横着の代償
ギルド設立からはや二週間。それまでの苛烈な依頼が嘘のように平和な依頼ばかりが続いていた。荷物運びの手伝い、行方不明になったペットの捜索、臨時の倉庫整理、清掃。魔獣狩りとして名声を高めていた彼らは地道に依頼を積み重ね、戦闘以外においても確かな信頼を獲得していた。そんな順風満帆とも言える日々を送っているのにも関わらず、ギルドハウスの前に立つミリアは不満げな表情を浮かべている。
「やっぱないって、これ……」
「こんなにいい天気の昼間から眉間に皺を寄せるもんじゃないぞ、ミリア君」
「おかえり、アリシアちゃん。もうお昼食べたの?」
「あぁ、旨そうなパスタを作る所があった。あれはアタリだな」
満足げなアリシアはミリアの視線の先へと目を向ける。そこにはギルドハウスを囲む鉄柵に掲げられた看板があり、彼女らのギルドの名前が書かれていた。非常に質素な木版に「フォスロド・ワーカーズ」と。
「君、まだ不満なのか。私達は納得してるぞ」
「いいや! サファイアさんはこっち側! 結構不満そうな顔してたよ!」
「それでも納得したんだから彼女は大人だな。あと文句ならクレイに言ってくれ。名前は何がいいって聞いたら羽ペンでささったコレを書いて渡してきたんだぞ」
「せめて相談のひとつもしてよ!」
「しょうがないだろ! 手続きの行き違いで迅速にギルド設立しないと実態のないギルドの依頼受注とかでお咎めくらう所だったんだぞ!」
門の前で言い合いをする二人、その背後に申し訳なさそうに立つ男がいた。男は二人に声を掛けようとするがヒートアップしていく光景を前にたじろぎ、しかし帰る事もしないまま困っていると屋敷からクレイがやって来る。
「お二人とも、後ろの人を怯えさせてはダメですよ。こんにちは、なにか御用でしょうか?」
「ん? おっと、失敬」
「ご、ごめんなさい!」
男はホッと一息溜息をつき、安堵した様子でフォスロド・ワーカーズに依頼がある事を告げた。
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ノブリス王国は「教会」崩壊後の戦乱時代において膨大な量の領土を獲得し、それらを一切失わずに現代まで続いている巨大国家である。数百年が経った今でも多くの領土に手つかずの自然が残り、人々はそこから生まれる資源の恩恵を受けている。
だがそれは同時に人の目が届きづらい領域が多い事も意味し、各地に監視や防衛を担当する騎士を配置してもカバーしきれていないのが実情である。ゆえに物資を運ぶ者達は国内の輸送であってもワーカーを雇い隊商を組むのがセオリーなのだ。今回の依頼はその隊商の防衛であった。
「……なにも起きんな」
「起きたらダメでしょ。アリシアちゃん」
「まぁそうだが……のどかすぎるというのもアレだな。刺激がない」
いつもと変わらぬ日差し、いつもと変わらぬ涼しげな風。舗装という舗装はされてはいないが、長年人が歩き続けて道となった道を進んでいく。そんな中、クレイは違和感を覚えて馭者に声を掛けた。
「すいません。予定の順路から外れてるようですが」
「あぁ、大丈夫だよ大丈夫! いつも使ってる近道だからよ!」
「近道?」
「ここの森をまっすぐ突っ切ったら町につくんだ。早く着きゃ、それだけ支払いも多くなる」
クレイが身を乗り出して正面を見る。植物が鬱蒼としている中、まるでそこだけを避けるかの様に綺麗なトンネル状になった大きな獣道らしきものがあった。それを確認した彼は渋々といった表情で馬車の中へ戻る。
「大丈夫かしら?」
「危ない気配は感じ取れませんが……不安ですね。大丈夫な道じゃないから順路にならないのに」
「抗議したらどうだ。護衛で雇われてるとはいえ、わざわざ危険へ所に突っ込むバカを守る義理はないぞ」
「前金は受け取っています。それに現状なにも起きていませんから、依頼人に強くは出れません」
