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【pixiv走り屋】コラボ小説プロット【ミッドナイトウルブス】

作者: 石田 昌行

・シーン1

ステージ:矛根峠 深夜

星空。

ダウンヒルを単独で攻める瑞月。

バックミラーに映るヘッドライトに気付く。


瑞月「ん? ひょっとして、仕掛けられてる?」


距離が狭まる。

パッシング。


瑞月「挑んできた。誰だろう? あんまり大きいクルマじゃないな。よーし」


瑞月、アクセルを踏む。

シビック増速。

勢いよくコーナーイン。

鋭いターンとスキール音。

相手は追従。

少し遅れてコーナーをクリア。


瑞月「上手い。結構やる。でも地元ここの人間じゃなさそう。ビジター?」


ドッグファイトが続く

お互いに安全マージンはたっぷり。

全開バトルというより、実力査定の小手調べといった雰囲気。

バトル終了。

シビック、ハザードを炊きながら減速。

相手、それに応じてシビックの後ろに着く。

2台とも路肩に停車。


瑞月(ワイドボディの青いMR-S。見たことないクルマ。やっぱりビジターだ)


クルマから降りた瑞月、相手のドライバーと対面。

ショートボブの若いオンナ。

年齢は澪たちと同じくらい。


??「矛根の走り屋はレベルが高いって聞いてたけど、噂どおりね。振り切られないよう付いてくだけでやっとだったわ」

瑞月「あの~、そのMR-S、このあたりじゃ見かけないクルマですよね? どこから?」

??「ああ、ごめんなさい。わたしったら、つい。わたしの名前は、三澤倫子。ホームは葦原県の八神街道。はじめまして、矛根峠の天使さん」

瑞月「こちらこそ──って、どうして私のことを?」

倫子「どうしてもなにも、あなた、雑誌に載ってた有名人じゃない。白いグランドシビックに乗ってる地元屈指のダウンヒラー。お目にかかれて光栄だわ」


倫子、右手を差し出す。


瑞月「こ、こちらこそ」


握手する瑞月。


瑞月「矛根にはこれからも?」

倫子「ううん。ツーリングの途中にたまたま寄ってみただけ。たぶんだけど、次にここを走るのは来年以降になっちゃうんじゃないかな」

瑞月「そうですか。せっかくだから、お手合わせ願いたかったんですが」

倫子「ごめんなさい。履いてるタイヤが使えるのだったら、いまこの場でその期待に応えてあげたいところなんだけど、現状だとちょっと無理ね。全力を尽くせない仕様じゃ、あなた相手に失礼だもの」

瑞月「じゃあせめて連絡先だけでも」

倫子「そうね。LINEでいい?」


互いに連絡先を交換するふたり。

走り去っていくMR-S。


瑞月「八神街道の走り屋、かァ。でも八神街道ってどんなとこなんだろう?」


・シーン2

ステージ:喫茶店カローラ

営業中。

ちょうど客足が引けたタイミング。

瑞月が昨夜の体験を、繭佳相手に報告する。


繭佳「なるほどね。で、瑞月は、その三澤って人に興味を持ったってわけだ」

瑞月「うん。ミラーを見てるだけでわかった。あの人は、速くて、上手くて、強い人だよ。チャンスがあれば、限界バトルしてみたい」

繭佳「ふ~ん。でも八神街道って、このあたりじゃ全然聞かないステージじゃない? ねェ、マスター。マスターは何か知ってますか? その八神街道ってところ」

マスター「八神街道?」

瑞月「はい」

マスター「瑞月ちゃん、まさかあそこの走り屋とやりあうのかい?」

繭佳「何かあったんですか、マスター?」

マスター「何かあったってもんじゃない。八神と矛根には因縁があるんだよ」

瑞月「因縁?」

マスター「そう。因縁だ。あれは、君たちがまだ小学生だった時分のことか。八神街道から遠征してきた県外チームと当時の矛根の上位クラスがガチでやりあったのさ。その頃の矛根にも血気盛んな走り屋が多くてね。腕前を自負してる奴らも少なくなかった。そのままプロの世界に飛び込んでった人間だって何人かいる。エリア最速のステージを自称してても、ケチをつける連中はほとんどいなかった」

瑞月「勝ったんですか?」

マスター「いや。見事に天狗の鼻をへし折られたよ。先鋒で出てきたあちらの参号機にこっちのトップが捻られてからは、絵に描いたような総崩れだった。それはもう清々しいほどだったって聞いてるよ。それからさ。ここの連中が本気で速さにこだわりだしたのは。余所者相手に手も足も出なかった結果がよっぽど悔しかったんだろうな」

繭佳「リベンジしに行かなかったんですか?」

マスター「行ったさ。行かないわけがない。でもこっちの遠征部隊があちらにコンタクトを取った時、件のチームはもう解散してしまってて姿を消していたんだ。まさに拳の振り下ろし先を失ったって感じだな。だから因縁と言っている。相手に勝ち逃げを許したわけだからね」

瑞月「そのチームの名前はなんていうんですか?」

マスター「チーム・ミッドナイトウルブス。そういえば最近、引退してたチームの参号機が現役復帰したって話を聞いたな。まあもっとも、こういった噂の類には大概尾ひれが付いてしまうものなんだけどね」


