昔話~魔法の暗黒時代~
ノブリス王国の首都ノブリスには大きな通りが7つ存在する。その内の一つである四番通りは都市開発の際のミスで二つ出来てしまい、現在に至るまで訂正されることもなく住民からは中央通り側と五番通り側と呼ばれている。クレイ達が報酬として与えられたギルドハウスは、他の通りとは異質な五番通り側に建てられていた。
ラーゴ領での仕事を終えてはや一日、四人は窓のない応接間でゆったりとお茶を飲んでいた。周囲には木箱や麻袋に入った荷物が散乱しており、ミリア以外は疲れた顔をしている。
「いいトレーニングになるなんて思ってたけど、想像の倍は疲れるわね、これ……」
「ミセス・プルーナーが人を寄越してなかったら作業が終わるころには老人になってただろうな……」
「そうですか? 私まだ動けますけど」
「……お菓子ありますけど、食べます?」
クレイからの提案にミリアは「賛成!」と力強く手を挙げる。テーブル上の皿に盛られた菓子を頬張りながらミリアが深い考えもなく質問した。
「そういばサファイアさんと私はノブリス出身で、クレイさんもまぁほとんどノブリス出身みたいなもので……アリシアちゃんってどこから来たの?」
「私か? 私は生まれも育ちも魔道学院国だ。ここに来る前には家に一度帰ってた」
「魔道学院国? 学校なの? 国なの?」
「両方に決まってる。まさか知らんのか?」
「うん、さっぱり」
アリシアは驚き開いた口が塞がらない。それを見たサファイアはそこについての説明を始めた。
「魔道学院国はバラケスという地方にある国よ。魔法学における聖地にして最前線とも呼ばれている場所で、魔法使いを志すのならここを目指せと言われるほどよ。私の友達の一人も今留学してるわ」
「最初の魔法使いと呼ばれたプリギエーラという女性がいてね。その人が開いた青空教室がどんどん大きくなって、最終的には国と扱われるほどの規模と国力を手に入れた。今じゃノブリスと並ぶ重要国家のひとつさ」
「へぇ、凄い事もあるものなんですねぇ~。でも学校と国が一つって想像つかないなぁ……アリシアちゃんはそこの卒業生?」
「本来の教育課程をいくらか飛ばしたから卒業はずいぶんと前だ。もう何年前かも数えてないから覚えてないな」
アリシアの回答に対し興味があるのかないのか分からない声で返事をしながらミリアは菓子を頬張る。その時ふと、アンナのある言葉を思い出した。
「そういえば、アンナ様が魔法がなんとかかんとか500年って言ってたけどあれどういう意味?」
「それは魔法の暗黒時代の事だな。まぁ彼女が指しているのはその後の復興期の事だろうが」
「暗黒時代……怖い魔法が一杯ってこと?」
「まぁ……間違ってはいないかもな」
そう答えるアリシアの目には憎しみが満ちていた。皆がただならぬ気配を感じ取りながら彼女の言葉に耳を傾ける。
「人類は誕生したその瞬間から魔法を持っていた、これが現代の魔法史学で最も支配的な説だ。だが過去に魔法という概念はまだなく、各地における信仰に結び付いた様々な呼び名で呼ばれていた。ある所では祈祷、ある所では呪術、ある所では奇跡といった感じでな」
「私に魔法を教えてくれた先生も似たような事を話してたわね」
「ついでに技術も未熟だったから今ほど便利な物でもなかった。だが今から約700年から600年ほど前に魔法という人類にとっての財産に気付けるチャンスが存在していた。しかしそこに……とんだクソッタレが茶々を入れた」
語りに熱が入り始めたのか、飲む勢いやカップを置く勢いに力が籠り始める。
「連中の名……というよりも、後世の先達が便宜上つけた組織の名前は『教会』だ。これは奴らが各地に建てた建築物に由来する。不思議な事に奴らは信仰を持つ宗教団体にも関わらず、信仰する神の名も組織の名も持っていなかった。それも恐らく意図的にだ」
「変なの」
「奴らは文献によって確認できる範囲では約1000年ほど前から各地に潜んでいた。自分達の信仰をその土地独自の信仰に合うように解釈して巧妙に隠し、相手に取り入っていたのではと考えられている。そして時間をかけて宗教団体、ひいてはその土地の共同体の重要なポジションに浸食していった」
「そ、それで?」
「焦るな。そうして多くの国や共同体における事実上の支配者となった『教会』はある教えを世界中に説いた。”魔法とは神からの祝福であり、選ばれし者にのみ与えられた贈り物である。そして悪魔はそれに対抗する為、神に選ばれなかった者に悪魔の秘術を教えた。我々は秩序と平和の為にこれを打ち倒さなければならない”、とな」
「それ、なんだか不穏な言い方ですね。悪用される気しか……」
