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四番通りのマスターワーカー  作者: ゼッケイ・カーナ
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初仕事-決断-

「ど、ど、どうするんですかこの状況!」


「足止めんなミリアちゃん! ()()に轢かれっぞ!」


 走る、走る、走る。鼻息荒く怒りに燃える魔獣から逃れる為に彼らはひたすらに走る。

 走る、走る、走る。裁きから逃れようとする不届き物に鉄槌を下す為、猪の魔獣はひたすらに走る。

 そんな状況でも、クレイ・フォスターは冷静に事を処理しようと頭を捻っていた。


(猪の頭は頑丈だって聞くけど、どの程度か……!)

「当たってくれ……!」


 剣を引き抜き、迫りくる魔獣へと銃口を向ける。走る最中、照準はブレるがそれでも当たる瞬間は逃さない。彼はここだ、というタイミングで何度も魔弾を放った。だが……。


「なんつう堅さだよ! 傷一つついてねぇ!」


「結構自信あったんだけど……足止めしてみます! 隠れられる場所を!」

(今度はこっちの魔道具(しんさく)を試してみようか)


 クレイは腰にぶら下げていた手のひらサイズの円筒を手に取ると、力を込めて握り締める。筒に刻まれた魔法陣に魔力が充填され、淡い輝きを放ちだす。


「魔獣の方向に目を向けないでください! 光魔法【フラッシュ】!」


 投げつけた筒は魔獣の眉間に命中。それと同時に刻まれた魔法が発動し筒から眩い閃光が溢れ出す。周囲を白く染め上げる程の光を受け、魔獣はその足をついに止める。混乱からか周りにある物をなぎ倒すようにその場で暴れ出した。


「よっしゃ今のうちだ! 走れ走れ!」


 ※  ※  ※


 魔獣の姿が見えなくなるまで走り続け、逃げついた先は……木の上だった。


「とりあえず撒いたみたいだけどよ……おい、あんた大丈夫か? 死にそうな顔してるぞ」


「ヒュー……ヒュー……! い、いつも部屋に籠ってばっかりでしたから……グェッヴォッ!」


「えぇと、画家さん」


「ド、ドロウと言います」


「じゃあ、ドロウさん……とりあえず態勢変えませんか? 落ちますよ」


 もはや気力だけで動いているドロウは枝に掛かっているだけという状態であり、見た目は木にぶら下がった死体も同然である。彼が死にそうな声を上げながら態勢を変えると、クレイは彼に起こった出来事の詳細を聞き出そうとする。


「それでドロウさん。木の実を食べたんでしたっけ? それだけでなんで……」


「分かりませんよ! だってほんとにお腹が空いて食べただけで……」


「あのー……ちょっと良いですか?」


 そこに声を掛けてきたのはミリアであった。未だにシュガリーの実が入った籠と衣服の入ったリュックを根性で掴み続け、なんとかバランスを取り続ける彼女の顔はどこか暗いものだった。


「その実を食べてた時に変な臭いとかしませんでした? その直接的な言い方しちゃうと……糞の臭い、とか」


「……してました。なんか臭かったです」


「やっぱりかぁ! ……ドロウさん」


「はい」


「結論から言っちゃうと、たぶん貴方死にます」


「そんな乱暴な!?」


 あまりに唐突で容赦のない結論にたじろぐドロウ。だがそんな事は気にせずにミリアは続ける。


「普通、猪って臆病で怖い経験をした場所には近づかないんですよ。でも魔獣になると話は別です。性格が狂暴になったり、強気になったり……恐らく、あの魔獣は縄張りにちょっかいをかけられたと思って怒ってるんです」


「じゃ、じゃあ逃げましょう! ノブリスまで逃げれば」


「ダメです! 猟師の叔父さんが言ってました。魔獣はとにかくしつこいのが特徴だって……このまま逃げれば私の故郷の農耕地区に被害が出ちゃいます!」


「おいおい、ミリアちゃん。自分が何言ってるのか分かってんのか?」


 そう言うのはこれまでのお道化(どけ)た雰囲気がなくなったトール。その目は真剣そのもので、その言葉からは実体験からくる重みがあった。


「ノブリスまで逃げないって事はここで魔獣(あいつ)を俺達で討伐するって事なんだぞ? じゃあ、こん中で魔獣討伐で討伐役の経験ある奴は?」


 誰も手を上げない。魔獣討伐は報酬の質の高さ、素材の換金率の良さからワーカーの花形の一つではあるが、同時に死亡する可能性も最も高い危険な仕事の一つでもある。それ故に経験できるのは手厚いサポートが存在するギルドか、よほど金に困った集団を手伝うかのどちらかなのだ。

 どうするべきか、と空気が重くなった時だった。一人の男が冷静な表情を変えずに衝撃の言葉を放つ。


「ミリアさんは故郷に被害が出る事を避けたい。ドロウさんは一刻も早く魔獣から逃げたい。トールは小銭を稼ぎたい。僕は経験が欲しい……じゃあ、やる事は一つ、ですね」


「は……は? クレイ、お前まさか……!」


「一人がおとりになって残りが逃げて、魔獣討伐経験のあるギルドに依頼する、がきっと賢いんだろうね。でもこの場合おとりになるのは僕かトール。魔獣相手に体力勝負は無理だよ。ギルドが到着する頃にはきっと死んでる。それは嫌だ」


 正気を疑う提案だが、クレイの纏う雰囲気はそれとは真逆の落ち着き払ったものだった。彼は更に続ける。


「なら一番確実で安心できる手段は、ここで仕留める事……違う?」


「そりゃ、それが理想だけどよ! でも……」


「討伐役は僕が行く。トールはサポートお願い」


「お前なぁ……!」


 そこからしばらく二人の睨み合いが続き、無言の時間が流れる。高まる緊張感に不安になっていくドロウとミリア。

 先に折れたのは……トールだった。


「くっそ! お前昔っからそうだよな。やるつったら絶対に折れねぇ」


「知ってたでしょ?」


「はぁ……作戦立てっぞ。お前もなんか意見出せよ? 言い出しっぺ」


 そうして行われた樹上での作戦会議の結果、以下のような流れとなった。

 1.ミリアが目の前で採ったシュガリーの実で魔獣を誘導。

 2.所定の位置に到達と同時にトールが雷魔法で魔獣の動きを止める。

 3.魔獣の動きが止まっている間にクレイの魔動銃剣で心臓を破壊する。

 4.ドロウは安全が確保できるまで木の上に残しておく。

 皮を切り裂き、心臓を直接撃つというクレイの提案。かつて討伐のサポート役をした事があるトールの経験。猟師の叔父から教わったミリアの知識。それら全てを合わせた作戦だった。

 先程の逃走劇で一番前を走っていた実績からおとり役に抜擢されたミリア・ガーランドは思う。


家族(みんな)、私の初仕事はシュガリ―の実を集めて納品するだけの楽々お仕事のはずが、いつの間にか魔獣討伐なんて事になっちゃいました。お金稼ぎは楽じゃないです)

「ふぅ……ぶっちぎる……!」


「ミリアちゃーん! 無理はすんなよ!」


「危なくなったらチェーン・ハウンドで救出しますので、存分に!」


 命を賭けた予定外の作戦が始まろうとしていた……!

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