未熟者の戦い方
「大丈夫です。傷は浅いみたいですから、ここでじっとしててくださいね! なにか来たらどっかに隠れてください!」
救助した男を小屋まで運んだミリアは外へと出ていた。怪物が出ている非常事態とは裏腹に、晴れ晴れとした青空はのどかな気分にさせてくる。彼女はすぐさま気を引き締めると周囲を見渡し始めた。
(みんな、私よりは絶対に強いから安心だとは思うけど……)
周りには何もなければ、何もいない。ホッとしながらクレイ達に合流すべく走り出そうとした時だった。一瞬、何かの影がミリアの頭上を通り過ぎる。それは鳥の影というにはあまりに大きく、雲の影というにはあまりにも早かった。
慌てて見上げると、そこにはあの青い怪物が真っ青な翼で縦横無尽に空を駆け回っていた。あまりに異常な光景に彼女は口を開けたまま驚いていたが、怪物がこちら目掛けて急降下して来たのに気づいて飛びのいく。
「な、あ、え!? 飛んでるの!?」
怪物はUターンして再び襲い掛かってくる。ミリアは得物の槍を構え、カウンターの一突きを入れようとするがスピードに対応できず失敗し、その攻防は何度も続いた。やがて悟る。自分の実力ではダメージを与える事ができない、と。
彼女とて訓練を受けていないわけではなかった。ワーカーズギルドに所属しようとするワーカーは必ず実技試験を受けるのだが、少なくともそれは突破できている。が、しかし実戦ともなれば勝手は違う上に相手は三次元的機動をしてくる。槍のリーチというアドバンテージをもってしても埋めがたい経験値の問題がここで出てきてしまったのだ。
積もっていく焦りと不安から徐々に動きが荒くなり、防御が疎かになり始める。両親からプレゼントして貰った軽量の鎧では直接的な傷は防げても衝撃までは防げず、自慢の体力も徐々に削られていく。それが更に焦りを募らせ、どうしようもない負のループに陥ってしまう。
その最中に放たれた隙だらけの一撃を怪物は見逃さず、ミリアは強烈な一撃を貰ってしまった。
(い、息が……でき、ない……! 息って……どうやってするんだっけ……!)
仰向けのまま大の字になり、立ち上がらねばならないのに立ち上がる事ができない。それをする体力はまだ残っていたが、パニックに陥った彼女の体はフリーズしていた。
視界に映る青空と、そこを悠々と飛ぶ怪物を目で追う彼女の脳内に流れるのは走馬灯。
(わ、私……死ぬ? ここで? まだ、やりたい事いっぱい、あるのに……? 家族に良い所みせたいのに? なんで……なんで……こ、こんな……)
思考という川の流れが絶望一色に染まろうとしている。だがその中に真紅の一滴が落ちて来た。赤々と輝き、燃え上がるような感情……憤怒。ミリア・ガーランドという女は、逆境や危機的状況に対しては怒りと力でもって相対する女だったのだ。
(こんな奴に殺されなきゃいけないの! こんな変で気色悪いのに! やられる前に……!)
「やってやる!!! かかってこいや!」
勢いよく飛び起きて再び臨戦態勢をとる。だがその構えは攻撃的なものではなかった。その怒りに満ちた心にはまるで似つかわしくない防御の構え。それは瞬間的かつ爆発的な怒りによって思考がクリアになった事で導き出されたある結論によるものだった。
(そもそも、なんで化け物がここにいるのか? それは恐らく……クレイさん達が取り逃したから! 飛んで逃げたから捕まえきれなかったんだ! 多分!)
勘違いである。しかし、それが逆に勝ちに繋がる一手を選ぶ切っ掛けとなった。
(じゃあつまり、皆さんは今はこいつを追ってきてる最中。距離も近いし、合流に時間はかからない! 私じゃ倒せないけど……皆さんなら倒せると思う! 耐えて、耐えて耐えて時間を稼ぐ!)
方法は決まった。ゆえに迷わない。彼女の精神はそのどっしりとした構えの如く安定し始め、防御の動きにも余裕が出て来た。全てを防ぎきれた訳ではなかったが、幼少の頃から自然の中を駆けまわり何度も怪我していた彼女には痛みというのは大した問題ではなかった。
防御に専念して五分ほど経った頃だろうか。木々のさざめきに混じって彼女の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
(このよく通る綺麗な声! サファイアさんだ!)
勝利を確信したミリアはあえて隠していた手段に打って出る。相手の突撃を躱し、そのまま次の攻撃に備える……のではなく、脚を掴んで力づくで手繰り寄せたのだ。そしてそのまま背後から羽交い絞めにしてしまった。
「皆さーん! ここ! ここです! こ……は?」
踏ん張っていた脚に急に力が入らなくなる。足元に眼を向けると地面がゆっくりと離れて行く。怪物は彼女が組み付いていることも構わずに飛び始めたのだ。
「いぃッ!?」
(ど、どうしよう……いや無理だこれ! もう降りていい高さじゃ……!)