「うーん……動物が通った道というより人が通ってる道って感じですよ。大丈夫じゃないです?」
四人の中で森という領域に一番馴染みがあるミリアがそういったので、三人は一旦は納得して仕事に集中し始めた。それからも特にこれといった出来事もなく、ありふりれた仕事を終えられる……はずだった。
近道を通り始めて20分ほどが経過した時、馭者と商人たちが馬車を止めて慌て始めてた。四人は何事かと話を聞くと、もう既に到着していないとおかしい時間なのに全く進んでいないと言うのだ。
「進んでいない?」
「あぁ! さっきから景色が変わりゃしねぇ……おかしいぜ。こんな事、今まで一度も……」
「そ、そういえば最近、この近くを通った隊商が行方不明になったって……」
そう話したのはクレイ達に依頼をした男だった。彼は商人の内の一人でまだまだ駆け出しらしく、初めての状況に対してかなり怯えている様だ。クレイは彼が口走ったその話に食いつく。
「行方不明? どういう事ですか。そんな話は聞いていませんが」
「俺も聞いてねぇぞ!」
「そ、その! 結構な大事だし、馭者は道のプロだから危ない所は避けると思って……!」
「……まさか話してなかったんですか!?」
クレイは思わず大きな溜息をついた。筋肉質な馭者に商人が締め上げられている様を尻目に、彼はどうするべきかを思考し始める。そこにアリシアが声が掛かけてきた。
「みんな、少しいいか」
「なにか分かりましたか? アリシアさん」
「この森、どうにも様子が変だ。かなり巧妙な細工がされている。あれを見てくれ」
彼女はある方向を指さすと、そこにあるのはなんの変哲もない筈の自然。そして「次にこっち」と言って指さした方向に全員の視線が向く。そこにあるのも先ほどと変わらない景色で、一体なにがおかしいのかが最初は誰も分からなかった。
「あ、あれ!? おかしいですよ! まったく同じ景色です!」
「私が言う前に気付くとは流石だな。恐らく幻覚を見せる類の魔法と思うが……まずいな、術を使ってる奴の位置が特定できない。となると心当たりがひとつあるが、それはもっとまずいかもしれない」
顔色ひとつ変えずにアリシアはそう言うが、魔法に対して必要以上の知識を持っていない商人達は顔面蒼白である。それに気付いたサファイアはフォローするように言った。
「そこまで焦ってないということは対処方法はあるという認識でいいのかしら?」
「あぁ、あるよ。見つける事ができればとても簡単だ。だが見つけるのが難しいだろうな。恐らくこれの原因は……自然発生型の魔道具だ」
「自然発生型?」
クレイとミリアは聞いた事のない単語にポカンとしていたが、サファイアはその言葉が自身の記憶の片隅にある事に気が付き、辿っていく。
「……魔法は魔力を特定の形にする事で発生する現象。それゆえに人の手が加わらずとも偶発的に魔法が自然発生する場合があって、更にその性質が特定の物質に宿り人造の魔道具と同等の効果を得た物……だったかしら」
「正解だ! いい教育を受けているな。本当にごくまれに発生する現象だから今じゃ知らない人間の方が多いくらいだ。多分だが、奇跡的な確率で幻覚を発生させる霧状の魔法を発動する魔道具が生まれてしまっている。行方不明になった連中も、この気付くか気付かないかの薄っすらとした霧の魔法にやられたんだろうな」
「……僕の目の調子が悪いかと思ってたんですが、霧が出てたんですか」
「この自然発生型の魔道具が厄介なのは悪意がないところだ。単なる現象だからな。だからこちらに向ける敵意と共に放たれる魔力を検知もできないし、おまけに森そのものが有する魔力を原動力にしているせいか固有の魔力も感じない。せめてなにか手がかりがあればいいのだが……」
「森に魔力があるの?」