・シーン3

ステージ:更衣室

着替え中の瑞月と繭佳。


瑞月「チーム・ミッドナイトウルブス、かァ」

繭佳「あの話聞いて、瑞月はどうするつもりなの?」

瑞月「どうするつもりなの、って?」

繭佳「遠征するなら付き合うよ。お手合わせ(バトル)してみたいんでしょ、あっちの走り屋と」

瑞月「だってお店のほうが。週末に二人そろって休むなんて、マスターがいい顔しないですよ」

繭佳「やっぱり行くつもりだったんだ」

瑞月「そんなつもりは……あったんだけど」

繭佳「こっちのほうは優希に任せておけば大丈夫だよ。どうせ土日は暇な店だし」

瑞月「う~ん」

繭佳「ほかに何か迷う理由でもあるの?」

瑞月「ないです」

繭佳「じゃあ決まりね。マスターには私から話しておくから」


・シーン4

ステージ:八神街道の駐車場 22:30

ラーメンの屋台と複数のクルマが止まっている。

シビックとランエボが来訪。


??A「古いシビックとランサー。あなたのお客さまがいらっしゃったようね、リン」

倫子「ですね」

??B「で、どうするの? 壬生さんには連絡ついてるの?」

倫子「眞琴ちゃんの話だと、最低でも顔だけは見せに来られるそうです。バトルに関しては──どうなんでしょ? あまりこういったイベントがお好きな方ではないですし、五分五分ってところじゃないですかね」

??B「じゃあさ、もしバトルになったとしたら、勝敗の行方はどうなると思う? あちらは仮にも矛根のトップダウンヒラーなんでしょ?」

倫子「八神の魔術師(ミブローさん)相手にぶっつけで勝てる人間がいるとしたら、それはもうプロレーサーの領域ですよ。負けたわたしが言うのもアレなんですけど、それが現実だと思います」

??A「ということは、あなたの見立てじゃ彼女はそこまでのドライバーではないってことね」

倫子「決して見下して言ってるわけじゃないんです。でも、それがあたりまえの評価かな、と」

??B「あ、来たわよ」


屋台に向けて歩いてくる瑞月と繭佳。


倫子「いらっしゃい。遠路はるばるご苦労さま」

瑞月「あ、いえ。今日はいろいろお世話になります」

倫子「走り屋同士、堅苦しい挨拶は抜きにしましょ。紹介するわ。こちらがわたしのチームメイト、山本加奈子さんと長瀬純さん」

??A「チーム・ロスヴァイセの山本です」

??B「長瀬です。よろしく」

瑞月「はじめまして。矛根から来ました岸田瑞月です」

繭佳「金沢繭佳です」

倫子「大体のことはLINEで見たけど、改めて確認しとくわね。本気?」

瑞月「本気です。私、手合わせ(バトル)してみたいんです。チーム・ミッドナイトウルブスの元参号機さんと」

倫子「そう。わかったわ」

繭佳「何か問題でも?」

倫子「問題ってほどのことじゃないんだけど、結構気難しい人だから、素直にバトルを申し込んでも受けてくれるって保証がないの。一応話は通しておいたんだけど、その点だけは留意しといて」

瑞月「わかりました。無理言ってるのはこっちですもん。その時はその時で考えます」

倫子「ごめんなさいね。もしそうなったら、わたしが責任もってお相手するから」

瑞月「それはそれで楽しみです」


コルト・ラリーアートが進入してくる。


純「あれ? 眞琴ちゃんだけ? 壬生さんは?」


コルト・ラリーアートから乗員が降りる。

運転席からポニーテールの若い女性。

助手席からは見た目アラフォーの成人男性。


??C「みなさん、こんばんわー。お待たせしてすいませーん」

加奈子「大丈夫よ、眞琴ちゃん。時間には十分間に合ってるから」

??C「えーっと、そちらが矛根から来たお客さんたちですよね」

瑞月「あ、はい。私は──」

??C「(瑞月の話を遮り)ボクの名前は猿渡眞琴。いま、チーム・ミッドナイトウルブスで控え選手(リザーバー)やってます。で、こっちが伝説の魔術師──」

??D「(眞琴の話を遮り)はじめまして。ただのロートル、壬生翔一郎です」

瑞月「はじめまして、岸田瑞月といいます。瑞月でいいです。あと、こちらが年下なんで敬語は結構です。あんまり丁寧に対応されると、かえって緊張しちゃいます」

翔一郎「了解。じゃあ、これからはざっくばらんに」

瑞月「はい、それでお願いします。で、早速なんですけど今日の件、三澤さんのほうから話が行ってると思んですが」

翔一郎「うんまあ、ひととおりは聞いてる。俺とバトルがしたいんだって?」

瑞月「そうです。受けてくださいますね、矛根峠からのリベンジマッチ」

翔一郎「矛根遠征の後始末。自分の蒔いた種だから刈り取ることに異議はないよ。ただ──」

瑞月「ただ?」

翔一郎「返事をする前に、キミ個人が、今回の件(リベンジマッチ)にどんな意味を見出してるのか、そいつを直に聞いておきたいんだ。いいかな?」

瑞月「戦うことの、意味、ですか?」

翔一郎「ああ。どうせやりあうなら、こちらが死力を尽くすに値する、そんなホンモノとやりあいたいと思ってるんでね。年喰ったオヤジのKYな質問で悪いんだけど、ぜひともそいつをキミの口から聞かせて欲しい」

