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四番通りのマスターワーカー  作者: ゼッケイ・カーナ
20/30

消えた証拠

 ほの暗い地下通路を進んだ先にあったのは大量の檻と雑多に散らばった何かしらの道具の数々、そして逃げた男を捕えたクレイ達であった。アリシアは背負っていた成果を彼らの目の前にドカっと下す。


「そちらも終わったようだね。こっちは……まぁ、面白かったよ」


「ご無事でしたかアリシアさん。それは?」


「魔獣の氷漬けだ。見るかい?」


「いえ、遠慮しておきます」


 クレイの返答を聞いたアリシアは「そうか」と言うと周囲を興味深そうに物色し始めた。好奇心の赴くままに小さな檻の中へ屈んで入ったり、作業台の上にあった小さな道具を手あたり次第動かしたり、果てには何らかの生き物の死骸であろう物に直接手を突っ込んだりと、彼女はそういった傍若無人な行いを涼しい顔でし続けている。

 その様子を見ていたクレイ、ミリア、サファイアの三人はある種の感動を覚えながらもこの後の事について話し始めた。


「うへぇ……あんなばっちぃのによく手を突っ込めますね。アリシアちゃん」


「クレイ、次はどうする? この男もまだ起きそうにはないけど」


「そうですね……証拠になりそうな物を集めて外で待機しましょうか。作戦に騎士がついてきてないのは不自然だとは思ってましたが、どうせ来ているでしょうし」


「というよりもうそこに来ているぞ、君たち」


 背後の彼らに振り返る事もせずにアリシアは言った。どういう意味かと三人が互いに顔を見合わせていると、彼女は続けざまにこう言う。


「キュリオの奴もいい物を作るようになったが……相変わらず試作品をとりあえず実戦投入するイカしたセンスは健在か。いい加減姿を出したらどうだい? 梟さん達」


 四人がやって来た方向へと彼女は顔を向ける。一秒か二秒の沈黙の後、一匹の梟が虚空のベールを脱ぎ捨て現れた。急所のみ金属の防具、それ以外の部位は魔法で強化した緑の布を身に纏っているが、何より特徴的なのは森で身を隠すために全身に縫いつけられた葉っぱや枝だ。

 (ナイトオウルズ)、森などの過酷な自然環境での特殊な任務につく騎士の一種である。姿を現した梟はその大人しそうな出で立ちからは想像できない陽気な口調で喋りはじめた。


「流石は天才と呼ばれた魔法使いだねぇ。こいつに気づくとは」


「見張りかい? それともこれから証拠隠滅といったところかな?」


 アリシアの不吉な予想を感じ取ったクレイは迷う素振りも見せず、銃口を梟へと向けた。それに対して梟は恐れる様子は微塵もなく、むしろ先ほどよりも更に陽気でおどけた雰囲気で語りだした。


「まぁまぁ、そうビビんなって。ちゃんと仕事してるか、なんか隠れて持って帰ろうとしてないかの監視役が今回の俺らの任務さ。取って食おうって訳じゃない」


「……失礼しました。今回は他の場所にも別のワーカーが派遣されていると聞きましたが、そちらにも?」


「もちろんだ。他の拠点を襲撃したピカクスと黒狼の方も成功したって報告が少し前に入ってな。今回の同時襲撃作戦は全て無事成功って訳だ。おめでとう」


 梟の言葉から仕事の終わりを確信したミリアは全身の力を抜いて近くの壁へともたれかかった。それはなんてことのない行動で、彼女は特に意識もせずに壁に全体重を預けたのだ。

 するとどうだろうか。少女の体重ではびくともしない筈の土の塊がハンモックの様にへこみ、彼女がその不可解な現象に疑問を感じる暇をも与えずに乾いた音をいくつも鳴らしながら崩れ去ったのだ。


「うへぇあ!?」


「敵!?」


「いいえ違います! これは……!」


 派手に転んだミリアをかばう様に起こしながら、クレイは松明を暗闇へ向けた。火が照らし出した光景はこの地下空間ヘ続いていた隠し通路と同じように奥まで続いていたが、たった一つだけ違う点があった。わずかにだが上り坂だったのだ。

 次に彼は手に持った火の揺らぎに視線を移すと、世話しなく動く火のとんがり帽子は何度もクレイ達の居る部屋の方へと揺らいでいた。


(火がこっちに……まさか!!)

「やられた!」


「どうにもそうらしい!」


 クレイとアリシア、二人は示し合わせたように新たな隠し通路へと駆け出した。梟の一人は事態が急転した事に驚きながらも、即座に自分が取るべき行動を導き出す。


「あぁもう突っ走っちゃって……おい、ここの調査はお前らに任せる! サファイア様、有事の時はこいつら使ってやってください!」


「え!? え、えぇ……」


 ※  ※  ※


 幸いにも一本道だった暗闇を全力疾走して三十秒ほど、外からの光がほんのわずかに差し込んでいる壁に突き当たった。近づこうとするクレイをアリシアが止める。


「待ちたまえ、私が確認しよう。銃は構えていてくれよ」


「了解しました」


 真剣な眼差しで壁を注視する二人に遅れて梟がやってきた。


「おいおいお二人さん、愛の逃避行? 急に動くのはやめてくれないか?」


「すいません。ですがわざわざ僕達の相手をしていて、ここに更なる隠し通路があるという事は……」


「誰かを逃がす為に足止めしてたって事だろ? いい判断だ。でも一言でいいから口にしてくれ」


「罠は仕掛けられていない。距離もそう離れていないし、向こうは森の中か?」


 彼女の呟きに反応するように、梟は頭の中に叩き込んでいた周辺の地形と移動距離を照らし合わせ現在位置を割り出した。そして若干だが得意げにこう言った。


「間違ってないならこの先に俺の部下が見張りをしてる。きっと逃げた奴は捕まってるだろうさ」


「だと良いですけど……それでは確認しましょう」


 アリシアが壁に偽装されていた内開きの扉を開けると、目の前に広がっていたのは適度に生えた茂み。なだらかな坂を登って地上に出た後に振り返った景色は一見すると単なる窪みにしか見えなかった。

