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四番通りのマスターワーカー  作者: ゼッケイ・カーナ
18/30

ヴェール伯領‐密造者制圧依頼③ 

 扉代わりに掛けられた小汚い布を捲った先にある室内は暗く、外から僅かに差し込んだ光が照らし出す煙から先ほどまで松明が焚かれていた事が伺える。

 外にいた三人の敵を行動不能にし突入した四人は、互いの背を隠すようにして固まっていた。なるべく響かないように小声でささやき合う。


「暗いですね……松明はどこに」


「この暗さ、目が慣れてもまともに見えるかどうか」


「人の気配はしませんけど、逃げちゃったんですかね?」


 ただ一人、静かに暗闇を魔術的手法で探っていたアリシアはその空間に仕掛けられた異常に感づいていた。

 魔法使いとは魔力の操作に長けた者であり、その起源はまだ人間が原始的な文明を手に入れたばかりの頃の祈祷師のような存在まで遡ると考えられている。そしてその時代から魔法使いが得意としてきた術の一つに魔力による地形把握が存在する。

 しかしそれがこの場では魔力がどこかへ流れて行ってしまい、うまく機能しないのだ。魔法使いとしての実力に確固たる自信があったアリシアはすぐさま外的要因を探りだした。


「空間に漂う魔力を集めている……? 充填機なんて高級品をこんなのがどうやって」


 彼らの囁く声しかしなかった暗闇の中、唐突に張り詰めた弦が解き放たれた音がした。音を聞くや否やクレイは両腕を地面に押し倒す。

 事態を察したサファイアが剣のロックを解除して音のする方向ヘと斬撃を飛ばすと、暗闇から木が割れるような乾いた音が幾度か響いた。


「な、何するんですかクレイさん!」


「クロスボウです! どこか、遮蔽物……!」


「……なめるなよ。ファイア・ボール!」


 アリシアは指先から火球を生み出すと虚空へと投げつける。その見事というほかない魔力の操作で奇妙な軌道を描いた火の球は室内にあった全ての松明をに火を灯し、明りによって照らし出された空間には誰も見えず、代わりに大量の作業台が横倒しになっていた。

 ミリアを庇うようにして机に狙いを定めるクレイは呟く。


「魔法による補助機能付きならもう次弾装填は済んでいる……しかし暗がりからの闇討ちというアドバンテージがなくなった以上はこっちが有利なはずです」


「私が切り込む。クレイ、物陰からなにか出たらよろしく」


 サファイアは伸びた剣で自分自身を取り囲むのようにして防御し、前進していく。影の一つ一つを潰していきながら残りの敵の位置を確かめていく。

 物陰は残り二カ所となり彼女から向かって左の影に顔を向けた時、隠れていた男が閃光を放つナイフを構えて音もなく現れた。


「サファイアさん、右です!」


 クレイはナイフを持っていた右手を魔弾で撃ち抜く。しかし男は怯まず隠していた武器を取り出そうと左手をポケットへと突っ込んだ。だがそれは叶わず、気付けばサファイアの手が男の手首を万力のような力で締め上げていた。


「そのマジックナイフ、許可の刻印が刻めないレベルの出力ね。あの野菜泥棒達と同じものかしら?」


「ッ! てめぇらが……!」


「殺しはしない。でも大人しくはしてもらう!」


 そう言うや否や彼女は身体能力を向上させる魔法で握力を強化し、男の手首の骨を無慈悲にも粉砕する。そして悲鳴を上げさせる暇もなく素早く無駄のない肘の一撃を顎に当て、意識を遠い彼方へ飛ばした。

 サファイアは周囲に何もない事確認すると、三人に来てもいいという合図を送った。


「この男……クロスボウは持っていないですね。それに床についたこの血」


「サファイアさんの攻撃は当たってたんですね」


「だけどそこまでいい感触ではなかったわ。出血の量から見て太ももに当たったのかしら? アリシアさん、そっちはどう?」


「こっちは面白い物を見つけましたよ」


 アリシアが指さしたのは部屋の一角、丸く窪んだ謎のスペースだった。何かが置かれるでもなく、しかし不自然に薄く盛られた土だけがそこにはあった。

 彼女は指した指を最初に示した場所より少しだけ手前に持ってくる。皆が視線を移すとそこには僅かだが血痕があり、遡ればクレイ達がいる血だまりまで続いていた。


「隠し通路か隠し部屋か……まぁいずれにしろ、この扉を開ければ分かる。ガストショット」


 アリシアの手のひらから飛び出した突風が土を弾き飛ばすと、その下から取っ手のついた木の板が出現した。慣れた手つきで板を魔法で解析し、罠がない事を告げる。

 クレイは板の前に立つと横にいたミリアにこう言った。


「ミリアさん、その槍であの扉を開けられますか?」


「や、やってみます!」


 器用に取っ手ヘ穂先を差し込んで少しだけ持ち上げる。腕に入れるべき力の感覚から行けると判断した彼女はそれをクレイに伝える。それを聞いた彼は扉へと銃口を向けた。


「魔法的な罠は無くても、爆薬とワイヤーを使ったものを使用している可能性もあります。アリシアさん、防御魔法はできますか?」


「もちろん」


「じゃあ……ミリアさんが扉を開けて、アリシアさんは防御を担当。僕とサファイアさんは誰かが飛び出してきた場合に迎撃します。行きましょう」


 緊張の一瞬。静まり返った室内に木の軋む不気味な音が鳴り、ゆっくりとその口を開いていく。やがて槍では持ち上げきれない角度に到達すると、クレイは音を立てないように扉に素早く近づいて中を見る。