瑞月「自分より速そうな人に戦いを挑んでそれに勝つ。それだけじゃダメなんでしょうか?」

翔一郎「勝敗重視か。構わないよ。キミらぐらいの年頃には、そういう猛りも必要だと思う」

瑞月「じゃあ」

翔一郎「スタートは3時間半後の午前2時で、ヨーイドン式のダウンヒルオンリー。ルールはそれでいいかい?」

瑞月「全然オッケーです」

翔一郎「よし。ではそれまでの間、練習するのも休息取るのもそっちの自由にしていればいい。俺はいったん帰って、時間に合わせてまた来るよ。あと、俺のマシンはGRBのインプレッサだ」


翔一郎は眞琴と帰宅。


・シーン5

ステージ:屋台ラーメンのテーブル席。

囲んでいるのはロスヴァイセの三人+矛根組の二人。

次々とラーメンが運ばれてくる。

箸を割る瑞月。


繭佳「相手はインプレッサSTI。ランエボで瑞月に負けた私が言うのもおかしいんだけど、強敵だよ。普通に考えたらシビックが勝てる相手じゃない」

瑞月「そんなのは、やってみないとわからないよ。私はこれまでも格上のクルマにあのシビックで勝ってきた。ヒルクライムならともかく、ダウンヒルなら負ける気しない」

繭佳「それはそうなんだろうけど、それでも今回はきちんと現実を見るべきだと思う。明るいうちに八神(ここ)のコースを見た限りじゃ、思った以上に傾斜が緩い。百馬力以上のパワー差を重力で埋めるにはちょっと辛げな感じだよ」

瑞月「(ラーメンをすすりながら)大丈夫。攻略法はもう頭の中に描いてる。いつもどおりに戦って、先にゴールラインを駆け抜けるだけ。私とシビックのコンビにパワー差なんて関係ない」

倫子「あらあら。自信満々って感じね」

瑞月「自信がなければ戦いなんて挑みません。勝てると思ってるから、私はここにいるんです」

倫子「そうね。(ラーメンをすする)言ってることは間違ってない。誰だって、負けるつもりで戦いを挑んだりはしない。正論だわ」

瑞月「正論です」

倫子「でもたぶん、今回はその正論こそがあなたの足を引っ張ることになると思う」

瑞月「どういうことですか?」

倫子「それはね、あなたの目には、まだゴールラインの先にあるものが映ってないんじゃないかなっていうこと」

瑞月「ゴールラインの先にあるもの?」

倫子「そ。それがきちんと見えてない限り、ホントの意味であなたが壬生さん(あのひと)に勝つことはできない。それだけは確約できる」

瑞月「言ってる意味がよくわからないです」

倫子「ごめんなさい。別にあなたを揶揄してるわけじゃないのよ。でもね、わたしたちは壬生さん(あのひと)のことをよく知ってる。だからこそ忠告できるの。あのひと相手に勝ち負けで挑んでも必ず負ける。そのことだけは間違いない。八神の魔術師の異名は伊達じゃあないの」

瑞月「やっぱり、言ってる意味がわかりません」

倫子「だったら、その意味を今回のバトルで学べばいいわ」


・シーン6

ステージ:八神街道の駐車場 2:00

インプレッサがやってくる。

運転席から降りてくる翔一郎。

助手席から降りてくる眞琴。

エンジンのかかっているシビックの横で瑞月がそれを出迎える。


翔一郎「準備は?」

瑞月「いつでもオッケーです」

翔一郎「じゃあ、早々に始めるとしますか。眞琴、スターターを頼む」

眞琴「ラジャー」


スタート位置に並ぶ2台。

ドライバーズグローブをはめる翔一郎。

眞琴、右手を掲げカウントを始める。


眞琴「カウント行きます。5秒前、4、3、2、1、GO」


発進する両車。

前に出たのはシビック。


瑞月(インプレッサが後ろに着いた。スタートミスじゃない。先行することで自分のラインを私にコピーさせたくなかったんだ)


ドッグファイト。

先行するシビックがコーナーを攻める。

突っ込み重視。

しかし追従するインプレッサを振り切れない。

テール・トゥ・ノーズが継続する。


瑞月(進入で少しぐらい差をつけても、加速力で一気に食いつかれる。これが4WDの戦闘力。スゴイ。でも、思ってたほどの凄さじゃない)


中盤戦。

コーナーの連続するテクニカルゾーン。

横Gによじれたシビックのボディが室内灯を点灯させる。

インプレッサが繰り返しインを攻める。

瑞月、それをブロック。


瑞月(攻勢に出てきた。鋭い。イン側を取られたら、そのままパワーで持ってかれる。一度でもアンダー出したら一巻の終わりだ)


その状態のまま、高速セクションの多い終盤戦に突入。

スパートをかけるシビック。


瑞月(フロントタイヤにはまだ余裕がある。車重があるぶん、タイヤの持ちはあっちのほうが苦しいはずだ。これなら十分、ラストスパートで勝負できる。よし)


シビック優勢のままコークスクリューに到達。

瑞月、自身の勝利を確信。


瑞月(このストレートの突き当りに、高低差のある右ヘアピンが待ち構えてる。でも、そういう場所こそFF乗りの勝負所。いまの私なら、インを抑えたままそこをクリアできる。勝った)


瑞月、ギリギリのレイトブレーキでコーナーに進入。

サイドブレーキ。

インを抑えたままドリフト状態に入るシビック。

ラインはミドル・イン・ミドル。

クリップを通過。

だがその瞬間、左サイドにヘッドライトが出現する。


瑞月(!)


