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四番通りのマスターワーカー  作者: ゼッケイ・カーナ
15/30

調査ー酒場にてー

(マッケンジー家の次女、サファイアの扱う宝飾(ジェムチャント)は本来装飾の為に開発された飾り魔法を改造する事で作り上げた彼女オリジナルの魔法……ダイヤの効果は硬質化といったところか)


 ここは二番通り(トゥロド)の一角にある酒場の一つ。酒場とは基本喧しいものだが、ここは珍しく静かな場所でする音といえば他愛ない会話ぐらいのものである。

 席の一つに座るローブの人物の顔は影で見えず、一見すると男か女か分からない。だがフードから垂れ下がる銀の髪は磨き上げた金属の如く美しく、手に持った紙を捲るしなやかな指と整えられた爪は女だと直感させるには充分であった。

 ほどなくして酔っぱらったワーカーが彼女に声を掛ける。


「やぁお姉さん、こんな夜に一人? 寂しいなら一緒に飲まない?」


「別に寂しくはないが、実は調べ物をしててね。君が私の知りたい情報を知っているのなら付き合ってあげても良いぞ」


 美しい声に紳士的な口調。ワーカーは女に更に興味が出てきた。


「良いよ良いよ! なにが知りたいの?」


「ある男の事についてなんだが……名をクレイ・フォスター。黒髪の身長は約百七十センチメートルで、歳の割には結構幼い顔つきの男だ。フォスター孤児院という場所で育ったらしい」


「なぁんだ男か……」


 ワーカーは露骨にガッカリしながらも、彼女が差し出した人相書きを手に取りにらめっこを始める。つまらなそうな顔でしばらく見つめた後、今度はうんうんと唸り始めた。


「あー……なんか聞いたことある名前だな。なんだっけ……?」


「そいつ、猪と熊の魔獣を討伐したすげぇ新人ワーカーって奴だろ! いいよなぁ、今じゃカワイ子ちゃん二人も連れてるってよ! 俺も連れてぇなぁ!」


「違うって! ほら、なんか事件あったろ。七、八年前に……あぁ! 喉元まで出て来てんだけど……うぇっぷ……!」


「……吐くなら情報だけにしてくれ」


 途中、別の席からの酔っ払いからも色々と情報とも言えない小話が飛んできたがワーカーは思い出せずにずっと唸っている。

 そこへウェイトレスが酒と共に思いがけないものも持ってきた。


「その子、あの誘拐事件で捕まった子じゃないの」


「誘拐事件……そうだ思い出した! 倉庫に籠って身代金を要求したってやつか! あれは酷い話だったなぁ」


「ほう、それは面白そうだ。詳しく聞かせてくれないか?」


 ローブの中から覗く瞳に好奇心の光が宿る。そしてワーカーの心には漠然とした「いけるかも」という欲望の炎が灯る。彼は酔いの回った頭をフル回転させながら思い出していく。


「お姉さん、ノブリスの人?」


「いいや、三日ほど前の船で来たよ。ここに来るのは初めてさ」


「実はこの国には貴族にも二種類あってさ。主にこの街の上の方に住んでる山の貴族と、平地の方で住んでる平地の貴族ってのがいるんだ。山の貴族がデッカイ土地と事業をもってて、平地の貴族はそれを分割して借りてるって状態さ」


「それが事件と何の関係があるんだい? クレイは孤児だぞ」


「いやいや、そのクレイってのは巻き込まれたんだよ。本命はそいつと一緒にいたトールって子供だ」


 フードの女は即座に頭の中の調査資料を捲っていく。そしてクレイについて聞きこみ行っていた時にそんな名前を聞いた事を思い出した。


(今は暁の金貨に在籍している新進気鋭のワーカー……彼も調べておくべきだったか)


「そのトールって奴……あんまりデカい声じゃ言えないんだけど、平地の貴族が愛人との間に作った子供なんだよ。男爵様が奥さんとの間に子供が全然できなかったらしくてさぁ」


「……本妻との男子が生まれる前に生まれた男子という事か?」


「そうそう! でも、ある日奥さんが男の子産んじゃって愛人ごとポイされちゃって、その愛人も愛人で自分の子供を捨ててどっかに逃げたってさ。いやぁ、可哀そうなもんだよねぇ」