再び危機的状況に陥った彼女の下に一本の鎖が飛んでくる。今も凄まじいスピードで上昇する怪物の脚を捕らえ、それを更に上回るスピードでクレイが這い上がってきた。
「ミリアさん、ご無事で!?」
「ぶ、無事ですけど無事じゃないです!」
クレイが考える間もなく、怪物の肉体から魔力の奔流が溢れ出す。それは魔法の起こりである。地上にいたアリシアからも見えており、彼女はすぐさま何をしようとしているのかを看破した。
「あの感触、風魔法か? ……どこかに吹っ飛ぶつもりか!」
クレイも嫌な物を感じ取っており、本能的にまずいことが起こると察するとしがみ付くミリアに向かって叫んだ。
「手を放してください!」
「えぇ!?」
「任せて!」
「うぅ……お願いしますよ!」
自分にはどうしようもないミリアは意を決して手を放す。そこからが速かった。クレイは彼女の腕を掴んで遠心力を利用し自分の側まで持ってくると、いつの間にかフリーにしていた鎖を彼女の絡めつけて……そのまま重力に任せて落した。僅か数秒の出来事である。
「えぇぇぇぇぇ!?」
「サファイアさぁぁぁぁぁん! 受け止めてください!」
「無茶するわね……!」
落ちてくるミリアをサファイアは剣を伸ばして難なく受け止める。そうこうしてる間に怪物が魔法の発動準備を終え、次の瞬間には轟音と共に消えてしまった。目の前の出来事に唖然とする二人だったが、アリシアだけは冷静に指示を出した。
「君たちはさっきの男を家まで運んでやれ。私はあれを追いかける!」
「で、でもどうやって追いかけるの!?」
「私、飛べるからな」
そう言って何喰わぬ顔で空を飛ぶと、怪物と同じ轟音を出しながら消えていった。
ーーーー
殴りつけるような風に晒されながらクレイは怪物にしがみつき続けている。かすかに開かれた眼で周囲を見回しながら怪物の意図を探っていた。
(方角を変えたような動きはなかった……もしそうだとしたら、ここの人達の家がある方向だ。逃げる気はないのか?)
そう考えている間にもあれよあれよという間に民家のある区画に近づいていき、ついには人の姿が見える距離までやってきてしまった。クレイはなんとかしようとしてみるが、その度に体を揺する等の妨害を受け、しがみ付くのがやっとであった。
その頃、地上で警戒に当たっていたプルーナー家直属の騎士達は飛翔する怪物を見つけ臨戦態勢に入る。対人用に配備された槍と盾を構え、怪物が高度を下げようとする度に無数の刺突を浴びせ掛け、地上に降りる事を防いでいた。
彼らはクレイを認知してはいたが、お構いなしである。
「た、隊長! あれは確かモイラ様が雇ったというワーカーでは……!」
「構うな新入り! ワーカーなら死ぬ事だって理解してるはずだ。俺達は奴の撃退を最優先とする!」
攻防がいくらか続いた頃だった。ブルーナー家の屋敷がある方面から誰かが走ってくる。美しい白のドレスを靡かせて、その手に握られていたのは狩猟用の銃。火薬の発展よりも魔法の発展が早かったこの世界ではどちらかと言えばスタンダートになりつつある、爆発魔法を用いて弾を発射する魔法銃と呼ばれる物。
狙撃手の銃口は一点を狙い定め、その銃口はほんの少しのブレもない。怪物が描く旋回機動と狙いが重なった瞬間、引き金は引かれ、放たれた円錐状の弾は怪物の太ももを射抜いた。
炸裂の轟音。それを聞いた誰もが音のする方へ向くと、そこに居たのはブルーナー家の一人娘アンナその人であった。いつもの天真爛漫な表情とは違い、冷たい金属を思わせる真剣な眼差し。狩猟は彼女の趣味の一つでもあるが、お付きの者ですらここまでの腕があるとは知らずに全員が面食らう。
そして騎士の誰もが思った。頼むから安全な所に居てくれ、と。
(あれはアンナ様! 凄い腕だ……おかげで!)
怪物が痛みで動きを止めた一瞬を逃さず、チェーンハウンドで翼を縛りつける。先程までの天高く舞っていた姿は見る影もなく、制御の効かなくなったその体はきりもみ回転で地面へと向かっていく。
(首も落とすにも心臓を突くにも難しい。このまま頭を地面にぶつけて木っ端微塵にする!)
もがき、あがき、死に物狂いで縛りから解き放たれようとする怪物。その視界にアンナの姿が入った途端、これまでとは比較にならない程に暴れ始める。ほんの僅かな時間で繰り出された動作の全てがアンナに向かって動こうとしている事にクレイは気が付いた。
(急にどうしたんだ! まずい、届くか届かないか……言っても……遅い、どうする、届かないように……ずらす……ずらすんだ!)
咄嗟の機転。体重をかけバランスを崩したクレイはそのまま怪物ごと近くの林に墜落した。何も知らぬアンナは自らの身の危険も顧みずに林の中を突っ切っていき、彼の名前を叫ぶ。
「クレイ様、ご無事ですか! 無事なら返事を!」
それに応えるように茂みがカサカサと震え、そこからクレイがゆっくりと出て来た。右手に握られた魔動銃剣から伸びた鎖には、首から真っ二つにされた怪物の死骸が絡みついて一まとめにされ引きずられている。
なによりも目を引いたのは彼自身の惨状。落ちどころかが悪かったのか、防具を着けていなかった顔には大量の枝が突き刺さっていた。血も流れ、見るだけでも気を失いそうなほどに痛々しい姿にも関わらず、彼は変わらぬ調子でこう告げた。
「ご依頼の対象、討伐完了です。しかしまだ安全が確認された訳ではありません。今一度、屋敷にお戻りください。アンナ様」
「ク、クレイ様……その、大丈夫…なのですか?」
「……まぁ、ちょっと痛いですが、治す手段はありますからお気になさらず」
刺さった枝を乱雑に抜いていくクレイ。
己の傷に対するその無頓着さ。それを見て湧き始めた自分自身の感情を、この時のアンナはまだ理解していなかった。




