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四番通りのマスターワーカー  作者: ゼッケイ・カーナ
13/30

サファイアの誓い

 ちりんちりんと小気味いい音を立てながら机の上に金貨が積まれていく。金貨を数える一人は無表情で機械的に、そしてもう一人は対照的に口角が上がるのが止まらないといった様子だ。十段の金貨の塔が机を埋め尽くしていき、二十五本目が建てられた直後に音は止んだ。


「ふぅ……1束10枚の、のべ25束250枚。確かにあります」


「に、250十(ゴルド)……! ふへへ!」


「おいミリアちゃん。涎垂れてんぜ」


 落ちそうな涎を吸い上げてミリアは袋に金貨を詰め始める。その様子を横目に、クレイは依頼主のトムに怪訝な様子で質問した。


「……今回の依頼。相場に照らし合わせて考えれば魔獣であることも含めても上限は100Gか、色をつけて110辺りが最大だと思っていました」


「意外だな。足りねぇじゃなくて、多すぎるって事か?」


「多いことは良いことじゃないですか、クレイさん。お金なんていつなくなるか分からないんですから」


「それはもっともですが……トムさん、大変失礼ですが裏依頼なら受け付けませんよ」


 トムはキョトンとした顔をし、ミリアは疑問符が浮かびそうな表情をしながら金を動かす手を一切止めない。対してクレイは冷や汗を流しながらこわばった表情を見せる。僅かな沈黙の後、トムが笑い始めた。


「ハッハッハッハ! いやぁ、すまんすまん。そういえば最近こう言った手口が多いんだったか……ワーカーを雇う経験が少なかったからな。勉強になったよ」


「何ですか? 裏依頼って」


「ワーカーを騙すなりしてのっぴきならない状態にした後に、禁止されている依頼を秘密裏に行わせる違法行為の事です。やる事と言えば主に違法魔道具の密輸や製造、暗殺をはじめとした表にはできない依頼です」


「実際、数年前に裏依頼で貴族がファスロドの辺りで殺されて住人が巻き込まれたって事件が起きてな。結局、裏依頼をしたのも事業で対立してた別の貴族だったって話だ」


「騙しの第一歩として、多額の報酬金を餌に関係を築いて断りづらくするというものがあるんですよ」


「うへぇ、おっかない……って、トムおじさんはそんな人じゃないですよ!」


 膨れきったミリアの顔を見てばつが悪そうにしながらも、確固たる信念を感じさせる瞳でクレイは答えた。


「それはすいません。ですが、ワーカーズギルドを介さない直接の取引が主になる以上は騎士団のような公の組織の介入がし辛いんです。だから自分のような存在がちゃんと拒否しないといけないんです」


「それじゃあよ、クレイさん。あんた、もしその裏依頼が来たらどうする? バレなきゃ多額の報酬金が手に入るんだぜ」


「えっ!? トムおじさんなに聞いてるの!?」


 品定めするようなトムの眼がクレイの顔を捉えて離さない。表情を変えぬまま、ほんのちょっと考えるような間を置いてクレイはため息をついた。


「そうですね……相手の次第ではありますが、油断した隙に撃ちますかね」


「おっと……! 思ったよりおっかない回答だな。その心は?」


「僕はこの街が好きだから許せないんですよ。そんな場所を汚すような存在は」


 大人しそうな見た目に反した過激な返答であったが、なによりトムが驚かされたのはクレイの表情と声色であった。必要以上に感情的でも抑圧的でもない普段と変わらぬ真顔にそれと同じ抑揚。

 トムはそれに言い知れぬ不気味さを覚えながらも更に問い掛ける。


「……昔居た国でよ。義賊っつうのかな? 悪人を殺し回って金をバラ撒いてた奴がいたんだが、そいつは最終的に何もしていない奴を可能性があるってだけで殺して捕まって、首を撥ねられた。あんたそれになるつもりか?」


「まさか、さすがに可能性だけで殺しはしませんよ。……まぁ昔色々ありましてね。そういったものに敏感で少々過剰なのは認めます」


(色々あった? ……待てよ。クレイ・フォスターってどっかで聞いた事あると思ってたらそうか! あの事件の……なら無理もねぇか)

「そうか……すまねぇな。色々失礼な事を聞いちまった」


「お気になさらず。こっちが先でしたから」


「じゃあ失礼ついでに一つ頼みがある。依頼とかじゃないんだが」


 そう言うと見定めるような目から一転して真剣な表情に変わった。クレイもそれを察知して背筋を伸ばし、ミリアはよく分かってはいなかったがとりあえず金貨を入れる手を動かし続けた。


「ミリアちゃんをよろしく頼む。ここ数年、なにかと物騒な話が多いからもしもその子の身に何かあったら……助けてやってほしい」


「よ、よろしくお願いします!」


「あぁ、それならもちろんですよ。なにせ今は二人でやってますから。それに困ってる人を助けるなんて当り前じゃないですか」


 彼は子供のような屈託のない笑顔で淀みなくそう答えた。トムは安堵のため息を漏らすと、ふとある事を思い出す二人を誘った。


「そうだ! 二人に合わせたい奴がいるんだよ。ちょっと来てくれ」


 トムに案内されるままにたどり着いたのは屋敷の庭。ガラス張りの天井からは真昼の日光が注がれ、入口の方向を見れば壁はなく、そのまま屋敷の正門に行ける仕組みなっている。

