蒼玉の覚悟
まるで金属やすりで凹みを作るかのように魔力の層が削られる。到達まで数ミリ、背後には逃げようとする騎士。だが受け止め続ければ騎士が回避する前に自身ごと真っ二つである。そんな絶体絶命のクレイの思考が出した結論は踏ん張り耐える……とは真逆のものであった。
まるで全身に力が入らなくなったような動きで彼は膝から崩れ落ちたはじめたのだ。
(ほんの数秒だけど防げはした。つまりこの魔法の刃と拮抗するだけの強度が僕の強化魔法にはある! ならあえて……あえて力を抜く!)
膝が地面につき、真っ直ぐ立てられた銃剣は押されて斜めを向く。するとどうだろうか、それまで前進しようとしていたソードウェーブが、まるで弾かれたような勢いで斜め上の方向へ飛び立っていったのだ。
「剣を斜めのまま固定して受け流せば刃は誰もいない方向へ飛ぶ! そして……チェーンハウンド、刃を咥えるんだ!」
主の命ずるままに投げたボールをキャッチするように猟犬が刃を捉えると、クレイはそれを大きく振り回して魔獣に向かって振り下ろした。
(威力はかなり高いはず! このまま首に突き刺して最低でも致命傷にする!)
目に止まらぬ加速を見せた刃は、瞬きの間も許さずに魔獣の首へクリーンヒットした。無事だった騎士達は「おぉっ!」と期待に満ちた歓声を上げるが、クレイの表情は芳しくはない。当たった箇所がどうなったかは彼には見えないが、魔力によって鎖越しに伝わる感触はよくないものであった。
「人間でいえばうなじの下辺り……いくらか皮膚を突き破ったけど、そこで止まっている……!?」
まさかの結果に落胆した彼であったが、そこへもう一つの希望が追撃を仕掛けてくる。サファイアだ。彼女は抉られた肩からの痛みをまるで感じないような軽やかな跳躍をしながら体を捻ると、右足に魔力の輝きを纏わせ、止まった刃へと強烈な蹴りを叩きつけたのだ。
遠目から見ても分かるほどに刃はグイッと肉を深く貫き、騎士達は更に大きな歓声を上げる、が……。
(肉を抉る感触はあった。でも刃を止めたこの硬い何かはまさか……骨!? なんて硬さなのよ!)
「サファイアさん、避けて!」
迫ってきた腕を足場にして再び跳躍し彼女は魔獣から距離をとる。
明確な急所である首への二連撃を受けてもなお魔獣は苦しむ様子すらなく、むしろこれ幸いと言わんばかりにベッジを求めて暗闇へと駆け出す。二人は逃げ出す魔獣の隙を見逃さずにそれぞれの武器で巨体にしがみつくが、熊が人間二人を引きずるなどわけもなくそのまま疾走する。
「大丈夫ですかサファイアさん!」
「そっちこそ! 右腕が残ってるなら装備と体重分は大丈夫よ!」
「どうします!? 二人じゃ止められませんよ!」
「……その鎖、地面には潜れるの?」
到底、凸凹の地面に擦られながらの緊急事態の最中に出て来るとは思えない質問に一瞬面食らったクレイ。だが彼女の口調から感じる自信にも似た落ち着きに、彼も落ち着いて答える。
「……深くは行けませんがある程度なら」
「じゃあ私はバランスを崩す。あなたは奴を縫いつけて!」
彼女はすかさずに獣の背中に飛び移ると、前脚が地面を蹴り上げた瞬間に剣を絡めつけてバランスを崩した。体勢を整えたクレイは言われた通り、地面に縫いつけるようにチェーンハウンドを魔獣の五体に絡ませたが起き上がろうとする獣の力は相変わらず凄まじく、手足を持ち上げようとする度に地面が空気の入った布のように浮き沈みしていた。
「サファイアさん! ハウンドは持ちますけど地面が……!」
「大丈夫……来たわ! 頼むわよみんな!」
クレイが疑問に思う暇もなく、背後から雄たけびを上げながら騎士達が地に伏した魔獣目がけて突進する。何人かの手には胴体をすっぽりと覆えるほどの大きさの盾が握られており、彼らは四肢に到着すると一カ所につき四人がかりで盾で全体重をかけて押さえつけ始めたのだ。
「お前達! 爪に触れるんじゃないぞ!」
(そうか! 鎧も両断する威力の爪と魔法を抑えられれば力比べに持っていける。そしてハウンドの拘束で力が入りにくい状態に盾での更なる拘束で、人間でも勝負できるだけの土俵に降ろせたんだ!)