「魔力は万物に宿る。目の前にある見えない空気中にだって魔力は漂ってるし、足元の土にも魔力はある。それに森は生命の集合体だ。植物、動物に宿る魔力が食って食われてを繰り返して混然一体となる事で独自の魔力空間を形成するんだ。まぁ、それで魔法が発動するのは稀だがね」
そこまで聞いて、クレイは改めてギルドマスターとしてどうすべきかと考え喋り始めた。
「ひとまず整理しましょう。今僕達は遭難していて、原因は恐らく魔法。第一候補は自然発生型魔道具で、第二は人の手によるものとします。とりあえず……ここを抜け出す方法を考えましょう。皆さん、どうかここから離れないで下さい。見失ったら二度と見つけられないかもしれません」
黙って話を聞いていた商人達に向かって彼はくぎを刺したが、それに対して気がたった様子の髭面の商人が食って掛かった。
「なにを偉そうに! こっちは金を払ってるんだぞ! 雇われならさっさと解決せんか!」
「……気が立つのは分かります。ですがどうか落ち着いてください」
「落ち着いていられるか! チンタラやって遅れて契約が切られたら責任とれるのか! どうせ近道なんだから歩いてたらつくだろ!」
「…………そうですか」
苛立ちというよりも、危機的状況に対して錯乱しているというのが大きいのはクレイ自身もなんとなしに察してはいた。
だが髭面の放った無思慮な言葉にクレイはカチンと来た。彼は前金の金貨が入った袋を漁り始めると、総額から商人の数で割った分だけ中から取り出して男の手に強引にのせた。
「な、なにをする!」
「近道だから歩いてつくんですよね? でしたらどうぞ。ですが、こちらもそんな勝手をする人を守り切る事はできません。なので頂いた料金は返却させてもらいます」
「え、あ……」
「その金貨は今のあなたの命の値段です。その額分頂いた以上は僕達の命でもありますから、仕事は果たします。ですがそうでないのなら、こちらとは全くの無関係……どうなろうと知った事ではありません」
「貴様! い、依頼主を脅すのか!」
「依頼主? 返却しましたから今の貴方は知らぬ人ですよ。もしこれ以上いたずらに時間を消費させるなら殺し……はダメなんで、殴ってそこら辺に置いていきますよ」
そこまで言われて髭面は今の状況よりも恐ろしいものが目の前に居ると気が付いた。クレイ自身は殺さないと言ってはいるが眼は恐ろしく冷ややかで、本人は気付いていない様子だが既に背中の魔道銃剣に手を掛け、いつでも殺す準備ができていると言っているようなものだった。
鬱蒼とした森、目の前の恐怖、手元の金貨。三方向を見回し数巡のち、髭面はげっそりとした顔でクレイに金貨を差し出した。
「す、すまん。これでどうか……」
「……落ち着きましたか。ご安心ください、仕事は必ず」
数分前の気の立ちようはどこへやら、すっかり落ち込んだ様子で商人は馬車の中へと戻っていった。黙って様子を見守っていたサファイアがささやく様に声を掛ける。
「クレイ……貴方、もうちょっと言い方とやり方というものがあったんじゃないの?」
「仰りたい事は理解できますが状況が状況ですから、素早く黙ってもらう方が優先です」
「にしたって……」
「ク、クレイさん! サファイアさん! 何か聞こえませんか!?」
もう一言付け加えようとしたところをミリアが遮った。彼女の言葉に耳を貸し、全員が静かになる。耳に意識を集中させてみると、遠くから何かの音が響いているのが分かった。しかもそれは段々と近づいてくる。
「商人と馭者の方々は丈夫な物陰に隠れてください! いつでも走り出せるように!」
クレイとサファイアが抜刀するのをみてミリアも槍を構える。全員が固唾を呑んで何が起きるのかを見守る中、謎の音がはっきりと聞こえ始めて来た。
「……い! ……か! おーい! 誰か居るのか! 助けてくれー!」
「……まさか、遭難者か?」
幻影の草をかき分けながら現れたのは、馬車を連れた全身土だらけの男達だった。




