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四番通りのマスターワーカー  作者: ゼッケイ・カーナ
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ラーゴの青き謎生物

 透き通った朝日が窓から差し込む食卓に並ぶのは最高の焼き加減のパンとジャムに、芸術的な渦を巻いたハム入りのサラダ。これからの仕事を想定しての手頃な量ではあるが、格別な味により満足感は十二分だ。


「これが朝……朝から、このレベル……!」


「……稼げるようになったら自前で用意できるわよ。ミリアさん」


「じゃんじゃん稼いでいきましょう!」


 朝から現金な元気が溢れるミリアを尻目にクレイは微笑みながら食事を口に運び、咀嚼しながら先ほどまで話し合っていた事を纏めていく。


「……表で関わるのは設立時の依頼斡旋及び以降の依頼の際のみ。サファイアさんが在籍しているのはあくまで偶然、ルビー様の意思や政治的な思惑は関わっていないと主張しておく。秘密裏の依頼の際はその都度、指定された場所で内容を確認する。そしてフォスター孤児院とガーランド家の警護は厚くしてもらう……これでよろしいでしょうか」


「えぇ、異存はありませんわ。それでは……シンシア、プルーナー様をお呼びして」


 ルビーの指示を受けたメイドが部屋を出ると、一人の老婦人を連れて帰ってきた。歳のせいか背筋は曲がってしまっているが、皺だらけの瞼の奥にある瞳からは老いを感じさせない鋭さがある。


「ルビー様、本日はこの老体の願いに耳を傾けて下さり感謝の言葉もございません」


「お気になさらないでください。貴女様には世話になっておりましたから、恩返しがしたいだけですわ」


「おぉ、なんと慈悲深い……してこの者達が?」


 プルーナー夫人の眼がクレイ達を捉える。サファイアとアリシアがそつなく挨拶し、残りの二人がその後を追ったのを見届けると口を開いた。


「ごきげんよう、(わたくし)はモイラ・プルーナー。今回の依頼では報酬としてギルドハウスを提供させてもらいます」


「ギ、ギルドハウス!? ハウスってあの人が住むハウスですか!?」


「えぇ……亡くなった主人が所有していた家をどうしたものかと悩んでいました。もうすぐでこの街から息子夫婦の所に移住するつもりでもありましたから、活用してくれる方がいれば主人も喜ぶでしょう」


 モイラの使用人と思われる人物がクレイ達の前に数枚の紙を置いていく。彼らが不思議そうに覗き込むと、そこには水色の奇妙な何かが描かれていた。


「こ、これは一体……?」


「今回の依頼の対象です。息子であるラーゴ男爵が、プラ伯爵様に預けていただいたラーゴ地方……そこで目撃された謎の生き物です」


「魔獣ってことですか?」


「魔獣……おそらく魔獣だと、思います」


 プルーナー夫人はなんとも歯切れの悪い返答をする。その表情からは何かを隠そうとする意図は感じられず、本当に困惑しているといった様子だった。

 アリシアはもう一度、絵を見て対象を理解しようとした。


「まず……鳥のような曲がった二本足みたいだな。それで人みたいな胴体に、右腕のこれは……あぁ~……鎌を持っているな。で、左腕には羽が生えていて? 頭には山羊の角だ。無茶苦茶だな」


