ばあちゃんは雪女
ばあちゃんがにっこり笑って僕に言う。
「ばあちゃんね、本当は雪女なんだよ」
「嘘だ! 雪女はこわい妖怪でしょ!?」
僕は知ってる。保育園の絵本で『雪女』を読んだことがあったから知ってる。雪女に息を吹き付けられたらたら、人間はカチンコチンに凍ってしまうことを。雪女は怖い妖怪だということを。
ばあちゃんは、ずっとばあちゃんで、雪女なんかじゃない。
それに僕たちが住む街は雪が降らないから、雪女はこの街にはいないと思う。
病院の窓の外には、葉っぱが落ちて枝だけになった木々が、冷たい風にその枝を揺らしていた。
ベッドに座っているばあちゃんは、何かを思い出すように遠くを見つめ、目を細めて笑った。
「一希、ばあちゃんは雪女の魔力を失くしちゃったの。だから探してばあちゃんにプレゼントしてもらえないかい?」
ばあちゃんはいたずらっ子のような楽しそうな表情で僕を見た。
***
病院からの帰り道、僕はママに聞いてみた。
「えぇ? ばあちゃんが雪女だって? 何言ってんの、一希」
ママは吹き出した。
僕はアスファルトにうつる、僕とママの長い影をみやった。
ばあちゃんが雪女なら、ママも本当は雪女なのかな。
ばあちゃんもママも、本当は雪女っていうことを僕に隠しているのかな。
するとママは急に真顔になって、目線を僕に合わせた。
「そうねぇ、いい子にしてないと、ばあちゃんに頼んで一希を凍らせてもらおうかな」
「雪女の魔力なんか、僕は探してあげないんだからね!」
僕は、震え上がって叫んだ。
するとママは、悲しそうにぽつりと言う。
「でも雪女の魔力がないと、ばあちゃん死んじゃうよ?」
「……え……?」
「雪女の魔力を探してあげて」
「でも、魔力が戻ったらばあちゃん雪女に戻っちゃうじゃないか。それに雪女の魔力って何?」
僕は一気に捲し立てた。
そうだ、雪女の魔力って一体なんなんだろう。
***
僕の頭の中は『?』でいっぱいだった。
雪女の魔力、雪女の魔力、雪女の魔力……。雪女の魔力がないとばあちゃんは死んじゃう。そんなのは嫌だ。
魔力っていうから、ゲームでいうMPだよね。
回復アイテムがあれば……回復アイテムって、薬とか食べものかな?
あ、寝ると回復する!
でもばあちゃんは、病院で寝てるし薬も食べ物もゲットしてる。普通なら回復するはずなんだけど……雪女の魔力ってMPじゃないのかな。
雪女っていうのがきっと、このなぞなぞをとくヒントかもしれない。
一希は、ばあちゃんのいたずらっ子のような表情を思い浮かべた。
僕はママと何度も、ばあちゃんの病室に通い、ばあちゃんにヒントをねだった。でも、ばあちゃんはニコニコと笑うだけでヒントをくれない。
その日も僕は、ばあちゃんの手を握る。
あったかい。雪女の手は冷たいはずなのに、ばあちゃんの手はあったかい。ばあちゃんには元気になって欲しいけど、雪女に戻ってしまうのは嫌だ。
僕はあべこべな感情を持て余していた。
***
ばあちゃんは日に日に顔色が良くなり、退院の日が決まった。ママとパパの表情も明るい。
ばあちゃんを迎えに行く車の中で、運転席のパパが僕に話しかけた。
「一希、ばあちゃんに元気を分けてくれてありがとな。おかげで、ばあちゃん元気になったよ」
「? 僕、まだ雪女の魔力をばあちゃんにプレゼントしていないのにどうして?」
助手席でママがくすくすと笑う。後部座席に座っている僕は不思議だった。
「雪女っていうのは──諸説あるけどな、ばあちゃんの場合は子供の元気をもらうと魔力が復活するんだ」
パパがそう言うと、ママが笑顔で振り向いて後部座席の僕の頭をなでなでしてくれた。そして言う。
「ばあちゃんは雪女だから、ばあちゃんの血を引く一希もMPを持っているのよ」
「僕も!?」
***
外は、珍しく雪が舞っている。
ママが手のひらを空に向けて言うとパパが笑って応える。
「雪だわ。──何年ぶりかしら」
「ばあちゃん、昔から雪女だから」
「あぁ、雨女じゃなくて雪女……ね」
病院に到着すると、おばあちゃんが着替えてベッドに座っていた。
「ばあちゃん!」
僕は真っ先にばあちゃんに抱きついた。あったかい。
僕のばあちゃんは、あったかい雪女なんだ。
【おわり】