印の花冠
窓の外には未だ警戒態勢を敷く騎士達の姿が見える。それを横目に、クレイは顔の血を洗い流していた。追いついてきたアリシアの手によって治療された傷の姿は影もなく、まるで無傷で仕事を終えたようである。
「タオル、ありがごうございました」
借りたタオルをメイドに返し、クレイはブルーナー邸のある一室に向かっていた。そこは普段は物置として使われている広々とした空間であり、今は討伐した青い怪物達の死体を安置しておく為に借りている。
彼が部屋に入ると、死体を調査するアリシアとその様子を眺めていたサファイアとミリアが居た。
「あ、クレイさん! 傷はもう?」
「はい、アリシアさんのおかげですっかり。ミリアさんとサファイアさんの方は何事も?」
「えぇ、特に何もなかったわね。結局、怪物はこの三匹だけだったのかしら」
彼らの目の前には討伐した二匹と見覚えのない1匹が横たわっていた。未確認のものは他と比べて小さく、どこか弱弱しい印象を受ける。
「うむ、やはり子供だな。まったく……悪趣味なものだ」
調査を終えたアリシアはそう呟くと、死体を隠すように大きな布をかけた。
「やぁ、クレイ君。君のいい顔に傷が残ってなくてよかったよ」
「その節はどうも。この小さいのはアリシアさんが?」
「あぁ、君を追いかけている途中で見つけてな。襲ってきたから殺した。子供だったからか、たいして強くなかったな」
「子供……ですか」
「そして恐らくこの三匹は親子だ。鎌がある方は全体的に筋肉質で、羽が生えてるのには乳房の名残のようなものがあった。肉体も先天的な物ではなく、元々人だったものを人為的に改造したんだろう」
顔一つ変えずそう語る彼女に、嫌そうな顔をしながらミリアは問いかける。
「人為的に肉体改造って……できるんですか? そんな事……」
「一応、大昔からある技術だ。為政者は使いたがらんがな。改造された人間は基本言う事を聞かないし、収監しておく設備も必要になる。それに素体の資質は問わんから、使用がバレたら反乱を起こされる可能性が非常に高い。誰もこうはなりたくない」
「じゃあこの人達を使ったのって」
「十中八九、捨て駒を欲しがる犯罪組織だろうな。この悪辣さは、この間のと関係があると見るべきだろう」
「解決したとはいえ人攫いの件といい……良くない事が起こるわね」
「そこは騎士団の仕事さ。必要があれば呼ばれる」
彼女達の会話を聞きながら、布を被せられた死体に憐みの視線を向けるクレイ。心の中で哀悼の意を表すと、アンナからの言付けを彼女達に話した。
「皆さん、騒動で馬達が怯えて今日は馬車を出すのが難しいとのことで、今日はここに泊まって構わないそうです。それと来てほしい場所があるそうです」
そうして屋敷の出入り口に居た執事に案内されるまま一行が来たのは屋敷近くの泉だった。美しい自然の景色はさながら絵画のようであり、全員が感動の声を漏らす。そこへアンナがやってきた。
「皆様、お集りいただきありがとうございます」
「アンナ様、どうも。それで用とは一体……追加の依頼でしたら」
「え? あ、いや! そういうのではなくてですね。その、ピクニックにお誘いしようかと……」
「ピ、ピクニック!?」
(魔獣もどきを駆除したとはいえ、直後に能天……いや、言い過ぎか)
少しばかり呆れたような表情を見せるクレイに気付かず、アンナは続ける。
「依頼でお疲れだと思い、この景色と食事で癒してもらえればと……駄目でしたか?」
「いえいえいえ! 是非とも頂きたいです! 動いたからお腹すいてたんですよ!」
彼の表情から何かを察したミリアは本心を織り交ぜたフォローをする。それに対して危険と伝えようとするクレイをアリシアが止めた。
「君、こういう時は素直に受け取っていたほうがいいぞ」
「それは分かりますが三匹も居たんですよ。四、五匹居たとしても……」
「いいじゃないの。少なくとも狩れるギルドがここに居るのだから、ここが一番安全って事にならないかしら?」
「そうですが……」
「実績が出来たんだ、もうちょっと自信を持ちたまえ。慎重なのは良いが、臆病なのは治した方がいいぞ、君」
二人の説得もあり、クレイは渋々とピクニックに参加するのだった。
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食事を初めてはや30分、他愛のない会話に花を咲かせるピクニックに不穏な気配は一切無い。クレイもやっと警戒を解いた頃、嬉しそうな溜息と共にアンナが呟いた。
「子供の頃を思い出します……」
「子供の頃? あ、このお肉美味しい……」
「まだ幼かった頃、私には貴族の友達がいました。パーティーで知り合って、遊んで、こうやってピクニックをする事もありました。でも、皆もう遠い地方に嫁いだり、家督を継いで忙しくなったりで……めっきり会わなくなってしまいました」
そう語るアンナの目はどこか遠くを眺めながらも、以前よりも強い決意に満ちていた。
「その日々を恋しく思ったりして気分が落ち込むのは、私がまだ未熟な子供だからでしょう。ですがそんな私とはいい加減さよならをしなければいけません。戦うクレイ様を直接この目で見て、そう思ったのです」
「え、僕ですか?」
「はい。命懸けで戦う姿を見て、本気になるというのはこういう事なのだと肌で感じたのです。口先だけではなく、行動に起こすというのがどういった事なのかを……家督を継ぎたいのは山々ですが、なにぶん私は椅子に座ってじっとしている事が苦手な性質ですから、せめて良い妻になろうと思います」