 そこは森の一角であり、ヴェール伯領の港町に近い場所でもあった。地上に出ると梟は指笛で合図を送る。それに応えるようにどこからともなく別の笛の音が鳴り、梟がもう一度吹くと木の上や低い草に隠れた彼の部下達が姿を現した。


「バフィー隊長。どうかされましたか」


「こっちの作戦は成功したが、どうにも逃げた奴がいる可能性が出てきてな。誰か捕まえなかったか?」


「いえ……ここを通ったのは数匹の動物ぐらいです。人が来ればすぐ分かります」


 部下の報告に(バフィー)は兜越しに怪訝そうな顔をする。彼は部下の事を疑っていた訳ではないが、経験と状況から逃げ出した人間がいる可能性がかなり高い事を直感で理解していた。だからこそ、その脳内に新たな、それでいて恐ろしい可能性が浮上してきた。


(まさか連中、こっちと同じ個人携行型の透明になる魔道具を作っていたのか? あの秘密の工房にも似たようなものは使われていたし、あり得る話……面倒になってきた。どこからそんな金を)


 悩む梟の(おさ)の横、というよりも下でクレイは草をかき分けて地面を凝視していた。アリシアは魔力の残滓を探しながら彼へと尋ねる。


「落とし物でも期待しているのかい?」


「それもありますが……あの(ナイトオウルズ)が見逃すとは思えません。そうなれば、あの人達でも気づけない手段を用いたと考えるのが一番の筈です」


「確かにそうだな。だが個人携行、ましてや身に着ける物となると魔道具の動力たる魔力の補給源は装着者の肉体由来になる。あんな小汚い工房で作成された物がそこまで効率的に変換できる代物かな?」


「ここまで状況が揃っています。最悪の事態を想定する人間が一人いても良いのではないでしょうか」


「……良い考え方だ。やはり気に入った」


 彼が地面とにらめっこを続けて二、三分。クレイは地表に何かを引き摺ったような跡を見つけた。中腰の姿勢でいくつもあるその跡を追っている内に更に港町へと近づいていき、気付けば町はもう目と鼻の先であった。

 その時、彼の足元に何かが流れてくる。茶と緑のツートンカラーに埋め尽くされた視界ではひと際目立つ赤黒い液体。彼はそれが何かをよく知っていた。

 もはや嫌な予感などはとうに通り越した確信をもって遡上してみれば、水源にお目当ての物……否、()()()()()()()()が横たわっていた。


「皆さん、居ました!」


 彼の呼び掛けに梟達とアリシアが集まり、足元の死体を取り囲んだ。

 傷口からの出血で出来た血の海にうつ伏せで横たわっていた死体。アリシアはその頭をなんの躊躇もなく掴むと、その凄惨な様相にたじろぎもせずに感心し始めた


「随分と上手くやったんだな。首を派手に切っているのに周りの草に血が殆ど飛び散っていない。この体勢からして、押し倒されてから切られたのか? 体温はわずかにだが暖かいな。逃げて少しだけ経っているだろう」


「追いかけましょう! 港町でも騎士は少なくない筈です。不審な人物を見つけて……」


「いいや、残念だがそうもいかないんだな」


 飛び出す勢いのクレイを、バフィーが静かに止めた。なんでそんな事を、といった言葉が似合うような怪訝な表情を浮かべる彼をバフィーは町が一望できる場所まで連れてく。そこでクレイが見たのは予想だにしない光景であった。


「こ、この人だかりは!?」


「ノンブ祭りだ。この時期になると周辺の海を埋めつくす勢いで(ノンブ)がやって来て、しばらくは飯に困らなくなる。それを記念した昔っからある祭りさ。山の方でずっと暮らしてると縁がないだろ?」


「この中から探さないといけないんですか……?」


「無理に決まってる。あの俺達とあの死体以外の魔力の反応もあそこには残っちゃいなかった。影すら見てないのに追える訳がない。鬼ごっこは密造者の勝ちだ」


 クレイは無意識に歯を食いしばる。自分の故郷と大事な人間が巻き込まれるかもしれない犯罪の証拠が群衆の中に消えてしまったという事実に歯痒さと暴力的な義憤を覚えていた。

 その様子は傍から見ても分かる程で、バフィーは労いの言葉と共に彼を落ち着かせようとする。


「気にするな、ワーカーとしての仕事はちゃんとできたんだ。あの工房は壊滅したし、相手もそう簡単に派手な動きはしない筈さ……良い仕事だった。後はこっちの領分だから任せな」


「……はい。ありがとうございます」


 後ろ髪を引かれるような心持をゆっくりと鎮めながら、彼はアリシアと共に残した二人の元へと帰っていった。

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