 言葉にすればより訳が分からない、その場に居た全員がどう言ったものかと言葉を詰まらせた。


「なんというか……想像を絶するというか、絵を見ても想像できないというか」


「別々の人形のパーツを適当に引っ付けたみたいな感じですね……見てて不安になってきます」


「この絵は複数の目撃証言から得た情報を統合して完成したものです。その目撃者の中には、私の孫のアンナもいます」


「お話を聞ける、という事でよろしいのでしょうか?」


「えぇ、既に馬車も用意してあります。準備ができ次第すぐにでも」


「じゃあ早速行こうか。ラーゴ領といえばここから少し遠い、早いに越したことはないだろう。ミス・プルーナー、馭者に準備をさせてくれ。我々も準備する」


 そういってアリシアはパンに残りのジャムを全て乗せて席を立つと、頬張りながら部屋から出て行った。クレイとサファイアは落ち着きながらも素早く、ミリアは慌てながら食事を口に放り込むと彼らは一言断って準備をしに行った。


 ~~~~


 隣の部屋でミリアが着慣れない武具に悪戦苦闘している最中、クレイは既に着替えを終えて武器のメンテナンスを行っていた。目を凝らしながら魔弾を発射するための魔法陣が刻まれた溝を、綺麗な布で丁寧に拭いていく。


(あれはこの間に見たキメラの類なのかな? となると密造犯の残党もしくは、あの時逃がした奴が関与している……ま、行ってからかな)


 そんな事を考える彼の背後からドアをノックする音が聞こえてくる。どうぞ、と応えると入ってきたのはルビーであった。


「どうされました?」


「貴方にお礼をしたくてね」


 クレイは一体なんの話か分からずに呆けた顔をするが、すぐに心当たりを見つけた。


「あぁ、ひょっとしてサファイアさんの事ですか?」


「えぇ、貴方のおかげでサフィは命を落とさずに済んだ。家族として、姉として感謝してもしきれないわ」


「大した事……ではありましたけど、お礼なんていいですよ。困ってる人を助けるなんて当り前ですし」


「珍しい人ね。金銭重視のワーカーというよりは、騎士に近い考え方……」


 窓辺へと歩みを進め、ルビーは外を眺める。数瞬の後に呼吸を整えてこう言った。


「あの子をよろしくお願いするわね。クレイ・フォスター……ちょっと頑固で真面目過ぎる所はあるけど、良い子よ。私達の自慢」


 ルビーの表情から確かな覚悟を感じ取った彼は一つの疑問をぶつける事にした。


「お礼というなら、一つだけ聞いても?」


「なにかしら」


「昨日と今日と、お二人を見ていて本当に仲の良い家族なんだなと思いました。互いが互いを大切に思っている……だからこそ不思議なんです。なぜ、サファイアさんがワーカーになるのをお認めになったんですか? ワーカーは恨みを買う事も多い仕事です。およそ貴族の就くものでは……」


「それね。まぁ、不思議よね……一つはあの子のしたい事をさせてあげたかった。二つ目に上流階級以外に生きる道を持っていて欲しかった」


 二つ目に来た予想外な答えにクレイは素っ頓狂な「えぇ……?」といった声をあげてしまった。そんな彼を咎めるでもなく、彼女は微笑みながら続ける。


「貴族は確かに安定しているし、収入も環境も良いわ。でも健全かと言われれば違う。互いを蹴落とす策謀に陰謀、毒で死んだり、謂われの無い罪で檻に送られ帰らぬ人達を私は何人も見聞きしてきた。あの子に……できればそんな世界にいて欲しくはない。ワーカーだって大差ないと思うでしょうけど、そっちなら自分で自分の身を守れる可能性が少しでも高める事ができる」


「ルビー様が守る事はできないのですか?」


「そうしたいけどね。でもダメなのよ、それじゃ。真に守りたければ籠に閉じ込めるのではなく、籠の外で羽ばたく方法を教えるべきよ。籠の中で飼い殺しなんて、残酷だとは思わない?」


「……昔、似たような事を師匠が言っていました。支配したければ自分が獣を狩り、育てたければ獣の狩り方を教えろ、と。意図して事ではありませんでしたが、試すような事を聞いてしまい申し訳ありません」


「気にしなくていいわ。それにまだもう一つ理由がある。あの子には市井での情報収集をしてもらうつもりよ」


 クレイは再び面食らう。先程までの姉としての慈愛に満ちた答えとはまた別の、いち貴族ルビー・マッケンジーとしての答えがそこにはあった。驚きこそしたものの、彼はそれに食ってかかるでもなく次の言葉を待っていた。


「最近はこの国も周辺諸国も、そのまた周辺も色々と不穏なの。こっちはゴーストの問題だって解決していないし、水面下で何が起こっているかはブラッドの為にも知っておきたいの」


「いいんですか? 任される身とはいえ、何の権力も地位も持たないつい先日知り合った平民にそこまで教えて」


「あの子は隠し事は苦手だし、貴方には下手に隠し事をしない方が良いと思ったのよ。色々な人と会う仕事なものでね……人を見る目には少し自信があるの。貴方にも協力してもらうわよ。街で育った貴方なら、あの根深いコミュニティにも介入しやすいでしょうし」


「なるほど……まぁ、ワーカーはグレーなところもありますからね。ですが情報屋と言うのはとかく狙われます。尽くしますが、覚悟はしておいた方がいいですよ」


「……あの子なら大丈夫よ。そう言えるくらいには育てたわ」


 その言葉から漏れる感情は確かな自信ではなく、それとは真逆の不安だと彼は感じていた。そして同時に己に言い聞かせるような念押しのようなものでもあった。

 ある種の賭け、安全な所に置いておきたい気持ちと信じて送り出す覚悟のせめぎ合い、貴き身分ゆえの責任、相反する思いが混ざりあった末の判断。自分からすればついさっき言われた事であったが、彼女からすればずっと悩んでいた事なのであろう。そう彼は考えながら、残った準備をすぐに終わらせると別れの挨拶をして部屋を出た。


 ~~~~


 揺れる馬車の中でそれぞれが思い思いに物を弄りながらの沈黙が続くが、別に険悪なムードという訳ではない。

 一人は「親交なんて後でいくらでも深められるから構わんだろう」という考えで、知り合いの机から奪ってきた報告書を適当に捲りながら謎の生物の正体に想いを馳せてるだけであり、二人はこれからする仕事に対する備えを万全にする為の作業に集中していて喋るのを忘れ黙っているだけである。そして最後の一人は忘れ物がないか心配で、もう手遅れなのに必死にカバンの中身を確認しているだけなのだ。

 確認を終えて鞄に道具を仕舞う途中、クレイの視界にサファイアが入り込む。複雑な機構を備えた彼女の武器は手入れは難しく、その顔は真剣さに満ちていた。


(……ある意味、ルビー様と僕は互いの身内を人質として預けているような状態だ。だからこそ互いに裏切れない、打算的な関係を築く事が出来た。下手に言葉だけの契約よりは信用できる。偶然、この人と出会って、仕事がかち合って、助けて、よくない状態になったけど良いこともあった。偶然、か……)


 彼の脳内にこれまでの人生での出来事が再生されていく。その中で受けた愛や施し、良い事も悪い事も覚えている限りの全てが。


(僕が拾った人が悪い人だったら、僕は今ごろどうなってたんだろう? 死んでるかな? こうして生きていられるのも、今の生き方をしようと決められたのも、とっても良い偶然が続いたからだ。生きてればそんな事もある。だったら……この打算的な関係を築いた相手が、実はそういった事を抜きに妹を護る人間だった。そんな偶然があってもおかしくはないよね)


 彼はドライな所があると同時に、わりと絆されやすい男でもあった。

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