驚愕する瑞月。

アウト側から加速してくるインプレッサ。

シビックは旋回にタイヤを使い切っていて加速体勢に入れない。


瑞月(謀られた。狙ってたんだ。私がインのラインを選んで失速するこのタイミングを、初めから虎視眈々と待ってたんだ。やられた)


インプレッサが前に出る。

目の前に迫る左コーナー。

絶対有利なインの位置は相手のクルマに奪われている。

歯噛みする瑞月。

あきらめることなくアクセルを踏む。


瑞月「負けたくない。負けたくない。負けたくない。負けるものか」


シビック、インプレッサに連なりコーナーイン。

車間距離が開く。

ステアリングを切りながらアクセルを踏む瑞月。

その途端、フロントから異音が発生。

駆動力を失い失速していくシビック。

路肩に停車。

クルマを降りて呆然と立ちすくむ瑞月。

トラブルを察し翔一郎が引き返してくる。


翔一郎「こりゃあドライブシャフトが折れたんだな。大方、旋回中に無理矢理加速させようとしたんだろ? FF車がジムカーナとかやるとな、こういったトラブルが結構あるんだ。大丈夫。大した故障じゃないからすぐに治るよ」


肩を落として瑞月無言。


翔一郎「競技の場合だと完走不能はそのまま負けなんだが、今回のこれは競技じゃないしな。とりあえずは勝負なしってところか。いま上の連中に連絡とるから、このあとどうするかは一緒に来た仲間と相談して決めたらいい」


・シーン7

ステージ:喫茶店カローラ 日中

澪がパスタを食べている。


瑞月「なんでお姉がここにいるのよ」

澪「そんなの決まってるじゃない。凹んでるアンタの顔を見るためよ」

瑞月「性格悪い」

澪「褒められたと思っとくわ。バトルに負けたぐらいでいちいちしょぼくれてるヘタレ妹に言われたんだもの。で、リベンジにはいつ行くの?」

瑞月「いまはその気になれない」

澪「なんで?」

瑞月「だって、どうやっても相手に勝てるビジョンが思い浮かばないんだもん」


溜息をつく澪。


澪「あんたさ。最近勝つのがあたりまえになりすぎてて、自分の足元見失ってんじゃない?」

瑞月「自分の足元?」

澪「そう。格上に負けて凹んでる暇があったら、自分の基本に立ち戻ったらどうなの? 大天使とか呼ばれたり雑誌に取り上げられたりして舞い上がってんのかもしれないけどさ、あんたのレベルなんてのはしょせんその程度のものなのよ」


言い返せず涙ぐむ瑞月。


澪「ほら泣いた。まあ私に言われて悔しいって感じてるようならまだ救いようがあるけど、その悔しさがどこから出てきてるものかを自覚しないと結局は元の木阿弥になるわね。マスター、ごちそうさん。お勘定」


・シーン8

ステージ:チューニングショップReiZi 夕方

代車のトゥデイでやってくる瑞月。


瑞月「お邪魔します」

夢廼「おお瑞月か。連絡したとおり、仕事のほうはもう終わっとるぞ」

瑞月「早いんですね。正直、もっとかかるかと思ってました」

夢廼「ふん。ドライブシャフト折れなんぞは、部品と道具が揃っておれば現場修理であっても容易い。プロとしては軽めの仕事よ。工賃その他も、本体の陸送費のほうが高付いたぐらいじゃしな。じゃが、ドラシャ折れはFF乗りならもとより注意しておくべきシロモノ。特に、お主のように古めのクルマを本気で振り回すような輩ならなおさらじゃ。おそらくじゃが、かなり前より予兆が出ておったはずじゃぞ? 気付かなんだか? じゃとしたら、随分呑気な話じゃな」

瑞月「……」

夢廼「はてさて。これまた随分と落ち込んでおるのう。みっともなくて見てはおれんわ。お主、此度の敗戦がそれほどまでにショックであったか?」

瑞月「……」

夢廼「澪殿から聞いたぞ。完膚なきまでにしてやられて、すっかり戦意喪失しておるとな」

瑞月「……」

夢廼「事実か。だとしたら、なんとも情けない話ではないか。のう瑞月。お主、及ばぬ相手に挑むのが、それほどまでに嫌か? それほどまでに白星が大事で、黒星を刻まれるのがそれほどまでに嫌なのか?」

瑞月「……」

夢廼「じゃったらなぜ、強者に挑んだ? 聞くところによれば、此度の敵はあちらの地元の大ベテラン。伝説の走り屋とさえ評されている男ではないか? 左様な相手に敵地で挑んで、よもや対等以上の勝負ができるとうぬぼれていたのではあるまいな? もしそうなのだとしたら、瑞月よ。お主、底抜けの阿呆じゃぞ」


