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四番通りのマスターワーカー  作者: ゼッケイ・カーナ
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ヴェール伯領-密造者制圧依頼②

 鬱蒼とした森の中はいやに静かで歩き辛く、普段は溢れているであろう生命の気配もどこか少ない。クレイが正面、サファイアとミリアが左右、アリシアが後方を警戒する陣形をとりながらマチェットの残した印を頼りに目的地へと歩を進めていく。

 歩き始めて十分程経った頃、ミリアが地面の何かに気が付いて声を出した。


「皆さん、止まってください! 罠があります」


 彼女が指さした先には光の加減で見え隠れするほどの細い糸がちょうど足首に当たるような位置で張られており、その糸を辿っていくと近くの樹に小さな(やじり)が入った筒が設置されていた。ミリアは糸が外れないように器用にそれを取り除くと三人に見せる。


「これ、獣用にしては小さすぎます……嫌な想像ですけど人用ですかね」


「ふむ……既に発動可能なだけの魔力が充填されてますね。糸が外れると同時に魔法陣が完成して爆発魔法による衝撃で矢を飛ばす罠ですか」


 アリシアが魔法陣を解体しながら罠の解除を進めている最中、サファイアは外された鏃を凝視していた。クレイは周りを警戒しながら尋ねる。


「何か気になることでも?」


「ここを見て。中に液体が仕込まれているわ」


 鏃の平らな部分を摘み引っ張ると変形し、中からとろみのある薄緑の液体が溢れ出してきた。

 サファイアは脂汗をかきながらアリシアの肩を叩く。


「アリシアさん、氷の魔法は?」


「できますよ。氷漬けですか?」


「えぇ、ボールにしてちょうだい」


 アリシアの手により一瞬で氷の玉に封じ込められた鏃は彼女の鞄の中へと仕舞われた。そしてサファイアは安堵したような表情で液体の心当たりを語り始めた。


「多分だけど、あれは穏やかな眠り(ピースフルスリープ)……致死量は針の先に二、三滴程の劇物よ」


「なんでそんな名前……」


「初期症状は全身の軽い痺れ、進むごとに体の端から動かなくなって……最終的には心臓も肺も動かなくなって死ぬ。でも全身が麻痺するからもだえ苦しむことはなく、眠るように静かな死に近づく。だから穏やかな眠り(ピースフルスリープ)よ」


「趣味わるッ!? 何を食べたらそんな名前思いつくんですか!」


「ミリアさん、私が命名した訳じゃないのよ……ま、趣味が悪いのは確かね」


「しかしよく分かりましたね。色が特徴なんですか?」


「いえ、直勘よ。実物は何度か見たことがあるけど……とりあえずあれは持って帰ってキュリオさんに調べてもらいましょう。もしそうだったら面倒な事になるかもしれないけど」


 意味深な彼女の言葉にクレイはどういった意味かと聞こうとしたが、それは叶わなかった。唐突に草陰から物音がしたからだ。

 四人は反射的に音の方向へ攻撃の構えを取り、無言のまま視線を送り合う。最初に口を開いたのはアリシアであった。


「先制攻撃といきたいですが、魔法をはじき返す反射魔法も存在します。物理的に殴るのが得策かと」


(冷静……こういった状況に慣れてるのかな)