 その場所で誰かが木箱を詰んでは戻し、上げては下しと奇妙な動作をしていた。だが二人はその背中を知っていた……というよりは数日前に見ていた。


「嘘!? ベッジさんじゃないですか!」


「と言いますか。その右腕……!」


「お、この間のワーカーさんじゃん! いやぁ、ほんとありがとうよ!」


 挨拶の為にあげられたベッジの右腕は、太陽光を反射し無機質な金属の輝きを放っていた。義手というものの存在を二人は知っていたが、彼らの知るそれは手の形を真似ただけのハリボテであるのに対し、今ベッジの腕に引っ付いている物は指先までしなやかで限りなく元の物に近い細やかな動きをしている。彼はニカッと笑って自慢げに言う。


「これ! 凄いだろ!」


「す、凄いって言うか……トムおじさん、魔道具にも手を出してたの?」


「違うわよ。それはうちの商品」


 今度は建物の影から聞き覚えのある声がする。二人がそちらに顔を向けるとサファイア・マッケンジーがそこに居た。


「マッケンジーの家業は主に日用の魔道具の設計、製造、販売よ。この義手もそのうちの一つで試作品」


「この間のサファイアさん! 傷はもう大丈夫なんですか?」


「おかげで無事よ。この間はありがとうね」


「これはサファイアさんが融通されたんですか?」


「えぇ、怪我から回復する間に色々あって考えててね。私ができる最大限はなにかってなった時に、開発中のこれを思い出したの。だから父様にお願いして彼には試験運用してもらってるわ。どうかしら?」


「不思議なもんだよ。金属なのに触った感触はあるし、なんか指の中に筒が張ってるみたいな変な感じもする。でも思い通りに動いてくれる! 技術ってのはすげぇな!」


「その変な感じが魔力の流れよ。技師を置いていくからもう少しだけ試験に付き合ってちょうだい。クレイさんとミリアさんは時間あるかしら?」


「クレイで良いですよ。僕はありますけど」


「私もあります!」


「そう……それじゃワーカーズギルドまで一緒に来てちょうだい。話したいことがあるわ」


 なんだろう、とクレイとミリアは顔を見合わせる。三人はそのままトムとベッジに別れを告げて正門から目的地まで真っ直ぐ歩いて行った。道中、何かを話すわけでもないまま到着すると二階の席を確保した。

 運ばれてきた水に口をつけて一息つくと、サファイアは本題から話し始めた。


「単刀直入に言わせてもらうわ。貴方達と組ませてほしい」


「……ほんと単刀直入ですね。またどうして?」


 おぉ、と声を上げるミリアの代わりに疑問をぶつけたクレイに、彼女は自嘲気味に語りだした。


「怪我の治療中に姉様に叱られて、自分を見つめ直す機会ができたの。それで……私は色々無茶してたって気づけた。憧れを絶対的で追いつけないものと定義して、それに追いつこうと何も考えずがむしゃらに依頼をこなそうとした」


「貴女と依頼をしたって言ったら驚いてた人が何人か居ましたね。即席パーティーに誘ったりすると怒る事もあったって」


「アハハ……誰かの手を借りたり、誰かと協力するって事が凄く情けなくて弱いことだって思ってたのよ。ノブレスオブレリージュ、私は貴族の生まれだから一人でできなきゃいけないってね。でも……それが一番情けないことだって分かった」


 サファイアは遠くにある窓の外を見ながらそう言う。角度で空は見えないが、降り注ぐ燦燦とした光が青空である事を教えてくれている。


「誰とも手を取り合えないし、意地を張って頼る事もしなければ頼る人すらいない。それが一番情けなくて弱いんだってね。だから、誰かと手を取り合って新しい強さを求めることにした」


「にしてもなぜ僕達なんです? 暁の金貨をはじめ、大手も中堅も含めギルドは結構な数がありますけど」


「規模の大きいギルドは大規模な依頼が来てあんまり自由が効かないんでしょ? それに中堅はそれなりに閉鎖的なコミュニティになりがちで入りづらいし、これまでがあるからどこがどれだけ強いか把握できてないのよね。でも貴方達の実力は知っている」


「私、逃げてただけですけど……?」


「ミリアさんは最近なったばかりなら仕方ないわよ。少なくともクレイ、貴方の実力は信頼できるわ。だから手を組んでほしいの」


「ミリアさんは賛成なんですか?」


 クレイの言葉に全く迷うそぶりも見せずに無言で頷いた彼女を見て、彼は頬をポリポリと掻きながら半ば観念したかのような表情になった。


(もっと実力つけてからギルド結成のつもりだったんだけどなぁ。人生は往々にしてままならない……アルスさんの言ってた通りになった。なら、なったまま進むしかないか。少なくとも頼りになる人だし)

「分かりました。では……」


「ちょっと待ってちょうだい。返事は私の目的を聞いてからにしてほしいの」


「「目的?」」


 ハモった二人を前にサファイアは一度深呼吸をして心を落ち着ける。そして決意に満ちた眼で予想外の名前を口にした。


「強くなる事は目的であると同時に過程で手段よ。その先、真の目的は姉様の右目とウィズダムさんの仇……ゴーストの討伐よ」

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