涙ぐむ瑞月。


瑞月「勝てる、と思ってたんです」

夢廼「いまなんと言った?」

瑞月「勝てると思ってたんです」

夢廼「ほう」

瑞月「勝てると思ってたから挑戦しました。負けがわかってる勝負なんて挑むわけない。勝てると思ってたから、自分の力に自信があったから、たとえ負けるにしてもいい勝負ができるはずって確信があったから、あえて相手のステージに上ったんです。それのどこがいけないんですか? それのどこがダメなんですか? 教えてください、夢廼さん」

夢廼「どこも悪くなどない」

瑞月「え?」

夢廼「聞こえなんだか? どこも悪くないと言ったのじゃ。瑞月よ。此度の問題はそこではない。此度のバトルでお主がその手に掴もうとしたもの。儂は、それそのものが間違っておると言っておるのじゃ」

瑞月「私が、この手に掴もうとしたもの?」

夢廼「そうじゃ。お主にとって、そもそも勝ち星とはなんじゃ? それはお主にとって、真なる価値のあるものなのか? もし価値あるものと思っておるなら悪いことは言わん。必勝の相手を厳選し、不敗の戦を続けて行けばよい。じゃが、これだけは申しておく。もしお主が左様な走り屋であれば、儂はお主に興味など持たぬ。面倒など見ぬ。儂だけではない。ほかの面子も同様じゃ。のう瑞月。家に帰って、一度じっくり鏡を見てみよ。そして儂の言葉を深く噛み締め、改めて、おのれ自身に問いかけてみよ」


・シーン9

ステージ:矛根峠頂上 深夜

シビックの前でしゃがみ込んでいる瑞月。

じっと愛車を見詰めている。

他にクルマはいない。


瑞月「勝つために戦う。勝ちたいと思って戦う。それのどこがおかしいんだろ? お姉の台詞もわかんないけど、夢廼さんの言ったことはもっとわかんない。いったい何? ふたりとも、私の何が間違ってるって言いたいの?」


登ってくる一台のクルマ。


瑞月「白のFC。ひょっとして愛祷さん?」


シビックの横に停まったRX-7から降りてくる愛祷。


愛祷「やあ。ここにいると思ってたんだ。少しだけ、お話していいかい?」

瑞月「構いませんけど」


缶コーヒーを手渡してくる愛祷。

瑞月の横に腰を下ろす。

瑞月、缶コーヒーを開ける。

愛祷と同じく腰を下ろす。


愛祷「ねえ瑞月ちゃん。君にとって勝利って何?」

瑞月「え?」

愛祷「答えて欲しいんだ。正直な気持ちで」

瑞月「正直な気持ちで、ですか」

愛祷「そう。正直な気持ちで」

瑞月「そう言われると、とたんにわかんなくなります。愛祷さん、勝利ってなんなんでしょうね? 愛祷さんなら、どんな答えを持ってます?」

愛祷「僕だけじゃないよ。勝利の意味なんて誰にとっても同じさ」

瑞月「それは?」

愛祷「単なる判定結果に過ぎない」

瑞月「?」

愛祷「何言ってるのかわかんないって顔してるね。でも実際にそうなんだから仕方がない。物事の勝ち負けっていうのは、競技その他の判定結果に過ぎないんだ。勝負に勝ったから相手より偉いというのは間違ってるし、勝負に負けたら相手にすべてを否定されるのかといえば、断じてそういうわけじゃない。じゃあ強者に討たれた敗者の価値が弱者を倒した勝者の価値を下回るのかといえば、もちろんそんな理屈があるはずもない。物事の勝ち負けなんていうのは、つまりその程度の意味しか持たないんだ。そう。勝利という名の二文字には、じつのところこれぽっちも価値がない。むしろ、そんな意味のない単語にこだわってたら、その先にあるものがさっぱり見えなくなってしまう。いま君が陥ってる落とし穴はね、たぶんそれが原因なんだと思うよ」


瑞月、はっと何かに気づく。


瑞月「お姉に聞いたんですか?」

愛祷「うん。こういうのは僕から言うのが一番だって。道理を説けば、瑞月はちゃんと応じるはずだって。本当に妹思いのお姉ちゃんだね。僕もあんな姉が欲しかったな」

瑞月「(笑いながら)絶対にあげませんよ。だって、あれは私だけのお姉だもん」

愛祷「未来くんもいるじゃない」

瑞月「未来にもあげない。私だけのお姉だから」

愛祷「フフッ、顔付が変わったね」

瑞月「変わりましたか?」

愛祷「うん。初めて競った時の君と同じ表情をしてる。君たちが僕たち矛根四天王とバトルした時、君はいまみたいに素敵な顔をしていたよ。いや、君だけじゃない。あそこにいた君たち全員が、いまの君みたいな表情をしていた。君がいま、あの時に持ってた気持ちを思い出せたのだとしたら、おそらくだけど、これから自分が何をすべきなのかもじきにわかってくるんじゃないかな」