「でもこの状況、決定打は……!」
「クレイ! 私は魔獣討伐の要の一つは心臓か脳の破壊による即死だと学んだのだけど、あってるかしら?」
力強く、そう問いかけるサファイアに彼は半分呆気にとられながらもそうです、と答える。すると彼女は上半身の筋肉全てを動員し、握った剣を地面を刺し貫くが如き勢いで獣の首に突き立てた。刃が肉を貫通するや否や、魔獣は首を上に持ち上げて阻止したが、この時点で既に彼女の策の第一段階は終了していた。
「……十分な刃は入った。宝飾【ダイヤ】、全解放ッ!」
短い詠唱と同時に剣はより細かなパーツに分割される。熊の体内に入った部分は長くなった刀身を活かしある一点めがけ、藪を進む蛇のように疾走していた。
(魔獣の血の中に流れる魔力は凄まじい濃度。つまり血流が魔力によって容易に探知できる! 動脈の流れに逆らえば、心臓に到達するはずよ!)
「ッ! もらった!」
力強いドラムロールのような拍動を感じる。一瞬の間も置かずに彼女はそこへ剣を巻きつけ、刃を立てて細切れにしようとするが、心臓への激痛という感じたことのない死の気配に魔獣の本能は予想しえない対策を講じた。
立ち上がろうとしても駄目、ならばそう……あえて地面を抱きしめたのだ。魔獣の怪力に、抑えつける騎士の圧力、更にダメ押しにチェーンハウンドの拘束力。全てが地面を抉る為のパワーに変換され、誰もが異変に気付いた時には既に魔獣は地中……否、一段下の地面に立っていたのだ。
騎士もクレイも反応したが遅く、熊は上段の地面に乗り上がって再び走りだそうとしていた。例え心臓に激痛が走ろうとも、それを取り除くのではなく死んでしまう前にアレを喰いたい。それが狂った獣の思考であった。
一方、剣を手放さずになおもしがみつくサファイアは自身の限界を感じ始めている。出血のせいか手の力がだんだん弱くなっていたのだ。視界も先ほどよりも朧げになっており、このままでは魔法を維持できるかどうかも怪しい。捕えた心臓は先ほどから細切れにしているが、魔獣の生命力と魔力は斬撃の嵐を上回るスピードで心臓を修復していた。
もう駄目か、せめて死体になってもしがみついて妨害するかと考えていた時、彼女の耳に叫びが木霊した。
「心臓を外にッ! 出してくださいッ! 皮膚を突き破るんですッ!」
(この、声……そう、か……! 死んで……死んで……)
「……たまるもんですかッ!」
動かなくなった左腕ではなく、嚙みついて踏ん張ると剣をより深く差し込んだ。差し込んだ分の余裕が心臓を掴み、血管から引きちぎり、そして……腹を突き破って体外へと連れ出し、天高く掲げた。
流石の魔獣も食欲より身の危険が上回ったのか、事ここに至ってサファイアを振り落とそうとした。だが背後から既に処刑人が銃を構えていたのだ。
「魔弾【スラッグラベル】!!」
放たれるは強固な礫。数十の荒く尖った弾丸はほぼ同時に着弾し、心臓を跡形もなく血煙になるほどに消し飛ばした。




