったのだ。
「あのガメ爺さんが……」
「ここに来たのは人数が少ない方がいいってクライアントの意向を尊重した結果だ。あのデカい酒場の姉ちゃんがあんたらを勧めてくれたんだよ。何が起こるか分かんねぇし、実力もあった方がいい。それにここには魔法に詳しい奴もいるんだろ?」
「アリシアさんですか……まぁ、興味はありそうですね」
「呼んだか?」
二人が視線を向けた先にはコーヒーを啜り、トーストを頬張りながら部屋へずかずかと入ってくるアリシアの姿があった。
「どうもミスター・グリーバー。私はアリシア・クラーク、このギルドの一員だ」
「……あんたの娘さんかい?」
「あぁ違う違う、私は大人だ。この魔導書の代償でな。肉体年齢がこのくらいになってるんだよ」
「なるほど、そりゃ納得」
(今ので納得できるんだ……)
「で、先ほど言っていた魔法に詳しい奴ってのは私の事だ。魔法の事ならぜひ聞いてくれ。なぜ私が必要だ?」
「遺跡には未知の魔法が施されている事が多い。今まで見つかったことがないって事は、なにか凄まじい術が施されてる可能性がある。そこでプロの意見を聞きたい。俺も勉強してるがプロじゃないんでな」
「なるほど、じゃあ私が誰よりも適任だな!」
おもちゃを見つけたような眩しい笑顔でアリシアはそう言う。それを不安そうな表情でクレイが見つめる中、彼の中にあった不安は瞬く間に的中した。
「クレイ君、この依頼受けよう。おもしろそうだ」
「おもしろそう!? ダンジョン探索で死んだ人の死体見た事あるんですか!?」
「ある。私が見たやつは脇から腕が五本ぐらい生えてたな」
「……これでもリーダーです。危険すぎる依頼に二つ返事で、はい分かりましたとはいかないんですよ」
「じゃあ私一人で行こう。ギルドで受けて仕事は個人でするのは許可されているはずだ」
「いえ、僕も行きます。一人では行かせられません」
「信用してないのか?」
「預かっているものとしての責任があります」
しばし二人は睨みあう。剣呑とまではいかない微妙な空気の中、先に折れたのはアリシアだった。
「……分かった。頭数は大事だしな。宜しく頼むよ紳士君」
「受けてくれるって事で、いいのか?」
「はい、グリーバーさん。今回の依頼、フォスロドワーカーズがお受けいたします。それでですね……」
そこからクレイは依頼についてのあれこれを相談していった。打ち合わせの最中、クレイ自身の胸中にはやはり拭いきれない一抹の不安と、それとは真反対の期待感がせめぎ合っていた。
だが彼は……いや、そこにいる全員が知らない。この依頼が、その生涯でも忘れる事が出来ないようなとんでもないものだった事を。