瑞月「いまの私がするべき何か、ですか」


瑞月、翔一郎と倫子の発言を思い出す。


翔一郎「返事をする前に、キミ個人が、今回の件(リベンジマッチ)にどんな意味を見出してるのか、そいつを直に聞いておきたいんだ。いいかな?」

倫子「それはね、あなたの目には、まだゴールラインの先にあるものが映ってないんじゃないかなっていうこと」


「そっか」と呟き立ち上がる瑞月。


瑞月「愛祷さん。私、いまの自分が何をすべきなのか、おぼろげだけど見えてきました。そして、いまの自分が何を見失っていたのかも」

愛祷「そうかい。それはよかった。わざわざ眠いのに、ここまで足を運んだ甲斐があったよ」

瑞月「ありがとうございます」

愛祷「お礼は澪に言ってあげなよ。僕は単なるメッセンジャーにすぎない」

瑞月「それでも感謝してます。ありがとうございます、愛祷さん」


・シーン10

ステージ:岸田家 週末の夕方

スマホからLINEを打つ瑞月。

あて先は倫子。

内容、「これからそちらに向かいます。壬生さんによろしく」

鏡の前で自分を見つめる。

左右の頬を手のひらで叩く。

玄関を出たすぐ先で澪に呼び止められる。


澪「行くのかい?」

瑞月「行く」

澪「アウェーに独りじゃ寂しいだろ? 今回のバトル、私が直に見届けてあげるよ」

瑞月「ありがとう、お姉。でも、お姉に骨は拾わせないから」

澪「おっと、大胆な勝利宣言いただきました」

瑞月「それは違うよ」

澪「?」

瑞月「今回のバトルはそんなのじゃない。そんなに軽いものじゃない。今日の私は、誰のためにでもない。誰に評価されるためにでもない。ただ自分が納得するためだけに走る。それだけだよ」

澪「なるほど。だったらなおさら、ほかの誰にもこの役目(見届け役)は譲れないね」


・シーン11

ステージ:八神街道の駐車場 深夜

シビックとS2000が進入してくる。

翔一郎&眞琴+ロスヴァイセの面々がそれを迎える。

降車した瑞月、まっすぐそちらに歩み寄る。


瑞月「お待たせしました。早速始めましょう」

翔一郎「随分とせっかちだな。ま、こっちは全然構わないけど、プラクティスはいらないのかい?」

瑞月「早い時間に済ませておきました」

翔一郎「準備万端、大いに結構。矛根のトップダウンヒラー相手には余計なお世話だったみたいだな。じゃあ、余計なお世話ついでにもうひとつ質問だ」

瑞月「?」

翔一郎「ビジターの君は知らないだろうけど、実は、ふもとの信号からここまでに至る序盤の上りを含めてってのが本来の八神街道フルコースなんだ。もちろん、前回みたいにダウンヒルオンリーでやることもできる。で、今宵のバトルに臨む君は、果たしてどちらのパターンをお望みなのかな?」

瑞月「もちろん正規のルートでお願いします」

翔一郎「確認しとく。そっちにとっては不利なコースになるぞ。それでもいいのかい?」

瑞月「一向に構いません」

翔一郎「わかった。その線で進めよう」


じっと瑞月を見つめる翔一郎。


瑞月「? 私の顔に何かついてます?」

翔一郎「いやなに。こないだ来た時とは面構えが雲泥だなって思ったのさ。いまの台詞から察するに、自分なりの回答は用意できてるみたいだな」

瑞月「はい。これからそれをお披露目します」

翔一郎「そりゃあいい。楽しい夜になりそうだ。では皆の衆、そういうわけで移動開始だ」


スタート位置に並ぶ2台。

クルマの中から翔一郎が瑞月に告げる。


翔一郎「基本ルールは前回と同様、ヨーイドン式の早い者勝ち。ゴールにはうちの眞琴とそちらのお連れさんが向かってる。カウントの開始は、ふたりが現地に着いたのを確認してからだ。ここまでで何か質問は?」

瑞月「ありません」

翔一郎「オーライ。失望させてくれるなよ」


倫子の携帯が鳴る。

眞琴から現地着の報告。

2台の前に立つ倫子が右手を掲げる。


倫子「カウント行きます。5秒前、4、3、2、1、GO」


発進する2台のクルマ。

前に出たのはインプレッサ。

馬力に任せて、一気にシビックを引き離す。


倫子「あ~あ。やるんじゃないかとは思ってたけど、やっぱりやっちゃうんだ」

加奈子「? リン、それ、いったいどういうこと?」

倫子「壬生さんの悪い癖がモロにでちゃったってことですよ」

加奈子「え? え? え?」

倫子「でもまあしょうがないか。あのひと、それが頂に立つ者の使命だって本気で思ってたりするから」


・シーン12

ステージ:ゴール地点

倫子から折り返しの連絡を受ける眞琴。


眞琴「いまスタートしたそうです」

澪「ふ~ん。で、まずはどっちが前に出たって?」

眞琴「翔兄ぃ……じゃなくって、インプレッサだって言ってました」

澪「はははッ。そいつは結構。小細工なしの真っ向勝負ってか」

眞琴「必殺の、俺の走りを超えてみろ、モードです」

澪「舐められたもんだね、ウチの妹も。あれでも地元最速候補のひとりなんだけどな」

眞琴「舐めてませんよ。舐めてません。そもそも、舐めてる相手とバトルするほど、ボクの翔兄ぃはお人好しじゃないです」

澪「わかってるわかってる。言ってみたかっただけさ。別にあんたのお兄さんを責めてるわけじゃないから、気にしなさんな」

眞琴「あ~、そこ一点だけ間違ってます」

澪「何が?」

眞琴「あのひと、ボクの兄貴じゃなくって旦那です」


ニマっと笑って左手を見せる眞琴。

薬指に指輪がはまっている。

それを見た澪、「マジか」と眼を見開く。


・シーン13

ステージ:八神街道

上り坂でちぎられていくシビック。

インプレッサのテールランプを見つめながら、集中していく瑞月。


瑞月(やっぱりだ。腕も、クルマも、経験も、何もかもがこっちの上を行っている。とてもじゃないけど、私の敵う相手じゃない)


