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四番通りのマスターワーカー  作者: ゼッケイ・カーナ
23/30

爛漫の淑女

 山の上から馬車で揺られること数時間、クレイ達は今回の仕事の場所であるラーゴ地方に到着した。地方といっても狭く、所領は一つの町とその周辺の自然だけだが、知る人ぞ知る花の一大産地でもある。


「ここの花から作られる染料は発色が良いと外の国でも評判でね。特に色艶の良い物だけを選別して出来た液で染めた服を所有することは、一部の層にとって一種のステータスであり自慢にもなるんだとさ」


「アリシアちゃん、物知りだね~」


「……なるほど、分かった。ずっとちゃん付けなんだな。こうなったら付き合ってやる」


 目の前の茶番を気にする様子のない依頼主のモイラ夫人は、それまで閉じていた目をそっと開けると窓代わりの布を捲って前方を確認する。視界に映る景色は民家と緑が続くのどかな風景、そしてその景色には少し不釣り合いな真白いドレス……を土で汚しながら伏せて草を掻き分けてる一人の女性であった。


「まったく……あの子は」


 モイラが呆れた顔で微笑みながら漏らした呟きと同時にドレスの人物は馬車に気付くと、その美しい純白の髪を靡かせながら軽快かつ力強い駆け足で近づいて来る。


「おばあ様! お戻りになられたのですね!」


「えぇ、貴女も相変わらずね。皆さん、彼女が孫のアンナです。アンナ、挨拶をなさい」


 祖母に催促されハッとしたアンナはスカートの裾を持ち上げ挨拶を済ませると

「プルーナー家が娘、アンナ・プルーナーと申します。以後お見知りおきを……お目汚し失礼しました。急いで着替えてまいります。屋敷で待っておりますね!」

と言って来る時よりも速く駆け出して行った。


 ~~~


 馬車を降り案内された応接間はマッケンジー邸ほどではないにしろ豪華なものだ。だがその気品のある煌びやかさに反し、席に座る屋敷の主人の顔はひっ迫しきった様子で暗く落ち込んでいた。


「シャフト、ワーカーを連れてきましたよ」


「あぁ! よく戻って来てくれた母よ! ……ようこそラーゴへ。私が領主のラーゴ男爵だ。今回はよろしく頼むよ、ワーカー」


 少し乱れていた衣服を整え、偶々先頭にいたクレイと握手を交わすがどこか力が入っていない。手の平から伝わる弱弱しさは、その心的疲労を察するには十分な程だった。


「今回の依頼を担当させていただくクレイ・フォスターです。こちらは同じギルドのミリアさん、サファイアさん、アリシアさんです。よろしくお願いします」


「おぉ! あの最強と謳われるブラッド騎士団長の妹君であらせられるサファイア様が味方とは……これは心強いですな!」


「えぇ、兄の名に恥じない活躍をしてみせるわ。それと……今の私はワーカーです。お気になさらず」


「そ、そうですか……ではその意思を尊重させていただきましょう。慣れませぬが。さ、どうぞ座って」


 椅子に腰掛けると、どこからともなく現れたメイドが飲み物をテーブルの上へと置いていく。ほんのひと時の静寂で聞こえるのは陶器と陶器がぶつかる音だけ。だがその音をかき消すような慌ただしい足音が部屋の外から響き、入口の前で急に音が止まったと思うと先程の騒々しさが嘘のように静かにドアが開かれた。


「間に合いました……皆様、失礼いたします」


「……アンナ、もう少し手前から静かにしなさい」


 父からの慣れた様子の陳言に、アンナは誤魔化すように微笑みながら肩を竦めた。


 ~~~~


 応接間で歓迎の茶を振舞われた彼らは、そこで出されたアンナの提案により目撃現場である花畑の一つに来ていた。そこでは雲一つない青空の元、花々が鮮やかに咲き誇っている。


「しかしよかったんですか、アンナ様」


「なにがでしょう?」


「ラーゴ男爵様の事です。とても心配されていましたが……」


「お気になさらないでください、クレイ様。今の父には忙しさで気を紛らわしてもらう方が良いのです。それに……今回の件、なるべく(わたくし)も力になりたいので」


 その言葉を聞いたクレイは差し出がましい真似への詫びを口にすると、他三人と共に謎生物の探索を開始した。きっちりと区分けされ管理されている花畑は遮るものもなく、視界は良好であるが目に映るのは綺麗な花か、管理をしている雇われの領民か、見慣れた動物程度のものである。朗らかな陽気はじわりじわりと喉の渇きを加速させ、探索開始からおよそ一時間で彼らに水分補給の判断をさせた。

 鞄に詰めていたキャンプ道具からコップを取り出し、注がれた水を豪快に飲み干したミリアは言う。


「あはは……喉って案外早く乾くものですね」


「まぁ雲もなく照っているからな。穏やかとは言え日光というのも馬鹿にできん」


「アンナ様、体調の方は大丈夫ですか? 無理はなさらず、残りは僕達に……」


「ご心配ありがとうございます。ですが大丈夫です。これでも幼い頃からこの土地で駆け回っておりますから、体力には自信があります」


 得意げな表情でそう語るアンナを少し怪訝そうな表情で見つめるサファイア。数舜の思索の後に、彼女は素直に疑問をぶつけてみることにした。


「アンナさん、一つよろしいかしら」


「は、はい! なんでしょうかサファイア様!」


(そう固く……まぁ聞く分には都合がいいわね)