「つまりその誘拐犯は男爵からの身代金を期待して攫ったと……ありふれた話だな」


「そういうこと! でも普通の誘拐事件とちょっと違うところがある。結末さ……」


 ワーカーの声が少し抑え気味になり、耳に囁くような音量でこういった。


「誘拐犯、殺されちゃったんだよ。それも攫った子供に」


「待て、確かクレイ・フォスターのおおよその年齢は……十九だぞ。約七年前なら……」


「だからだよ。なんでも首を刎ねたとか……この職についてると血が流れる光景はたくさん見るけど、子供がそんな事しなきゃいけないってのは嫌だよなぁ」


 ワーカーのぼやきに周りの人間もそうだなぁと首を縦に振る。一方、ローブの女は手に持った紙に聞いた事を書き連ねていた。


「それで他にはないかい? 些細な事でもいいんだが」


「あー……そういえば、その事件の時に大騒動があったなぁ。そのクレイってのには関係ないけど」


「……一応聞かせてくれ」


「お姉さん、ゴーストって知ってる?」


 つまらなそうにぷらぷらと動いていた彼女の手がぴたりと止まり、ローブから覗く眼がワーカーをじっと見つめる。「あぁ」と答える彼女に、ワーカーはそこはかとない不気味さと僅かな恐怖を覚えながらも話を続けた。


「騎士団長様からすっごい怨まれてるっていうよく分かんない奴なんだけどさ。いっつも建物の上とか高い所で目撃されてるのに、その時だけは低い所にいたらしい」


「一体どこだ?」


「結構な数の野次馬が来てたらしくて、そこへ突然現れたらしいんだよ。そんで誰かがびっくりして大声上げたら煙のように消えたんだってさ」


「ほとんど一瞬というわけか……他の目撃例とあまり大差はないが」


「お姉さん、ゴーストの事も調べてんの? 国が十年も追ってるのになんにも分かってないってらしいし、止めといた方がいいんじゃない? 時間の無駄かもよ」


「そうかもな……ありがとう、いい話が聞けたよ。それじゃあ私は宿に帰るとする」


 ローブの女はそそくさと席を立とうとするが、その先を期待していたワーカーは慌てて彼女を止める。


「そりゃないよ! せっかく話したんだし、せめてもう少しだけ……!」


「報酬ならもう支払っている。君のグラスを見るといい」


 いったい何を言ってるのかと思いながらも視線をグラスに向けると、その中には綺麗に並べられた金貨が氷柱の中で氷漬けになっていた。数はざっと見ても五枚はある。

 ただ話しただけで渡されないようなご機嫌な金額にワーカーは大声をあげて驚き、腰にぶら下げていたナイフを抜いて氷を削り始めた。


「あぁそれと君。君にもあげよう」


 そう言うと今度はローブの袖から一枚の金貨がどこからともなく吹いた風に乗ってウェイトレスのドレスのポケットヘすっぽりと収まった。


「マスター、いい酒だった。機会があればまた飲みに来るよ」


 ローブの女はワーカーとウェイトレスを一瞥もせずに颯爽と店を出て行った。

 店の外へ出れば涼しい夜風と月が女を出迎え、ほんの少し火照った体を冷ましながら彼女は考える。


(サファイア・マッケンジーと関係を作って入り込み色々と調べるつもりだったが……このクレイという男とゴーストの目撃情報はかなり気になる。数多くの目撃情報の中のたった一件だけの例外だが、この場合はそれが非常に興味深い)


 坂道を上りながら建物の影へと入っていくが様子がおかしい。何故か影に入った筈の彼女の体が月光に照らされている。一歩進むたびにその体は空へと登って行き、ついには建物よりも高い位置に月のように浮かんでいた。

 静かな夜空で女は微笑む。


(運がいい。面白そうだからと調べ始めたゴーストだが思っていた以上に楽しい事になるかもしれん)

「退屈しない事を願うとしようか!」


 そのまま空を自由に舞う鳥のように女はノブリス城へと飛び去って行った。

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