(でも)と思い直す瑞月。

澪の台詞が脳内に響く。


澪「格上に負けて凹んでる暇があったら、自分の基本に立ち戻ったらどうなの? 大天使とか呼ばれたり雑誌に取り上げられたりして舞い上がってんのかもしれないけどさ、あんたのレベルなんてのはしょせんその程度のものなのよ」


瑞月(そんなのは初めからわかってたことだ。お姉の言うとおり、上には上が必ずいる。いまの自分が最高だなんて、思い上がり以外の何物でもないんだ)


迫るコーナー。

ガードレールギリギリをクリアするシビック。

夢廼の台詞が脳内に響く。


夢廼「じゃったらなぜ、強者に挑んだ? 聞くところによれば、此度の敵はあちらの地元の大ベテラン。伝説の走り屋とさえ評されている男ではないか? 左様な相手に敵地で挑んで、よもや対等以上の勝負ができるとうぬぼれていたのではあるまいな? もしそうなのだとしたら、瑞月よ。お主、底抜けの阿呆じゃぞ」


瑞月(ですよね、夢廼さん。私、自分を見失ってた。いつの間にか対戦相手に勝つこと自体が目的になってて、それが手段なんだっていうことを綺麗さっぱり忘れてた。敗北を恥じる必要なんてひとつもない。恥じるのは、負けることを恥ずかしいと思ってしまった、私自身のちっぽけなプライドのほうだ)


シビックの攻めが厳しくなる。

アクセルを踏みしめる瑞月。

愛祷の言葉が脳内に響く。


愛祷「君たちが僕たち矛根四天王とバトルした時、君はいまみたいに素敵な顔をしていたよ。いや、君だけじゃない。あそこにいた君たち全員が、いまの君みたいな表情をしていた。君がいま、あの時に持ってた気持ちを思い出せたのだとしたら、おそらくだけど、これから自分が何をすべきなのかもじきにわかってくるんじゃないかな」


瑞月(そうです、愛祷さん。あの時の私たちは、勝つためだけにバトルしてたわけじゃなかった。自分の力を、走り屋として培ってきたものを確かめるため、必死になってお姉たち(四天王)の背中を追ってた。そんな私たちが追われる立場の私たちになって、気が付いたら誰かの背中を見るのをやめてた。見詰められる快感に酔っぱらって、誰かを見詰める楽しさを自分のほうから放棄してた)


コースがダウンヒルに移行。

シビックが増速。

けたたましいスキール音が鳴り響く。


瑞月(八神の魔術師、壬生翔一郎。いまの私の100パーセントじゃ、あのひとの足元にだって及ばない。だけど、それがいったいなんだっていうの? 大切なのはそこじゃない。本当に大切なのは、そんな相手と戦って、自分をどこまでふり絞れるかだ。100パーセントの私があのひとの足元にも及ばないならそれでもいい。それならそれで120パーセント、いや150パーセントの実力発揮で、1センチでも近くに迫ってやる。小さくなっていくあのひとの背中を、1センチでも近くに引き寄せてやる。それが、いまの私にできるベスト・オブ・ベストだ)


中盤戦。

コーナーの連続するテクニカルコース。

150パーセントの瑞月が翔一郎の後を追う。

前輪が側溝のギリギリを舐める。

バンパーが音を立ててガードレールをかすめる。

安全マージンは完全にゼロ。

そのキレた走りがインプレッサを射程距離に捉える。

翔一郎、バックミラーに映るヘッドライトを見てほくそ笑む。


翔一郎「やっと来たか。ま、そうでなくてはこっちもやりがいがないんだがな」


バトルは終盤戦に突入。

先行するインプレッサのテールを、ついにシビックが捕捉する。


瑞月(捕まえた。捕まえることができた。次はどうする? この次、私はどうすればいい?)


わずかに遅れるシビック。

歯噛みする瑞月。

だが次の瞬間、頭を振る。


瑞月(どうすればいい、じゃない。どうすればいいかなんて、とっくのむかしに答えが出てる。それはベストを尽くすこと。いまの自分が辿り着ける、その頂点に登ること。出し惜しみなんて絶対しない。自分のすべてを出し尽くすこと。それこそが、いまの私のなすべきことだ)


瑞月「行くよッ。頂点ッ」


瑞月、アクセルをベタ踏み。

シビック、インプレッサに追従。

迫るコークスクリュー。

進入に備えて、インプレッサがアウトによる。

わずかに開くイン側のスペース。

瑞月、そこに無理やりノーズをねじ込む。

ブレーキングするインプレッサを右から追い抜くシビック。

サイドミラー同士が接触、破損。

軽量を生かしたレイトブレーキで前に出るシビック。

ターンイン。

クリップに付くシビック。

ラインをつぶされたインプレッサはクリップに付けない。

逆転。

バトルは決着。シビックの勝利。


・シーン14

ステージ:ゴール地点


眞琴「嘘みたい……翔兄ぃが負けるだなんて」

翔一郎「ま、勝負なんてものは、えてしてこんなもんさ。別段、驚くほどのことじゃない」

眞琴「む~、そんなこと言ったってェ」

翔一郎「愚痴るな愚痴るな。当事者でもあるまいに」

眞琴「む~」


駆けてくる瑞月。

いきなり深々と頭を下げる。


瑞月「ごめんなさい。大事なクルマに傷付けちゃって」

翔一郎「ああ、サイドミラーのことか。気にしなさんな。お互いが納得ずくでバトってる以上、どっちが悪いとか悪くないとかはいっさいなしだ。そいつが(やま)のルールってもんだろ?」