「チェーンハウンドか、それともサファイアさんの剣か……」


「ミリアさん、一時武器を交換しないかしら?」


「え、良いんですか?」


「槍ならいくらか練習もしたし、近づかれても殴り倒せる自信はあるわ。人間ならね」


 二人が得物を交換しようとした時、再び茂みがカサカサと動き中からゆっくりと挙げられた手が出てきた。手の人物は震えた声で叫ぶ。


「ま、待ってくれ! 俺は野草を採りに来ただけなんだ!」


 茂みから出てきた男は木の皮で出来た籠を背負っていた。

 クレイが銃剣を向けながら「中身を見せろ」とジェスチャーすると、蓋代わりの布をとって四人の前に差し出した。


「傷薬でよく使われるコンソラばっかりですね。ん……見た目より底が浅い?」


「そ、底が抜けないように分厚くしてるんだ。あんたらはワーカーか?」


 ミリアが中身を確認した事で四人はひとまず武器を下す事にした。不安そうな野草採りの男にクレイは落ち着いた口調で説明する。


「はい。魔獣の目撃情報があったらしく、調査を依頼されまして。それらしいものは見ましたか?」


「魔獣? それなら居ないよ。ちょっと前に別のワーカーが討伐したばっかりなんだ。無駄足だったな」


「念には念をというやつですよ。それと対人用の罠が仕掛けられていたんですが……なにかご存じですか?」


「た、対人用の罠!? 誰がそんな……!」


 男は驚きに満ちた声で答えたが、クレイは罠の話をした瞬間に彼の視線が仕掛けられていた木に一瞬だけ向けられたのを見逃さなかった。

 そしてそれに気づいたのは彼だけではない。いつの間にか籠の近くに居たアリシアが大量の野草の中に手を突っ込んで籠の底を調べ始める。


(薄い木の板……野草を入れるだけなら確かにこれで十分。一見、怪しさはない)

「……考えましたね」


 アリシアは籠を両手で持ち上げると上下左右に揺さぶりだした。揺れる籠からは本来、葉っぱが擦れあう音がする筈なのだが、何故か一切音が鳴らない。今度は籠の中を激しくかき回し始めるがそれでも音は鳴らない。

 なにか納得したような表情をすると、彼女は指先を魔力で強化させ底板を破壊してしまった。


「やっぱり、消音の魔法ですか。それでこれは……随分と金属質な野草ですね。これも傷薬ですか?」


 籠の中から金属が擦れ合う音が鳴ったかと思うと、彼女は鏃を拾い上げた。形、サイズどれも先ほど解除した罠に使用された物とまったく同じであり、更に中から糸と半円状の筒のパーツまで出てきたのだ。

 もはや言い逃れは出来ない。理由は分からないが、誰もがこの男が罠を設置していたのだと確信した。


「……手を挙げてください。聞きたいこともあるので殺しはしませんが、抵抗するなら酷い目にあってもらいます」


 クレイの目から感情が消え、その精神状態は()()をする為に極限までフラットになる。銃剣のグリップ部分を稼働させ、銃として撃ちやすい形にして男の頭に突きつけた。男の顔はみるみると青ざめていき、視線も定まらずに全身の震えが酷くなっていく。


「手を挙げてください」


 彼は機械的にもう一度忠告し、男の足元に一発だけ魔弾を放つ。弾丸が命中した地面は深く抉れており、当たれば深手どころではないのは火を見るより明らかであった。

 一呼吸。野草採りの男は深呼吸すると、意を決して素早くある方向に向かって何かを叫ぼうとした。


「逃げ……!」


 だがしかしクレイも速かった。銃口からチェーンハウンドを呼び出すと、まず開かれた男の口に鎖を咬ませて黙らせる。次に余った鎖で両腕を拘束し、ハウンドを両親指に嚙みつかせることで両手の自由を奪う。そして最後に男を振り向かせると、顎に強烈な膝蹴りを放ち歯を全部砕いてしまった。