「じゃあもう、ピクニックしないんですか? それはちょっと寂しいような……こんないい場所があるのに」
「コネ作りの為にパーティーを開く事はあっても、ピクニックはもうしないと思います。する友人もいませんし」
苦笑交じりの言葉に、ミリアはうんうんと唸って何かを考えこむ。人脈の重要性を誰よりも理解していた彼女だったが、それでしか人と繋がらない事がひどく寂しい事だと思えたのだ。悩んだ末に彼女は自分なりの名案を出した。
「じゃ、私達が友達になるってどうですか?」
「ミ、ミリアさん達と私がですか?」
「そうです! ちょっと遠いですけど、天気がいい日はこうやってピクニックして、手紙なんかで近況を報告したりするのもいいですね!」
「ですが、流石にサファイア様とお友達は気が引けて……」
「いいんじゃないかしら。同じ貴族、私達でしか話せない愚痴もあるでしょう?」
まったくもって気にしている様子のないサファイアに対してアンナは忙しなく周りに視線を向ける。
「しかし、皆様の事もあまり知っては……」
「これから知っていけばいいじゃないか。友達とはそういうものだと私は思っているよ」
そこまで言われてアンナはついに黙ってしまった。どう判断すべきかと悩み、クレイに助けを求めるような視線を向けると彼はこう言った。
「僕は無理強いしません。アンナ様の事なので御自身で決めた方がよろしいかと。ですが、そうですね……孤独って、本当に寂しいですよ。とっても」
「孤独……孤独を感じていたのでしょうか、私は。自分のことながら、よく分かっていなかったのですね……」
アンナは天を仰ぐ。目に入った空の広さに気づき、自分がうっすらと悩んでいた事が思ってよりもちっぽけな事ではなかったのではないかと思い始める。自分は楽な方向に行こうとしてるのではと引っ掛かりもしたが、きっとそんな事はないと振り切った。
「なんとなく、一人でずっと頑張っていくのかと思っていました。妙ですよね、結婚もして夫もできるというのに……私って寂しがり屋なのでしょうか?」
「人なんてそんなもんですよ! 本当に一人で平気な人なんていませんから。たぶん!」
「……じゃあ、お言葉に甘えちゃいましょう!」
気づかぬ内に背負っていた不必要な重さを取り除かれ、気分が舞い上がった彼女はなんと泉に駆け出し飛び込んだ。濡れる事を気にも留めず、無邪気な子供の様に水と戯れていた。
「こんな子供っぽい事、もうしないと思ってましたけど……やっぱり楽しいものは楽しいですね! 皆様もどうですか?」
アンナの言葉に応えたミリアは全力疾走で泉に飛び込んだ。そして振り返ると他三人は微動だにしていなかった。
「えぇ!? なんで!?」
「鎧を着たままじゃ水場は危険だし、脱ぐの結構時間かかるのよね。これ」
「楽しそうだが今は食事を楽しんでる。クレイ君、そこのサンドイッチ取ってくれ」
「泊まり込みも想定して着替えも持ってきてますけど、依頼主に洗濯物を頼むというのもあれですし……かといって濡れた衣類の管理もめんどくさいですから」
そう答えた三人にミリアが不満げに頬を膨らませているが、アンナはそれを全く気にせず彼女に水をかけ始めた
「ミリアさん、あまり中央の方にはいかないでくださいね。急に深くなりますから!」
「よく知ってます……ねっ!」
「はい! 小さい頃に落ちたんで!」
クレイ達が取り戻した平和な時が、楽し気な笑いと共に過ぎ去っていった。
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その後、特に何かが起こる訳でもなく一夜が明けた。帰りの馬車に荷物を積み込む中、見送りに来たアンナがある物を四人に渡した。手の平に乗るような小さなアクセサリーであり、白い薔薇を模した見事な一品であった。
「アンナ様、これは?」
「お近づきの印と言いますか、プルーナー家に関わりのあるお方である事を示す物です。お蔵入りになった試作品ではありますが、出来は保証いたしますよ」
「いいんですか? こんな綺麗な貴重品」
「はい、お友達ですから! それに従者からも見分けがつく方がなにかと便利ですもの」
「皆様、荷物の積み込みが完了いたしました。いつでも出発できます」
使用人がそう言うと、別れの言葉を伝え四人は馬車に乗り込んでいく。そして一番最後に乗り込もうとしたクレイは振り返ってこういった。
「アンナ様、もし何かお困り事があったら四番通りにある僕達のギルドハウスに来てください。依頼をいつでも待ってます。それから……お茶のお誘いも」
「ふふっ……はい、その時は頼りにさせて貰います。今回は本当にありがとうございました」
朝焼けの中へ馬車が走り始め、アンナの姿がだんだんと遠くなっていく。彼女は馬車が見えなくなるまで大きく手を振り続けていた。
「……行ってしまいましたね」
「アンナ様、これからいかがいたしましょうか」
「まずは領内の見回りに行きましょう。皆を安心させねばなりません、すぐに支度を」
「承知いたしました」
見えなくなった友人達の姿を少しだけ惜しむ様に振り向き、彼女は己のなすべき事の為に屋敷へと戻っていった。
その頃、クレイは外の朝霧を眺めながら始まりを感じていた。
(これでギルドハウスも揃った。いよいよ本格的に僕はギルドマスターになって、この人達と仕事をしていく事になる。あっという間で、予想外の出来事だったなぁ…… にしても綺麗な朝だ)
「……いいスタート日和、かな」