瑞月「あの」

翔一郎「なんだ?」

瑞月「ひとつだけ、伺いたいことがあるんですけど」

翔一郎「言ってごらん」

瑞月「最後のヘアピン、どうしてあそこでインを開けてくれたんですか?」

翔一郎「?」

瑞月「もしあそこでイン側を締められていたら、このバトル、私の勝ちはなかったはずです。どうしてわざわざ、あんなところであんな隙を見せてくれたんですか? そのわけを聞かないと、私、このまま地元に帰れません」

翔一郎「なんだ? ひょっとして、俺がわざと勝ちを譲ったって思ってるのか?」

瑞月「はい。そうじゃないとつじつまが──」

翔一郎「おいおい待った。そいつは俺を買いかぶりすぎだ。コークスクリューで俺があのラインを選択したのは、それが純粋に、そっちをブロックしながら最良の進入速度と脱出速度とを得られるベストラインだったからにほかならない。こっちとしては手加減したつもりなんて微塵もないし、そもそもあの時点でそんな余裕はなかったよ」

瑞月「でもあれは」

翔一郎「まあ、信じられないなら信じられないでそれでもいいさ。だがこれだけは言っておく。あの時、俺がイン側に確保したスペースは、そっちの車幅と比べても数センチぐらいの余裕しかなかったはずだ。まともな腕を持った走り屋なら、99.99パー、いや確実に100パーセント突っ込んでこない。それぐらいのスペースだったはずなんだ」


サイドミラー同士の接触を思い出し沈黙する瑞月。


翔一郎「でも君はあえてそこに進入してきた。危険を顧みず、じゃないな。絶対の確信をもって躊躇することなくアクセルを踏み込んできた。そんなクレイジーな真似を実行できるのは、頭のネジが完全にブチ切れた異常者か、さもなくば──」

瑞月「さもなくば?」

翔一郎「本当の意味で神に愛されてる奴だけなんだろうな。少なくとも、そんな恩寵は俺にはない」

瑞月「……」

翔一郎「ま、とにもかくにも、今回の勝負は俺の負けだ。言い訳する余地はない。認めるよ」

瑞月「あの」

翔一郎「まだあるのかい?」

瑞月「はい。(少し間をおいて)これで1勝1敗ですから。まだ決着がついたわけではないですから。それだけは言っておこうと思って。また、私とバトルしてくれますよね?」

翔一郎「(笑いながら)面白いことを言う()だな。気に入ったよ。それじゃあ今度は、矛根の峠(そっちのホーム)が戦場だな。その時が来れば、堂々と俺のほうから挑ませてもらうよ」

瑞月「腕を磨いて待ってます」

翔一郎「楽しみにしてる。また会おうな」


撤収していく翔一郎&眞琴。

突っ立ったままそれを見ている瑞月。

澪が瑞月に語り掛ける。


澪「まったく。あれが伝説の走り屋って奴かい。正真正銘のホンモノじゃないか。いまのあんたには、ちょっとばかし荷が重い相手だったかねェ」

瑞月「うん。全然敵う相手じゃなかった。でも、今後につながる凄いご馳走を食べた気がする」

澪「そう。ところで、そんな外敵を返討ちにする自信は?」

瑞月「ない」

澪「あらら、はっきり言うじゃない」

瑞月「だって事実だもん。強がり言っても仕方がないよ」


満足げに笑う澪。


瑞月「今回のバトル、私、あのひとの本当の敵にはなれなかった。何が何でも負けたくないって思わせるほどの、そんな敵にはなれなかった」

澪「そうね。悔しい?」

瑞月「悔しい。対等の敵だとみなしてもらえなかったことが、いまになって凄く悔しい」

澪「じゃあどうする?って聞いても、いまのあんたに答えはひとつしかないか」

瑞月「もちろん。もし今度戦うときがあったら、その時は、私があのひとの120パーセントを、ううん、絶対に150パーセントの力を引き出してみせる。その時こそはあのひとに、私のことをちゃんとした敵なんだって認めさせてみせる。それがいまの私の課題兼努力目標かな」

澪「ふふッ、その意気やよしってところかしら」

瑞月「お姉。頂って凄いよね。たとえ誰かに攻略されても、その高さが陰ることなんてちっともないんだ。誰かが自分を乗り越えていっても、相変わらず、雲の上からふもとのみんなを見下ろしている。私もいつか、そんな走り屋になれるのかな? あのひとみたいに自分を目指してもらえるような、そんな峠の頂点になれるのかな?」

澪「なれるかな、じゃなくって、なるんだよ。自分の可能性を信じられない奴が、他人の目標になんてなれるものかい」

瑞月「だよね」

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