「私達はワーカーとして依頼料を貰って動いているわ。それを貴女がこうやって直接監視するのは、信頼されていない証拠かしら?」


「いえ! そんな事は全く……!」


 慌てふためくアンナの様子を見て、少し意地の悪い聞き方をしたと思いながらも彼女は続ける。


「ごめんなさい。貴女がそういったことを考える人間でないのはこの少しの間でなんとなく理解できるわ。だから気になるの。なぜブルーナー家の一人娘である貴女がこんな危険な仕事について来ているのかとね。なにか大事な理由があるなら……聞かせてくれないかしら?」


「……その、実は私、もう少しすると結婚をするのです」


 アンナの告白に誰よりも早く反応したのはミリアであった。目を輝かせ爆竹かと思うような音を出すスピードで拍手しながら「おめでとうございます!」と元気よく祝福する。

 多少過剰とはいえごく普通とも言える彼女の反応に対し、アンナの顔は何故かほんの少し暗く、それに気づいたのは同じ令嬢であるサファイアだった。


「政略結婚……まぁ、私たちの宿命だものね」


「……はい。決して嫌ではないのですが……この結婚が成立すれば、ここは私達プルーナー家の領地ではなくなってしまうのです。子供が私しか居ない我が一族には後継者が他にいないので、領地も譲渡する契約になっています」


 そう言いながら生まれ故郷の風景を見渡す眼差しには暗さはなく、むしろ輝きと慈愛が籠っていた。


「魔法が人の手に解放され、もう500年。ゆっくりとしていた研究と進化はここ数十年で急加速しました。産業にそれを取り巻く商業の移り変わりも目まぐるしいもの、その流れで父は悟ったのです。プルーナー家の家業だけでは今後生き残ることは難しいだろうと」


「それでなぜアンナ様が結婚を?」


「ラーゴ領の隣にあるアロ領では魔道具や魔法の研究開発が行われています。父はそこの技術を当てにしておられるのです。植物の中には薬効を持つものもありますし、当たれば事業としては安定するだろうと……結婚はその為の布石です。身内になればスムーズに事が進むのですよ」


「アンナ様はそれでいいんですか? その……アロ領の人の事が好きだとか、そういうのは……」


「まだお会いしてないのでよく分かりません。ですが家、ひいてはこの土地とそこに生きる領民の為ならば納得はできます。不思議に思うかもしれませんが、ノブリスの貴族とはそういうものですから」


 アンナの返答に、ミリアは納得したような、そうでもないような微妙な表情を浮かべる。恋愛結婚によって結ばれた両親を見て来た彼女には、結婚を取引の手段とするのがいまいち理解できていなかった。

 アンナは決意に満ちた目で続ける。


「ですが、もしこの騒動でこの土地の価値に泥を塗られてしまえば、最悪破談もありえます。父が焦燥しきっていたのはそれが理由です。自分の代ですべてを解決して、私に一つの苦労も残さない事が目的のようですから……」


「親とはそういう物だと思いますがね。ミス・プルーナー」


「分かっています。でもそれでも私は……できる事をしたいのです。私が生まれ、育ち、愛したこのラーゴに利益をもたらしたいのです! なにもせずにただじっとしているのは……あまりにも苦しくて」


「その為について来た、と。うーん……」


 クレイは悩んだ。一個人としてアンナ嬢の思いは理解でき、支持したいとも思った。だがギルドのリーダー、そして仕事人として依頼主の事を考えれば家で大人しく待っていてもらった方が絶対に良いからだ。

 だが時の流れは待ってくれない。遠くから響いてきた絶叫が考える時間を奪った。来たぞ来たぞを言わんばかりに、アリシアはにっと笑いながら立ち上がる。


「どうやらお出ましかな!」


「行きましょう!」


「わ、私も……!」


 立ち上がり、駆け出そうとしたアンナをクレイが制止する。なにかを口走ろうとした彼女の言葉を遮るようにクレイは言った。


「アンナ様、やはり貴女はここからお逃げください。依頼を受けた者として、依頼主のご家族が危険に晒されるのは看過できません」


「ですが……!ですが!」


「お気持ち、分かります。ですからお逃げになるついでに一つ頼まれてほしいことがあるんです。この周辺にいる人達を安全な所まで連れて行ってください。土地勘はおありですよね」


 早く逃げろとだけ言われると思っていた彼女は頼み事をされた事実に困惑し、言葉が詰まった。クレイはさらに続ける。


「これが僕が提供できる最大限のできる事、です。納得できないかも知れませんが、どうか飲んでください。それにアンナ様の故郷への想いは無駄ではありません。その想いを語ってくれたおかげで、僕達も共感してそれを胸に戦えます。だからどうか何もできないなんて思わないでください。貴女の想いが僕たちにも伝わって、それが力になるんです」


 彼の言葉にどう答えていいか分からなかったアンナが固まっていると、誰かが彼女の名前を呼びながら走ってきた。身なりの良い老紳士で、プルーナー家の執事を務める男だ。


「じいや……」


「それでは僕達は行きます。いい結果を報告しに行きますので、どうかご無事で!」


 クレイ達は叫び声が聞こえた方へと駆け出したのだった。

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