「連中が何枚岩だったかは正確には分からんが、少なくともこの教えを盾に好き勝手していた事だけは分かっている。一方的に悪魔憑きと ノブリス王国の首都ノブリスには大きな通りが7つ存在する。その内の一つである四番通りは都市開発の際のミスで二つ出来てしまい、現在に至るまで訂正されることもなく住民からは中央通り側と五番通り側と呼ばれている。クレイ達が報酬として与えられたギルドハウスは五番通り側に建てられていた。
ラーゴ領での仕事を終えてはや一日、四人は応接間のテーブルでゆったりとお茶を飲んでいた。周囲には木箱に入った荷物が散乱しており、全員疲れた顔をしている。
「いいトレーニングになるなんて思ってたけど、想像の倍は疲れるわね、これ……」
「ミセス・プルーナーが人を寄越してなかったら作業が終わるころには老人になってただろうな……」
「後は小物置くだけなんでもうちょっとですよ……」
「……お菓子ありますけど、食べます?」
クレイからの提案にミリアは「賛成!」と力強く手を挙げる。皿に盛られた菓子を頬張りながらミリアが深い考えもなく質問した。
「そういばサファイアさんと私はノブリス出身で、クレイさんもまぁほとんどノブリス出身みたいなもので……アリシアちゃんってどこから来たの?」
「私か? 私は生まれも育ちも魔道学院国だ」
「魔道学院国? 学校なの? 国なの?」
「両方に決まってる。まさか知らんのか?」
「うん、さっぱり」
アリシアは驚き開いた口が塞がらない。それを見たサファイアはそこについての説明を始めた。
「魔道学院国はバラケスという地方にある国よ。魔法学における聖地にして最前線とも呼ばれている場所で、魔法使いを志すのならここを目指せと言われるほどよ。私の友達の一人も今留学してるわ」
「最初の魔法使いと呼ばれたプリギエーラという女性がいてね。その人が開いた青空教室がどんどん大きくなって、最終的には国と扱われるほどの規模と国力を手に入れた。今じゃノブリスと並ぶ重要国家のひとつさ」
「へぇ、凄い事もあるものなんですねぇ~。でも学校と国が一つって想像つかないなぁ……アリシアちゃんはそこの卒業生?」
「あぁ、本来の教育課程をいくらか飛ばしたから卒業はずいぶんと前だ。もう何年前かも数えてないから覚えてないな」
アリシアの回答に対し興味があるのかないのか分からない声で返事をしながらミリアは菓子を頬張る。その時ふと、アンナのある言葉を思い出した。
「そういえば、アンナ様が魔法がなんとかかんとか500年って言ってたけどあれどういう意味?」
「それは魔法の暗黒時代の事だな。まぁ彼女が指しているのはその後の復興期の事だろうが」
「暗黒時代……怖い魔法が一杯ってこと?」
「まぁ……間違ってはいないかもな」
そう答えるアリシアの目には憎しみが満ちていた。皆がただならぬ気配を感じ取りながら彼女の言葉に耳を傾ける。
「人類は誕生したその瞬間から魔法を持っていた、これが現代の魔法史学で最も支配的な説だ。だが過去に魔法という概念はまだなく、各地における信仰に結び付いた様々な呼び名で呼ばれていた。ある所では祈祷、ある所では呪術、ある所では奇跡といった感じでな」
「私に魔法を教えてくれた先生も似たような事を話してたわね」
「ついでに技術も未熟だったから今ほど便利な物でもなかった。だが今から約700年から600年ほど前に魔法という人類にとっての財産に気付けるチャンスが存在していた。しかしそこに……とんだクソッタレが茶々を入れた」
語りに熱が入り始めたのか、飲む勢いやカップを置く勢いに力が籠り始める。
「連中の名……というよりも、後世の先達が便宜上つけた組織の名前は『教会』だ。これは奴らが各地に建てた建築物に由来する。不思議な事に奴らは信仰を持つ集団にも関わらず、信仰する神の名も組織の名も持っていなかった。それも恐らく意図的にだ」
「変なの」
「文献によって確認できる範囲では約1000年ほど前から各地に潜んでいた。自分達の信仰をその土地独自の信仰に合うように解釈して巧妙に隠し、相手に取り入っていたのではと考えられている。そして時間をかけて共同体の重要なポジションに浸食していった」
「そ、それで?」
「焦るな。そうして多くの国や共同体における事実上の支配者となった『教会』はある教えを世界中に説いた。”魔法とは神からの祝福であり、選ばれし者にのみ与えられた贈り物である。そして悪魔はそれに対抗する為、神に選ばれなかった者に悪魔の秘術を教えた。我々は秩序と平和の為にこれを打ち倒さなければならない”、とな」
「それ、なんだか不穏な言い方ですね。悪用される気しか……」
