【1000文字小説】 屋上の夢
私はマンションの屋上にいた。別に自殺をするとか、人生が嫌になったとかではない。ただこの町の夜景を座って見たくなっただけだ。
「お、先客がいたか」
ふと、見知らぬ男性が背後から話しかけてきた。よくいる中年男性みたいな人だ。右手には酒を持っている。
帰ろう、そう思った。酔っ払いに絡まれるのは父で十分である。
「まあ、そう警戒するな。この場所に来るやつなんて滅多にいないんだ、話相手になってくれよ」
確かにいないだろう。このマンションはもともと事故物件で空き部屋が多いからだ。
「いいえ、そろそろ戻ります。もう眠いので」
「いいのか?今宵は月が綺麗だぞ?」
「……」
正直、まだここにいたかった。
「……やっぱりまだいます」
男と距離を取って座る。幸い、男は泥酔しているわけではなさそうだった。あからさまに離れて座れば、さすがに空気を読んで―――
「おいおい、寂しいじゃねえか」
くれなかった。
男はわざわざ立ち上がると、こちらへ歩いてきて、酒をコト、と私のそばに置き、隣に座った。
体育座りのまま私は体を縮める。
に、逃げられん……。
「なあ、少女」
「……なんですか」
「お前、夢とかあるのか」
「一応、先生になることですかね」
「ばか、それは人間としての夢だろ。俺はお前の夢を聞いてんだ」
「?」
言ってる意味が分からなかった。いや、酔っ払いの言うことなんて意味不明なことの方が多い。特に深く考える必要はない。
ないのに。
「夢ってのはな、自分が心の底からやりたいことだ。人間の世界でお前の夢がみんなの役にたつたたないとか、現実的に無理なものとか、そういうの全く考えずに言え。笑ったりなんかしねえし、否定もしねえからよ」
なんだろう、この人の言葉はとても胸に刺さる。まるで私の心と直接話しているように。
確かにある。私には本当の夢が。やりたいことが。
「私は……」
笑わないだろうか。否定されないだろうか。
それがとても怖い。
「空、を、飛びたい、です」
「聞こえねえ!本当に叶えたい夢なら堂々と言え!」
「私は!空を飛びたい!ここ以外で見れる夜景を見たいんだ!」
「……」
「……」
沈黙が流れる。
はっ、と我に帰った。顔が熱くなっていく。
恥ずかし過ぎて死ぬ。やっぱ飛び降りようかな……。
「そうか、ならそこに向かって生きろ。空を飛ぶために、あらゆる手を尽くして叶えろ、それがお前の生き方なんじゃねえか」
太陽が顔を出す。夜が終わりつつあった。
走ってその場を去る。階段を下りながら先ほどのことが頭の中でループした。
やっぱり恥ずかしい。
しかし不思議と頬が緩む。何故か気分は高揚していた。
***
―――あの人が、私の恩人である。
寝る前にガーって書いた作品です。
翌朝、改めて読んだら作者本人もよく分からない作品になりました。(じゃあ、なんで投稿するねん)