身中の虫
勝利と敗北を同時に味わう事となった密造者の制圧依頼から数日後の夜。クレイ、ミリア、アリシアの三人はサファイアに呼び出されてマッケンジー邸の応接間にやってきていた。
その一室だけで生活ができそうな程の広さであり、美術品と見紛う輝きを放つテーブルと椅子に座っているクレイとミリアの所作はどこかぎこちなく、二人揃って運ばれてくる料理に目を白黒させている。
「こ、この皿のスープだけで一体どれだけの価値が……!」
「ミリアさん、値段の話なんてはしたないですよ……!」
「無料だろう。振舞ってもらっているのだから」
そう言って椅子の背もたれにもたれ掛かり、そのまま眠ってしまうのではないかと思ってしまう程にリラックスしているアリシアは更に続ける。
「いいかい? マナーは色々あるが一番はおいしく食べる事だと私は考えている。気負って食事するなんて馬鹿らしいだろう。私達が美味しく食ったその時に、この食事とそれを作ったシェフに初めて価値が生まれるのさ」
「ア、アリシアちゃん……! 大人っぽい事言うんだね!」
「……大人だ。そしてさんだ! あの時に言っただろう。私は君達より年上だと!」
こだわりを見せるアリシアだが、ミリアはそんな彼女に「でもねぇ」とでも言いたげな表情を向ける。更に反論しようとした所で、この晩餐の主催が姿を表した。
「ごきげんよう、皆様。サファイアの姉のルビー・マッケンジーと申します」
横に並んでいるサファイアと似た雰囲気を醸しながらも、若さゆえのエネルギッシュさと生真面目さからくる余裕の少なさを感じさせる彼女と違い、決して揺るがない凛とした芯に柔らかな悠然さを纏っている。
クレイは肉を頬張りながら彼女からそういった印象を受けた。
「今宵の食事はお口にあっていたでしょうか?」
「しょ、しょれはもちろん! 美味しいです!」
さっきまでとは比にならない程に緊張したアリシアの答えにルビーは優しい笑みと共に「それはなにより」と返すとサファイアと共に席に着く。
席に着くなり何かを言おうとした妹に姉は目配せし、なるべく相手を緊張さえないような穏やかな口調で話し始めた。
「本日はこのような急な呼び出しに応えて頂き感謝いたします。何分、急を要する話なものでして……ですが、今は食事を楽しみましょう。実は数日前に良い物が手に入りまして」
そこからは食事に舌鼓を打ちながら、ルビーが投げかける質問に各々答えていくという時間が過ぎていく。質問の内容自体は大したものではなく、ワーカーになる前の生活についてなどのありふれたもので、時折やってくる小さな笑いはその場に漂っていた緊張感を少しずつ和らげていった。
時間は流れ、メインディッシュも値の張りそうな良い物のデザートも平らげてテーブルの上には水の入ったコップしかない状態になり、全員すっかりリラックスしきっていた。そこへルビーが最も重要な質問を投げかけた。
「さて、緊張を解けてきた頃合いでしょうし、今回のお呼びした目的について話し合いましょう」
「あぁそうか……いかんいかん、良い物を食って気持ちよく寝るところだった」
「数日前、サフィを含めた四人で成功された依頼……その後、梟達や弟の率いる騎士団の調査によって色々分かった事がありますの。サフィ」
「はい、姉様」
サファイアは腰につけていた袋から緑の液体が封入された小さな瓶を取り出した。それは更に一回り大きな瓶に入れるという厳重な封の仕方をされており、尋常ではない何かが封印されているのは素人目にも一目瞭然である。
「これは私達があの仕掛け矢から見つけた毒よ。調べたらやっぱり穏やかな眠りだった。そしてこれのせいで一つ分かった事がある。この一件……裏にいるのは貴族、それも相当稼いでる伯爵クラスよ」
「な、なんでそんなことが分かるんですか、サファイアさん?」