 中にあったのは通路であった。降りる為の階段はなく、松明の灯りで多少は見えるが奥はかなり深いようで全容を把握する事はできない。


「何もありません。ミリアさん、抜いていいですよ」


 クレイは手近な松明を左手に持ち、右手で銃剣を構えたまま降りようとする。

 誰もが眼前の暗闇に意識を集中させている時だった。クレイの首筋にまるで氷の塊が当てられたかのような冷たく恐ろしい感覚が走る。その感覚はゆっくりと首から背中へと流れ落ち、次第に彼の半身にもたれかかる様に広がった。

 彼の呼吸が唐突に激しくなり、異様な汗をかき始めた事に気が付いたサファイアは心配して声をかけようとするが、次の瞬間にクレイは凄まじいスピードで振り返って背後の何かに銃剣を突きつけた。


「誰だ! ……え?」


 そこに居たのは……顔のない影法師。動きもしなければ喋りもせずに、ただただそこに立っていた。そこに立って、背中を曲げた体勢から想像するにクレイをただじっと見つめていた。


「うぇあ?!」


「ゴースト!? この……!」


「これが……!」


 クレイの魔弾とサファイアの斬撃が同時に黒い影に命中する。だが彼らの攻撃は霞にでも当たったかのような手応えの無さで、影はその感触通り、風に煽られた煙のようにその場から消え去ってしまった。

 背中を覆っていた嫌な感覚から解放され、ゴーストが居なくなった事を察知したクレイは安堵のため息を漏らす。だが頭に湧いた疑問のせいで心が落ち着くまではいかなかった。


(どうしてこんなところにいきなり……つけられていた? い、一体なにが!?)


「くそっ! 逃がすなんて……!」


「な、え? ん? んん?」


 疑問に頭を抱えるクレイに、取り逃してしまった事に憤るサファイア。突然の事に驚きより混乱が勝ったミリア。三者三様の反応を見せる中、ただ一人だけ静かに笑っている者がいた。


(駄目だ。抑えきれない……しまったなぁ。もうちょっと観察を続けるつもりだったが、こりゃ即決だ。面白い物にはさっさと手を……)

「……なんだ? この魔力の反応は生命体……にしては強すぎるが」


 アリシアは暗い隠し通路の向こうから強烈ななにかを感じ取り、顔を突っ込んで覗き込む。ほんの少しだが暗闇の中から激しい呼吸のような音が聞こえる。


「通路の中は充填機の範囲外か。スキャニング!」


 通路一帯が目に見えぬ魔力の布で覆われ、暗闇の中に起伏が出来上がった。魔法の発動者たる彼女にのみ、その輪郭が理解できる。


(数は四匹、脚は四本に長めの顔が……!? 速い!)

「何か来る! ここから離れろ!」


 四人は一斉に飛び退いた次の瞬間、複数の犬の吠える声が部屋中に響き渡った。

 猫と見紛う跳躍力で複数の犬が部屋に入ってきたが、それらの容姿は明らかに異常であった。首の両サイドからまったく別の犬種の頭が二個。合計三個の頭を持つ犬達で、それぞれのベースとなったであろう種類もまるで違うちぐはぐな猟犬の群れだ。


「く、首が三つ!? 気持ちわるっ!」


「奇形……にしては変ね。こんなに元気なものかしら」


「魔獣ですね。これは」


 犬達に続いてクロスボウを手にしたスキンヘッドの男が意気揚々と現れた。その足には血に滲んだ汚い布が巻かれている。


「よう、雇われのワーカー共! 誰に依頼されたが知らねぇが、俺らの邪魔するならこいつらの餌になってもらう!」


「魔獣をテイムするとは!」


「テイム? ちげぇなぁ、こいつは人造魔獣のケルベロス! 俺達の商品だぜ!」


 衝撃が走る。そもそも魔獣とは人類にとって駆除すべき競争相手であり、制御できぬ絶対的な強者。テイムができるという事実はあるが、それは才能を努力で磨き続けた天才が成せる奇跡。少なくとも人間が技術で再現しようなどと考えてはいけない存在なのだ。

 そしてサファイアは気付く。犬の首に妙な縫い痕がある事を。


「まさか……他の犬を!」


「そうとも! 苦労したぜぇ? なにせ魔獣化するにはどれだけ魔力を与えりゃいいか、全く分からなかったんだからなぁ。まぁ苦労に見合った良いのが出来た。てめぇらで初の実践運用といかせて貰うぜ!」


 想像を絶する外道を前に冷静、義憤、嫌悪感とそれぞれの感情を持って臨戦態勢をとる。だがその三人の前に一人の少女が立ち塞がった。

 アリシアだ。しかしその表情はもはや少女のそれではない。


「面白そうな犬は私に任せたまえ。あのつまらなそうな男は君達に頼む」


「アリシアちゃん、一人でって……というか喋り方おかしくない……?」


「ミリアくん。ちゃん付けはもういい、さんづけだ。私は君たちの誰よりも年上だからね」


 ミリアは意味不明な告白に開いた口が塞がらなかった。

 そんな彼女をまるで気に留めずにアリシアは腰にぶら下げていた本を開き、自身の周囲に無数の魔法陣を展開した。口角はつり上がり、心の底からこぼれ出た笑いは獣の威嚇にも似ている。


「諸君、色々話したいがまずは目の前の問題だ。実戦形式のデモンストレーションといこうか!」

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