 連撃を喰らった男はうな垂れて動かなくなり、クレイは全てを終えた後にアリシアにこう聞いた。


「魔法で治療できます?」


「できますけどやる前に言いません? それ」


 こうして負った傷を治療された男は目を覚ますと命乞いをしながら情報を吐き出し、そこから分かったのは以下の事である。

 ―男は金に困っており、最近雇われたばかりである。

 ―()()の場所は知っているが中には入れてもらえなかった。

 ―密造者は少なくとも五人はおり、男に罠の設置を指示したスキンヘッドの男がリーダー格である。

 ―何かしらの動物を飼っていると思われる会話をしていた。

 クレイ達は前情報とも一致するこの証言を信じる事にし、男に目的の場所まで案内をさせた後にとりあえず意識を奪って口を塞いだ上で近くの木に縛り付けた。

 印も確認し、目の前の何もない空間が話に聞いていた透明な工場だと確信する。しかし彼らの目に視界には魔法を発生させる何かしらは見えなかった。


「うへぇ……ひょっとしてすっごく小さいとかですかね? さすがに木の葉に紛れてたら見つけるより殴りこむ方が早いですよ」


「中がどうなってるか分からない以上は危険ですよ。せめて魔法を解いて外観だけでも把握できれば……」


「アリシアさん、魔法使いとしての意見を聞きたいわ。……アリシアさん?」


 彼女は何も答えず、目を閉じながら地面に両手をつけて集中していた。程なくして、一文字に結ばれていた口の端が楽し気に上がった。


「なるほど……良いな、考えるじゃないか……魔法を解きます。構えてください」


 そう言うと、目でハッキリと見えるほどの魔力を拳に纏わせて地面を思いっきり殴りつけた。彼女の拳から放たれた魔力は地表を駆け抜け、木の葉や小枝やらを突風にでも煽られたかのように巻き上げていく。

 すると、どうした事だろうか。眼前の空間が木の皮のように剥がれ落ち、何もない虚空から突如として木と布で建てられた雑な小屋が現れたのだ。アリシア以外の三人は驚きながらもそこを観察していると、入口の布を捲りながら数人の男が慌てた様子で出てきた。


「魔力っていうのは動植物と相性が良いんです。魔法使いが木の杖を使うでしょう? あれは木に魔力がよく流れるからです。彼らはどうやら小枝と葉っぱで作った魔法陣の上に()()()()()()を建ててたみたいですね」


「よく持ちましたね。そのすぐ壊れそうな魔法陣……」


「魔力流による固定作用ですよ。水とか電気って通りやすい所を通ろうとしますよね? それと同じ性質が魔力にはあって、伝導率が高い物体があるとそれを道にするんだ。その流れによって道にされた物質は固定化されて、突風程度なら動じなくなるという訳さ……」


「ひょっとして相手は魔法使いですか?」


「……魔道具作れるならむしろそうでないとおかしいですが……さて、どうします? どのみち制圧ですし、先制攻撃でも」


 エンジンが掛ってきたのか最初の天真爛漫で無邪気な雰囲気から一転して、妙に落ち着きながらも興奮しているのが感じ取れる変人のような気配を漂わせ始めたアリシアに、三人は黙っていたが内心では少し引いていた。

 だが既に相手が先手を打っていた。外の様子を確認しに来たうちの一人が、どこから取り出したのか筒状の魔道具を地面に設置して起動させると彼らはクレイ達が隠れていた方向を指さして叫んだ。


「いたぞ! あいつらだ!」


「ボスに報……ぎゅえぁッ!」


 男達が叫ぶや否や、茂みから飛び出したクレイの鋭い魔弾が一人の頬を撃ち抜く。続けざまに彼は視界に居た全員の太ももを撃ち抜き、少なくとも走る事を困難にさせた。三人も後に続き、臨戦態勢になる。


「私とクレイが前衛、ミリアさんとアリシアさんが後衛でどうかしら?」


「わ、私が後衛ですか!? クレイさんの方が……」


「僕は何度か経験してますが、ミリアさんはこういった仕事は初めてですから無理しないでください。槍のリーチを活かして視界の外からの攻撃をお願いします」


「決まりですね。じゃあそこでへばっているのを無力化して突入しましょうか!」


 威勢よく始まろうとしていた制圧作戦の本番。だが彼らは知らない。檻の中で、彼らを歓迎する六つの眼光が怪しく光っている事を……。

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