「この毒は元々は毛虫が持ってるものなのだけど、本来は人間が指で触れてもちょっと痺れる位で済む筈なの。だけど特殊な方法で毒の成分だけを取り出して濃度を高めると劇物になる……」
「その特殊な方法というのが非常に手間でして、ほとんどの国でこの毒の流通が禁止されてる事もあってかなり値が張るのです。だいたいこのサイズの瓶で……100Gは下らないでしょう」
「ひゃ、100!? 一月で食事代が3Gとして……三年行かないくらい!? こんなちんまいので!?」
ミリアは開いた口が塞がらない。目の前の汚い緑の液体にそんな価値があるとは思えず、そんな事に金をかけるなら保存食でも買えばいいのではと考えていたからだ。
サファイアは瓶を袋にしまってメイドに渡すと、こう続けた。
「これに関連してもう一つ。この間の依頼で私達が関与している事がいつの間にか全ての伯爵様達に知られていたわ。このせいで私達四人はかなり面倒な立場になってしまった……どこから漏れたのやら」
「……と言うと?」
「先ほどサフィが伯爵クラスが裏で関与していると言いましたよね? つまり黒幕からすれば、あなた方は現場を知っている数少ない、それでいて政治的なしがらみの少ない平民という事になります」
クレイの顔が引きつり、その先の言葉を予測したミリアは絶句した。そしてルビーは無慈悲に現実を告げる。
「このままではお二人とも、なんらかの事故や事件に巻き込まれ命を落とす事となります。そこで提案です。……サフィとアリシアさんを含めた四人でギルドを結成してほしいのです」
「…………なるほど。ギルドを結成すれば補助を受けられる代わりに国からの介入が増えますが、それは同時に国の目につく場所にいられるとも考えられる。そうなれば僕達に対しておいそれと手は出せない。伯爵様達が皆知っていて、サファイアさんがいれば尚のこと」
「そういう事だ、クレイ君。依頼をこなし続け、国からも重宝される存在になればその効果はより高まる事になる。君のマスターワーカーになるという目的も、ミリア君の金稼ぎも両方達成できるいい案だとは思わんかね」
「アリシアさんはこの事を知ってたんですか?」
「あぁ、ギルド結成の案も私が出させてもらったよ。彼女達にはこの場をセッティングして貰ったのさ」
クレイは深呼吸し、背もたれにもたれ掛かって天井を見つめ始めた。ある種、脅しても言える提案に乗るべきかどうか悩む中でふとある言葉が脳内を過った。
―ミリアちゃんをよろしく頼む。
以前依頼を受けたミリアの知り合いであるトムの言葉が反響し続け、次第に彼の思考を満たしていく。そして無言のまま彼女の方を向いた。
「な、なんですか?」
(正直、僕一人だけなら逃げの一手を打てば何とかなる気はしなくもない。でもこの人にそれができるだろうか? もしここで自分一人だけ降りて逃げたとして、それはとても……不義理な事だ)
「ミリアさん、仮にここでギルドを結成しなかったとして……貴族達の刺客から逃げ切れる自信はあります?」
「無理ですね。死にますね」
絶望からか、一周回って冷静になった彼女は乾燥気味な感情で答えた。
「そうですか」と返事をすると、彼は毅然とした態度でルビーと目を合わせ答えを出す。
「分かりました。有り難く、その提案に乗らせていただきます」
「……ご英断、感謝いたします。ではその事について話し合いたいですが、今日はもう遅いので本日はこの館に泊まって明日の朝、朝食を取りながらというのは如何でしょうか?」
「ちょ、朝食まで頂いちゃって良いんですか!?」
「えぇ、もちろん。これからサフィと仲良くしてくださる方々ですもの」
先ほどの絶望はどこへやら。明日の朝食に思い馳せて胸弾ませ、ミリアの不安はどこぞへと吹き飛んでいった。
これが、これより後の世において伝説として語り継がれる事となる少数精鋭ギルド「フォスロド・ワーカーズ」。その始まりの夜であった。