「連中が何枚岩だったかは正確には分からんが、少なくともこの教えを盾に好き勝手していた事だけは分かっている。悪魔憑きと難癖をつけ攫ったり、見込みがある人間は洗脳して自陣営に組み込んだりとな……だが攫われた人間が一体何をされたのかは分かっていない。帰って来た奴は一人もいなかったらしいからな」
アリシアは溜息をつく。そこにもう怒りはなく、呆れと悲しみに満ちた暗い表情だった。
「おかげで魔法は一つの組織の中の更に一握りの人間だけのものとなった。独自に研究を進めていたと思しき痕跡が残っていたそうだが、研究資料に関しては廃棄された物も多く、後世で役に立った物は少ない。そのせいで魔法の研究は停滞した! 独占のせいで! 約400年から300年という膨大な時間がだ! 無駄に!」
「アリシアちゃん、落ち着いて。頭の血管切れちゃうよ」
「……だがある時、潮目が変わりだした。当時存在していたアルドという国にリベラという名の王子がいた。彼は『教会』による支配と魔法の独占に異議を唱え、連中とずぶずぶだったアルド王室から追放される。しかし彼は諦めず、魔法解放の同志という組織を結成して密かに活動し始めた」
「おぉ! なんだか反撃開始って感じ!」
かぶりつく様に聞き入っていたミリアは空になっていた事にも気付かずに皿をまさぐり、クレイはすかさず菓子の封を切って補充をする。
「リベラ王子と仲間の努力は実り、ついに独自の魔法術式の体系を築くことに成功した。更に彼らは巧みな話術を用いて『教会』との話し合いをする場を設ける事もできたそうだ……だが話し合いの当日に事件が起きた」
「リベラの悲劇、ね」
「あぁ、よく勉強しているな。『教会』という組織は話し合いで負かすつもりだったらしいが、現場にいた信者の一人が恐怖に駆られてリベラ王子を刺殺した」
「うそ!?」
「解放の王子とも呼ばれた彼は志半ばで死んだ。しかし怪我の功名と言うべきか、彼の死は『教会』という支配者への疑惑を深める事なり、残された同志の士気をより高める事となった。世界に一石を投じる事に成功したとは言えるだろう。そして同志の一人、ゼーエンという男がリベラ王子の後を継ぐ事になる……クレイ君、茶を」
「はい、どうぞ」
「どうも。このゼーエンはリベラの王子友達とも言うべき人物でな、彼の遺志を継いでしばらくの後に『教会』へ戦争を仕掛けた。歴史上初の本格的な魔法を用いた戦争となったこれは、攻撃を仕掛ける事を前提に魔法の研究を進めていた解放者側があっさりと勝利したらしい」
「え、そんなにあっさり?」
「残念な事に詳しい資料がほとんどない。だがゼーエン本人が書いたとされている回顧録では、一度目の攻撃で『教会』の本拠地は半壊、二度目の攻撃で門扉が完全に壊れて雪崩れ込むことに成功したそうだ。そして乗り込んだ先で見つけた教祖を討ち、魔法の暗黒時代に終止符が打たれた」
「それで魔法が解放されて、ハッピーエンドってこと?」
「それとも言えん。残された魔法研究の系統が攻撃に集中していたのと、『教会』という絶対的な支配者がいなくなった事で後釜と狙った国々による戦乱の時代に突入した。魔法に対する防御という概念が薄かったが為に戦いは苛烈で凄惨、それでいて短期で終わる上に頻発した。通称、地図が無い時代だ」
「地図がない?」
「苛烈すぎるあまり、各国が日ごとに分裂と統合を繰り替えして国境が絶え間なく変化し続けたのよ。おかげで昨日作った地図が翌日には無意味な物になる、そこからつけられた名前ね」
「まぁ悪い事だらけでもなかった。戦力を維持する為に治癒や医療魔法の概念が生まれ、この時代に爆発的に伸びた。魔道具の開発も同様にな。その後は暗黒時代に息をひそめ続けてたノブリスが大征服を行って戦乱の時代は終結、以降は過激な魔法の研究も制限されるようになった」
話し終えたアリシアは茶を一気に飲み干し、一息ついた。その顔はどこか満足げだ。
「怖い時代があったんだねぇ、その時代に生まれなくてよかった。でも面白かったよ、アリシアちゃん! 面白いって言っちゃいけないような気がするけど」
「楽しんでくれたのならなにより、それじゃあ休憩は終わりだ。私は夕方から用事があるんだ」
その言葉に三人がハッとする。クレイが急いで窓のある部屋へ出ると、家の中に夕焼けの光が差し込んでいた。その脇を束ねられた紙を抱えたアリシアが通り過ぎる。
「まぁ悪く思わないでくれ、本当に外せない用事なんだよ。帰りになんか買って帰ってくるから。じゃ、あとの作業はよろしく!ハッハッハ!」
呆然とする三人を尻目に、アリシアは夕焼けの中へと消えていった。




